「生成AIを導入したい」──その想いが社内で共有され始めても、最初の壁として立ちはだかるのが「稟議の通過」です。
現場でのPoC(概念実証)を終え、手応えを得たにもかかわらず、いざ稟議を上げると却下される…。そんなケースが、今多くの企業で起きています。
生成AIのように変化の速い技術領域では、単なる「便利そう」「話題になっている」といった印象論では、意思決定者を動かすことはできません。むしろ、稟議で必要なのは“経営視点での納得感”と“導入後を見据えた設計”です。
では、生成AI導入の稟議書において、何が足りないと判断されるのでしょうか?
どのような情報を、どの順番で、どのように提示すれば、稟議を「通す」提案になるのでしょうか?
本記事では、以下の観点から、生成AI導入の稟議書で見落とされがちなポイントを整理し、社内の意思決定を前進させる提案設計のヒントをお届けします。
- 稟議が通らない“3つの壁”とは?
- 提案書に盛り込むべき構成要素と順序
- 目的・効果・体制・リスク対策をどう伝えるか?
- 実際に使えるテンプレートと活用ポイント
稟議を「出す」だけで終わらせず、「通す」提案をつくるために。
ここから、一つずつ解説していきます。
なぜ稟議が通らないのか?生成AI導入提案の“3つの壁”
生成AIの導入を提案しても、稟議が通らない──。
その原因は、決して技術そのものの問題ではありません。多くの場合、「提案の中身が意思決定者の観点に合っていない」ことにあります。
ここでは、生成AI導入の稟議書でつまずきやすい3つの壁を解説します。
1. 定量的な効果が示されていない(ROIが不明確)
生成AIの導入効果として、「工数削減が期待できる」「業務が効率化する」といった表現が多く見られます。しかし、それがどのくらいのインパクトなのか、数値で示されていない場合、説得力は一気に下がってしまいます。
たとえば──
- 月30時間の報告書作成業務にChatGPTを導入 → 月20時間削減
- 時給3,000円相当の担当者が担当している → 月6万円のコスト削減
このように、「時間 × 単価 = 金額効果」として具体化すれば、経営層にも伝わりやすくなります。
導入効果の“見える化”は、稟議を通すうえで最も欠かせない要素の一つです。
2. 自社課題との結びつきが弱い
「他社ではChatGPTを活用して成果が出ている」「銀行業務でも稟議書作成が効率化されている」──こうした事例を並べるだけでは、稟議を通す根拠としては不十分です。
稟議で問われるのは、「自社のどの業務課題に、どう作用するのか」。つまり、“業務との適合性”と“導入の必然性”です。
たとえば、
- 文書作成に時間がかかっている総務部門
- 顧客対応履歴の整理に追われている営業企画部
など、対象業務と生成AIの相性を具体的に提示することがカギとなります。
3. リスク管理と運用体制の甘さ
生成AI導入にあたって、経営層が最も懸念するのが「情報漏洩や誤情報の拡散リスク」です。
提案書の中で、「便利」「効率化」といったメリットばかりを強調し、リスクへの配慮が欠けていると、却って不安をあおることになりかねません。
たとえば、以下のような視点は、提案時点で必ず押さえておくべきです:
- 社内でのプロンプト利用ガイドラインは策定済みか?
- 外部APIの利用におけるデータ流出リスクをどう制御するか?
- 利用ログや生成結果の記録・検証の仕組みはあるか?
- 誤情報への対応手順、責任の所在は明確か?
