働き方改革関連法の施行により、中小企業でも時間外労働の上限規制や年次有給休暇の取得義務化が本格化しています。
しかし、勤怠管理システムの導入や就業規則の整備には相当な費用がかかり、多くの中小企業が対応に苦慮しているのが現状です。
そこで活用したいのが「働き方改革推進支援助成金」です。この制度を利用すれば、労働時間の短縮や生産性向上に必要な投資の一部を国が支援してくれます。ただし、補助金とは異なる特徴があり、申請方法も複雑なため、正しい理解が不可欠です。
本記事では、働き方改革推進支援助成金の基本制度から具体的な申請方法まで、中小企業経営者が知るべき情報を分かりやすく解説します。
働き方改革推進支援助成金とは?中小企業が知るべき基本制度
働き方改革推進支援助成金は、労働時間の短縮や生産性向上に取り組む中小企業を資金面で支援する国の制度です。設備投資や研修費用の一部を助成することで、企業の働き方改革を促進しています。
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働き方改革推進支援助成金とは何か
働き方改革推進支援助成金は、厚生労働省が実施する返済不要の資金支援制度です。
中小企業が時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進などの働き方改革に取り組む際、その実施にかかる費用の一部を国が助成します。具体的には、勤怠管理システムの導入費用や労務管理担当者への研修費用、外部専門家によるコンサルティング費用などが対象となります。
この助成金の最大の特徴は、単なる設備投資への支援ではなく、具体的な成果目標の達成を前提としている点です。申請時に設定した目標を達成することで、初めて助成金を受給できる仕組みになっています。
補助金との違いとは何か
働き方改革推進支援助成金と補助金の最大の違いは、成果目標の達成が受給の絶対条件である点です。
一般的な補助金は、事業計画に基づいて設備投資や事業活動を実施すれば助成を受けられます。しかし、この助成金では「時間外労働を月○時間削減する」「年次有給休暇の取得日数を○日増加させる」といった数値目標を必ず設定し、その達成が確認されて初めて支給されます。
また、申請から受給までの期間も補助金より長く、通常は申請から実際の受給まで約1年程度を要します。その分、確実に働き方改革の効果を上げることが期待できる制度といえるでしょう。
中小企業の対象要件とは何か
対象となるのは、業種ごとに定められた資本金または従業員数の基準を満たす中小企業事業主です。
具体的な基準は、小売業(飲食店含む)が資本金5,000万円以下または従業員50人以下、サービス業が資本金5,000万円以下または従業員100人以下、卸売業が資本金1億円以下または従業員100人以下、その他の業種が資本金3億円以下または従業員300人以下となっています。
さらに、労働者災害補償保険の適用事業主であることや、年5日の年次有給休暇取得に向けた就業規則の整備が完了していることも必須要件です。これらの条件をすべて満たす企業のみが申請可能となります。
働き方改革推進支援助成金の4つのコースと選び方
働き方改革推進支援助成金には4つのコースが設けられており、企業の課題や業種に応じて最適なコースを選択することが重要です。各コースで成果目標や助成上限額が異なるため、自社の状況を正確に把握してから申請しましょう。
労働時間短縮・年休促進支援コースを選ぶ
最も多くの中小企業が活用できる基本的なコースで、時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進を目指します。
このコースの成果目標は3つから選択可能です。36協定の時間外・休日労働時間数を月60時間以下または月80時間以下に縮減する、年次有給休暇の計画的付与制度を新たに導入する、時間単位の年次有給休暇制度と特別休暇制度を同時に導入するという選択肢があります。
助成上限額は成果目標によって異なり、時間外労働削減では最大150万円、その他の目標では25万円となっています。さらに、賃上げを併せて実施する場合は追加の加算も受けられるため、総合的な労働条件改善を検討している企業におすすめです。
業種別課題対応コースを選ぶ
建設業、運送業、病院等、砂糖製造業に特化した高額助成が可能なコースです。
これらの業種は2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されたため、特別な支援措置として設けられました。基本的な成果目標は労働時間短縮・年休促進支援コースと同様ですが、業種ごとの特別な取り組みも対象となります。
建設業では週休2日制の推進、病院等では医師の働き方改革推進、砂糖製造業では勤務割表の整備などが追加の成果目標として設定可能です。助成上限額も最大250万円と高額になるため、該当業種の企業は優先的に検討すべきコースといえます。
勤務間インターバル導入コースを選ぶ
勤務終了後から次の勤務開始まで一定の休息時間を確保する制度の導入を支援するコースです。
成果目標として、9時間以上の勤務間インターバル制度を新たに導入するか、既存制度の適用範囲拡大または時間延長を実施します。新規導入の場合は最大120万円、適用範囲拡大や時間延長の場合は最大60万円の助成を受けられます。
