自治体DXの取り組みは全国で進みつつありますが、
実際に「どこから着手すべきか」「どう戦略を作ればいいのか」で立ち止まる自治体は少なくありません。
国のガイドラインを参考に計画書を作っても、現場が動かず形骸化してしまう――そんな課題もよく聞かれます。
本来のDX戦略は、システム導入の計画ではなく、行政をどう変えるかを描く“設計図”です。
住民サービスの質を高め、職員が自走できる体制をつくるためには、現状の課題を整理し、目指す姿を明確にし、実行と改善を回す仕組みが欠かせません。
この記事では、総務省やデジタル庁の方針を踏まえながら、自治体が 実践的にDX戦略を策定・運用するためのステップと構成要素 を解説します。
さらに、成功自治体に共通する仕組みづくりのポイントや、生成AIを活用した人材育成・研修の最新潮流まで網羅。
読後には、あなたの自治体が“戦略を動かす力”を得られる内容です。
自治体DX戦略とは?|行政の未来を描く“変革の設計図”
自治体DX戦略とは、単に「システムを導入する計画書」ではありません。
行政が抱える課題をデジタルでどう解決し、住民にどのような価値を届けるか――
“行政の未来像を描くための設計図” です。
総務省の「自治体DX推進計画」では、DXを「デジタル技術を活用して行政サービスを変革すること」と定義し、その中心に「住民中心の行政運営」という考え方を据えています。
つまり、職員や業務の効率化を目的とするのではなく、住民にとって便利で分かりやすいサービスを実現するための変革 こそがDXの本質です。
一方で、各自治体が抱える現場課題は多岐にわたります。
・紙やハンコ文化が根強く残り、業務が煩雑化している
・システムやデータが縦割りになり、情報連携が進まない
・職員のITリテラシーに差があり、DXが一部に留まっている
こうした課題を放置したままツールを導入しても、成果は限定的です。
必要なのは、現状を整理し、課題を可視化し、“どのように変えるか”の道筋を戦略として描くこと。
国は、自治体が共通の方向性でDXを推進できるよう、「情報システムの標準化・共通化」「行政手続のオンライン化」「AI・RPA活用」など7つの重点項目を提示しています。
しかし、そのどれもが“戦略”という土台なしには進みません。
DX戦略は、組織のデジタル変革を進めるためのコンパスです。
これがあることで、職員一人ひとりが同じ方向を向き、政策、業務、システム、人材育成のすべてを連動させることができます。
関連記事:
自治体DXを成功に導く5ステップ|現場課題とAI人材育成の実践法
国の方針と整合するDX戦略の全体像|構成要素とフレームワーク
自治体DX戦略を策定する際には、国が示す方針との整合性を保つことが欠かせません。
各自治体がバラバラの方向へ進んでしまうと、システム標準化やデータ連携が進まず、結果として住民サービスの格差を生むリスクがあるためです。
総務省の「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」では、自治体DXの目的を次の3つに整理しています。
- 住民中心の行政サービス改革(行政手続のオンライン化・窓口改革)
- 業務プロセスの抜本的見直し(RPA・AI等による自動化・効率化)
- データに基づく政策形成(EBPM)の推進
これらの目的を実現するために、戦略の構成には一定の“型”があります。
自治体DX戦略の基本構成(推奨フレーム)
| 構成項目 | 内容のポイント |
| ① ビジョン・目的 | 自治体としてどのような価値を住民に提供したいかを明示 |
| ② 現状分析 | 業務・システム・人材・財政などの現状を可視化 |
| ③ 課題整理 | 現状と理想のギャップを具体化し、改善領域を特定 |
| ④ 重点施策 | 窓口DX、業務自動化、データ連携、人材育成など |
| ⑤ KPI設計 | 成果を測るための定量指標(例:電子申請率・業務時間削減率) |
| ⑥ 推進体制 | 庁内横断チーム、責任部署、外部連携の体制図を明確化 |
| ⑦ 評価・改善 | PDCA体制、年度レビュー、外部評価の仕組み |