リスクを認識したうえで、どう管理するかを示すことが、提案の信頼性を大きく高めます。
稟議が通らない背景には、「上司がAIに懐疑的」という心理的なハードルも潜んでいます。
👉 AI導入に反対する上司を説得するには?タイプ別の対処法はこちら
生成AI導入稟議を通すための提案設計7ステップ
稟議を“通す”には、単にツールの便利さを語るだけでは不十分です。
重要なのは、「なぜ今、生成AIなのか?」という導入の必然性を示し、経営的な視点で筋道だった提案を構成することです。
ここでは、稟議を通すための提案設計を7つのステップに分けて解説します。
1. 提案目的を明確にする(なぜ今、なぜ生成AIか)
提案の冒頭で問われるのは、「なぜ導入するのか? それは今でなければいけないのか?」という視点です。
ありがちな失敗は、「話題だから」「他社も使っているから」といった流行ベースの理由になってしまうこと。
そうではなく、業界動向や業務の変化、自社の競争環境などと紐づけて、導入の必然性を語ることが求められます。
例:
- 業務の属人化が進み、文書作成やナレッジ管理の負担が増加している
- 他社(同業)の導入事例では稟議作成における作業時間が大幅に削減された(※宮崎銀行95%削減)
2. 課題と対象業務を明確にする(PoC対象の特定)
稟議では、「まずどこから始めるのか?」というスモールスタートの構想が重要です。
特に経営層は「いきなり全社展開は難しい」「失敗したらどうする?」という視点を持っています。
そのため、PoC(概念実証)として対象業務を絞り、初期効果を検証する設計が説得力を持ちます。
例:
- 稟議書や報告書のドラフト作成
- 顧客応対のFAQ文面生成
- 社内研修資料のたたき台作成 など
👉 詳しくは:生成AI導入に向いている業務とは?PoCで成果を出す業務選定ガイド
3. 効果を定量化する(ROIを見える化)
提案書の中核は、どのくらいの効果が出るのかというシミュレーションです。
とくに「業務削減時間 × 担当者コスト」で換算したコスト削減効果は、経営層へのインパクトが大きくなります。
例:
- 毎月10時間かかっていた稟議書作成業務 → ChatGPTで6時間短縮
- 時給4,000円の担当者で月2.4万円、年28.8万円の削減インパクト
こうした“数字の裏付け”は稟議通過率を大きく左右する要素です。
👉 部門別の定量効果はこちら:生成AI導入で何が変わる?メリット・効果を部門別に可視化
4. 導入後の活用体制を設計する
「導入して終わり」では、提案は通りません。
稟議では、「継続的に使われる体制が整っているか?」も評価されます。
- 誰が使うのか(部署・担当者)
- どんなルールで活用するのか(プロンプト管理・ログ保存など)
- 活用スキルはどう習得するのか(リテラシー研修など)
このように、“使いこなす前提”での導入提案が重要です。
👉 参考記事:生成AI研修を“1回きり”で終わらせないための仕組み設計
稟議が通っても、導入後に“使われない”のでは意味がない。活用フェーズまで見据えた提案のために、現場で成果を出すための「生成AI活用研修」をご活用ください。
\ 成果を出すための生成AI研修 /
5. セキュリティとガバナンス対策を明示する
生成AI活用では、「情報漏洩」「誤情報」「ログ管理」などのリスクがつきまといます。
稟議を通すうえでは、これらをどう対処するかまで明記しておくことが不可欠です。
押さえておきたいポイント:
- 利用範囲や利用目的の明確化(業務用途限定)
- プロンプトに含めてはいけない情報のガイドライン整備
- 利用履歴・生成結果の保存ポリシー
- 誤出力・トラブル発生時の対処フロー
また、セキュリティや誤情報への懸念だけでなく、「AIそのものに対する抵抗感」や「現場の心理的な不安」も、稟議を通すうえでは重要な論点です。
👉 生成AIに抵抗感をもつ職場が抱える“5つの壁”とは|心理的バリアと克服の処方箋
6. コストと回収見込みをセットで示す
生成AIの導入には、ライセンス費用や研修コストがかかる場合もあります。
その際、「いくらかかるのか?どれくらいで回収できるのか?」をセットで示すことで納得感が増します。
例:
- 初期費用:10万円
- 月額ライセンス:3万円
- 年間36万円に対して、年60万円分の工数削減効果 → 約1.6倍のROI
7. 社内体制・担当者を明確にする
最後に、導入後の推進体制や責任者の設計を示すことで、「本気度」が伝わります。
- 導入責任者:情報システム部門/業務改善担当者