このコースを申請するには、過去2年間に月45時間を超える時間外労働の実態があることが前提条件となります。長時間労働が常態化している企業や、24時間体制で業務を行う企業に特に有効なコースです。
団体推進コースを選ぶ
事業主団体や共同事業主が複数の中小企業をまとめて支援する際に活用するコースです。
商工会議所や協同組合などの団体が、傘下の中小企業の働き方改革を推進するためのセミナー開催や相談窓口設置、共同利用設備の導入などを実施した場合に助成を受けられます。助成上限額は通常500万円ですが、複数地域にまたがる団体では最大1,000万円となります。
個別企業では申請が難しい小規模事業者でも、団体を通じて間接的に支援を受けられる可能性があります。所属する業界団体や地域の商工会に相談してみることをおすすめします。
働き方改革推進支援助成金の申請方法と必要書類
助成金の申請は交付申請と支給申請の2段階で進行し、それぞれ提出期限や必要書類が異なります。申請から受給まで約1年かかるため、早めの準備と計画的なスケジュール管理が成功の鍵となります。
申請スケジュールを確認する
2025年度の申請受付は4月1日から11月28日までですが、予算の制約により早期締切の可能性があります。
交付申請の提出後、約1か月で審査結果が通知されます。交付決定を受けてから実際の取り組み(設備導入や研修実施など)を開始し、当該年度の1月30日までに完了させる必要があります。その後、支給申請書を提出して最終的な助成金受給となります。
特に注意すべきは、交付決定前に設備の発注や契約を行うと助成対象外となってしまう点です。見積もり取得までは事前に進められますが、実際の発注は必ず交付決定後に行いましょう。
必要書類を準備する
交付申請時には、働き方改革推進支援助成金交付申請書と事業実施計画書が必須です。
事業実施計画書には、現在の労働時間の状況、設定する成果目標、目標達成のための具体的な取り組み内容、必要経費の詳細などを記載します。また、労働者名簿、就業規則、36協定の写し、設備等の見積書なども添付が必要です。
支給申請時には、実施した取り組みの証拠書類(領収書、研修実施報告書、導入設備の写真など)と、成果目標の達成を証明する書類(タイムカードの写し、就業規則の変更届など)を提出します。書類不備による申請遅延を避けるため、事前に管轄労働局に相談することをおすすめします。
申請手続きを進める
申請は管轄の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に郵送または持参で提出します。
電子申請システム「jGrants」を利用したオンライン申請も可能ですが、GビズIDの取得が必要です。申請書の記載内容に不備があると審査に時間がかかるため、記載例や申請マニュアルを十分確認してから提出しましょう。
交付決定後は、計画に変更が生じた場合の変更申請や、事業の進捗報告なども適切に行う必要があります。特に、事業の中止や遅延が発生する場合は、速やかに労働局に連絡して必要な手続きを進めることが重要です。
中小企業が働き方改革で生産性向上を実現する方法
働き方改革推進支援助成金を活用することで、単なる労働時間削減だけでなく、抜本的な生産性向上を実現できます。特にAIやデジタルツールの導入と組み合わせることで、より大きな効果を期待できるでしょう。
AI・デジタルツールを導入する
助成金を活用して勤怠管理システムや業務効率化ツールを導入すれば、労働時間の正確な把握と業務プロセスの最適化が同時に実現できます。
例えば、AI機能付きの勤怠管理システムを導入すれば、従業員の労働時間データを自動で分析し、長時間労働のリスクを事前に察知できます。また、RPAツールの導入により定型業務を自動化すれば、従業員はより付加価値の高い業務に集中できるようになります。
これらのデジタルツールは助成金の対象となる「労働能率の増進に資する設備・機器等」に該当する可能性が高く、導入費用の負担を大幅に軽減できます。ただし、パソコンやタブレットなど汎用性の高い機器は原則対象外となるため、事前に労働局に確認することが重要です。
従業員研修を実施する
労務管理担当者や一般従業員への研修実施により、働き方改革の意識向上と実践的なスキル習得を同時に進めることができます。
特に重要なのは、AI時代に対応した新しいスキルの習得です。データ分析能力やデジタルツールの活用スキルを身につけることで、限られた時間内でより高い成果を上げられるようになります。また、管理職向けの労務管理研修では、適切な労働時間管理や部下のメンタルヘルスケアについて学ぶことができます。
研修費用は助成金の対象となるため、外部講師の招聘費用や従業員の研修参加費用を効率的に投資できます。継続的な人材育成により、企業の競争力向上と働き方改革の両立を実現しましょう。
業務プロセスを見直す
外部専門家によるコンサルティングを活用して、根本的な業務プロセスの見直しと最適化を図ることが可能です。
社会保険労務士や中小企業診断士などの専門家が客観的な視点から業務フローを分析し、無駄な作業の削減や効率的な業務配分を提案します。これにより、同じ業務量でも労働時間を短縮できるようになり、働き方改革の実現と生産性向上を同時に達成できます。
コンサルティング費用も助成金の対象となるため、通常では高額になりがちな専門家の支援を受けやすくなります。
働き方改革推進支援助成金でよくある失敗と対策