- 運用メンバー:各部門の活用リーダー
- 社内説明/研修:人事部門・AIリテラシー教育の担当
稟議では、「誰がやるのか?」「どこまでやるのか?」の輪郭を明確にすることが重要です。
稟議書に入れるべき構成テンプレート
生成AI導入の稟議を通すには、内容の充実度だけでなく、“構成のわかりやすさ”も大切なポイントです。
意思決定者は提案書を細部まで読み込むわけではなく、一目で「筋が通っているか」「抜け漏れがないか」を判断します。
ここでは、生成AI導入提案の稟議書で押さえるべき主要項目をテンプレートとして紹介します。
この構成に沿って整理すれば、抜け漏れのない提案を組み立てることができます。
項目 | 内容 |
1. 提案目的 | なぜ生成AIを導入するのか。その背景や期待される効果を端的に説明(例:業務の属人化解消、工数削減 など) |
2. 課題と導入背景 | 現場で抱えている具体的な業務課題や非効率な業務フローを明示し、「だからこそ生成AIが必要」という文脈をつくる |
3. 導入範囲・PoC対象業務 | どの業務で試験的に導入するのか(例:稟議書の下書き作成、報告書の要約業務)を明記し、スモールスタートを印象づける |
4. 期待効果(定量/定性) | 削減できる時間・人件費・品質向上などを、できるだけ数字で表現(例:月20時間削減=月6万円分の工数削減) |
5. 導入後の活用体制 | 誰が使い、どのように運用・管理していくのか(担当部署、活用ルール、研修計画など)を記載 |
6. セキュリティ・ガバナンス対応 | 情報漏洩対策、誤情報防止、ログ管理、利用ガイドラインなどの対策を明文化(👉 心理的バリアと克服策) |
7. コストと回収見込み | 導入コスト(初期・月額など)と、効果(削減インパクト)を対比し、ROIを可視化 |
8. 今後の展望(スケーラビリティ) | 初期導入後の展開プランや、他部署・他業務への横展開構想を簡潔に補足(例:「営業部門への応用も想定」など) |
このテンプレートに沿って記載することで、「単なる思いつきの提案」ではなく、導入と活用を見据えた“実行可能な計画”としての稟議書になります。
また、説得材料としての“漏れ”を防ぐ観点でも効果的です。
よくあるNG提案の例と改善方法
生成AI導入の提案が却下される背景には、「稟議書としての完成度」以前に、“見せ方”の問題があります。
内容そのものは悪くなくても、説得力のある構成や視点が欠けていることで不安を与えてしまうケースが少なくありません。
ここでは、実際によくあるNG提案のパターンと、その改善方法をセットで紹介します。
❌ NG提案1:「効果がすごいらしい」とだけ書かれている
問題点:
「ChatGPTで生産性が劇的に上がる」「話題のツールで業務が効率化されている」といった表現は、実感としては伝わっても、稟議の判断基準にはなりません。
改善方法:
- 自社業務での具体的な活用イメージに落とし込む
- 削減時間・業務数・担当者数などを定量化して示す
- 導入前後で“どう変わるか”のビフォーアフターを記載
❌ NG提案2:「便利そう」止まりで、課題との接続がない
問題点:
「便利だから導入したい」という主張だけでは、“なぜ今、わが社が導入する必要があるのか”という問いに答えられません。
改善方法:
- 現状の業務課題(属人化・手作業・ミス頻発 など)を整理
- その課題に対して生成AIがどうフィットするかを明記
- 他社事例を引用する際も、自社への置き換え視点を添える
❌ NG提案3:「活用の仕組み」や「管理体制」がない
問題点:
「ツールさえ入れれば効果が出る」という提案は、逆に“属人的に終わるのでは?”という疑念を生みます。
改善方法:
- 社内の誰が使うのか、どのように活用ルールを整備するかを明記
- リスク管理(情報漏洩・誤情報など)の観点をセットで示す
- 利用ログや誤出力時の対処など、運用ガイドラインの骨子を提示
こうしたNG例を回避するだけでも、稟議通過の可能性は大きく高まります。
「導入する価値がある」だけでなく、「安心して任せられる」というメッセージを構造的に伝えていきましょう。
稟議を通すだけでなく、その先の“活用フェーズ”で成果を出すためには、現場が使いこなせるリテラシーと仕組みの整備が欠かせません。SHIFT AIでは、企業の生成AI導入・活用を支援する法人向け研修プログラムを提供しています。
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