助成金申請では多くの企業が同じような失敗を繰り返しています。事前に失敗パターンを把握し、適切な対策を講じることで、確実な受給を実現できます。
申請ミスを防ぐ
最も多い申請ミスは、交付決定前の設備発注や契約締結です。
助成金制度では、必ず交付決定を受けてから実際の取り組みを開始する必要があります。しかし、申請を提出した時点で「承認されたもの」と勘違いし、見積段階から発注段階に進んでしまう企業が少なくありません。この場合、どれだけ効果的な取り組みを実施しても助成対象外となってしまいます。
また、必要書類の不備や記載漏れも頻発する問題です。特に36協定の内容が現行法に適合していない場合や、就業規則に年次有給休暇の規定が不十分な場合は、申請そのものが受理されません。申請前に必ず社会保険労務士等の専門家に確認してもらうことをおすすめします。
審査落ちを避ける
審査で重視されるのは、成果目標の具体性と達成可能性です。
「従業員の意識を向上させる」といった抽象的な目標では審査を通過できません。「月平均時間外労働時間を○時間削減する」「年次有給休暇取得日数を年間○日増加させる」など、数値で明確に測定できる目標を設定する必要があります。
さらに、設定した目標が実現可能な範囲内であることも重要です。現在の労働時間データを正確に把握し、過去の改善実績なども参考にして、現実的な目標設定を心がけましょう。過度に高い目標を設定すると、達成困難と判断されて審査落ちの原因となります。
受給後のトラブルを回避する
助成金受給後も、成果目標の継続的な維持が求められることを理解しておく必要があります。
一時的に目標を達成して助成金を受給できても、その後に労働時間が元の水準に戻ってしまえば、次年度以降の申請が困難になる可能性があります。また、労働基準監督署の立入検査で労働基準法違反が発覚した場合、過去に受給した助成金の返還を求められるケースもあります。
継続的な効果を維持するためには、システムや制度の導入だけでなく、管理職の意識改革や従業員の行動変容も同時に進める必要があります。定期的な効果測定と改善活動を継続し、真の働き方改革を実現していきましょう。
まとめ|働き方改革推進支援助成金で中小企業の生産性向上を実現しよう
働き方改革推進支援助成金は、中小企業が抱える労働時間管理や生産性向上の課題を、国の支援を受けながら解決できる貴重な制度です。返済不要の助成金を活用することで、通常では高額になりがちなシステム導入や専門家によるコンサルティングも、自己負担を大幅に抑えて実施できます。
成功のポイントは、自社に最適なコースの選択と現実的な成果目標の設定、そして確実な申請手続きです。特に交付決定前の発注禁止など、基本的なルールを守ることで、確実な受給を実現できるでしょう。
働き方改革は単なる労働時間削減ではなく、AI活用やデジタル変革と組み合わせることで、真の競争力強化につながります。助成金を活用した効率的な企業変革に、ぜひ取り組んでみませんか。

働き方改革推進支援助成金に関するよくある質問
- Q働き方改革推進支援助成金の申請期限はいつまでですか?
- A
2025年度の申請受付期間は4月1日から11月28日までです。ただし、予算の制約により11月28日より前に受付を締め切る可能性があります。申請を検討されている場合は、早めの準備と提出をおすすめします。また、交付決定から事業実施までの期間も考慮して、余裕を持ったスケジュールで進めることが重要です。
- Q個人事業主でも働き方改革推進支援助成金は申請できますか?
- A
個人事業主でも申請可能ですが、従業員を雇用していることが前提条件となります。労働者災害補償保険の適用事業主であることが必須要件のため、従業員がいない個人事業主は対象外です。また、中小企業の規模要件も満たす必要があるため、業種ごとの従業員数基準を事前に確認しましょう。
- Q働き方改革推進支援助成金で購入したパソコンは助成対象になりますか?
- A
パソコン、タブレット、スマートフォンは原則として助成対象外です。ただし、特定の業務専用システムを動作させるために必要な高性能パソコンは対象となる場合があります。例えば、建設業のCADソフト専用ワークステーションなどが該当します。購入前に必ず管轄労働局に確認することをおすすめします。
- Q複数のコースに同時申請することは可能ですか?
- A
同一年度内での複数コース同時申請はできません。ただし、異なる年度であれば別のコースに申請することが可能です。また、同一コース内で複数の成果目標を設定することは可能で、それぞれの目標達成に応じて助成金を受給できます。自社の状況に最も適したコースを選択することが重要です。
- Q交付決定前に設備を購入してしまった場合はどうなりますか?
- A
交付決定前に購入した設備は助成対象外となり、助成金を受給できません。見積もりの取得は事前に可能ですが、発注や契約は必ず交付決定後に行う必要があります。既に購入してしまった場合でも、他の取り組みで申請要件を満たせば、その部分について助成を受けられる可能性があります。
- Q助成金受給後に成果目標を維持できなかった場合のペナルティはありますか?
- A
直接的な返還義務はありませんが、労働基準法違反が発覚した場合は助成金の返還を求められる可能性があります。また、次年度以降の申請で不利になることも考えられます。助成金受給後も継続的に労働環境の改善に取り組み、成果目標の維持に努めることが重要です。