このフレームに沿って戦略を立てることで、 “国の方針に整合しつつ、自自治体の個性を反映した戦略”が描けます。
重要なのは、単なる項目の羅列ではなく、
「課題 → 対策 → 成果(KPI)」が一貫してつながる構造を持つこと。
実際、先進自治体である鹿島市(佐賀県)や狛江市(東京都)のDX戦略書を見ると、
どちらもこの基本構造を踏まえながら、独自の重点領域(窓口改革・職員育成など)を設定しています。
形式よりも、「現場で実行できるかどうか」が戦略の成否を分けるポイントです。
AI経営総合研究所では、これらの成功自治体に共通するフレームを分析し、 “行政課題を軸にした戦略設計テンプレート”として再構築しています。
自治体DX戦略の策定ステップ|現状把握からKPI設定まで
DX戦略を「形」にするためには、理念やスローガンではなく、 現場で実行できる具体的なステップ設計が必要です。
多くの自治体が戦略づくりでつまずくのは、この“具体化”の段階です。
ここでは、戦略策定から実行計画までの流れを5つのステップで整理します。
STEP1:現状分析 ― 業務・システム・人材の「見える化」
まず着手すべきは、現状を正確に把握することです。
部署ごとにバラバラに進められてきたシステム運用や業務プロセスを可視化し、
「どの業務がボトルネックになっているか」「重複しているシステムはないか」を洗い出します。
- 業務フロー図・システムマップの作成
- 紙・Excel中心の業務の棚卸
- 職員のデジタルスキルや課題意識のヒアリング
現場の実態を正確に把握することで、次のステップでの課題整理が明確になります。
STEP2:課題整理 ― DXの“本丸”を特定する
現状分析をもとに、「解決すべき課題」と「改善インパクトの大きい領域」を絞り込みます。
よくある自治体課題には以下のようなものがあります。
- 住民手続きのオンライン化が進まず、窓口負担が増大
- データが各課で分断され、政策判断に活かせていない
- 業務効率化が進まず、職員が疲弊している
- DX推進担当者が少なく、組織として継続できない
課題を定義する際は、「原因」と「影響範囲」をセットで整理するのがポイントです。
AI経営総合研究所では、課題を業務・組織・人材・データ・制度の5観点で分類することを推奨しています。
STEP3:ビジョン設定 ― 自治体として“ありたい姿”を描く
課題を明確にしたら、「理想状態(To-Be)」を定義します。
これは単なるスローガンではなく、住民・職員・行政の三者がどのような価値を得るかを明示するものです。
例
- 「すべての行政手続をオンラインで完結できる市役所」
- 「データを活用して迅速に意思決定できる組織」
- 「職員が付加価値業務に集中できる行政環境」
この“ありたい姿”が、後の施策・KPI・研修設計の軸になります。
STEP4:施策立案・KPI設計 ― 目標を“数字”で動かす
戦略を実行可能にするためには、成果を測る指標(KPI)を設定することが不可欠です。
KPIは抽象的ではなく、数値と期限を明確にしましょう。
例
- 電子申請率を2026年度までに80%へ
- AIチャットボット導入で窓口問い合わせを30%削減
- 職員のDX研修受講率を年90%に到達させる
また、施策とKPIを紐づける「成果マップ」を作成しておくと、年度ごとの進捗管理や庁内共有にも活用できます。
STEP5:ロードマップ作成 ― 実行と評価の道筋を描く
最後に、実行スケジュールと体制をまとめたロードマップを策定します。
ここでは、「いつ・誰が・何を行うか」を明確にすることが重要です。
- 施策別の年度計画と担当部署
- 庁内推進チームの設置と役割分担
- 年次評価・改善サイクルの設定(PDCA設計)
戦略は作って終わりではなく、改善し続ける仕組みとして設計する必要があります。
定期的なレビュー会議や外部アドバイザーとの連携により、進捗を可視化する文化を定着させましょう。
関連記事:
自治体DXが進まない理由とは?7つの課題と解決策を徹底解説
戦略を動かす仕組み|推進体制・評価・改善の設計
多くの自治体では、戦略を策定したものの「実行フェーズで止まってしまう」ケースが少なくありません。
その原因の多くは、体制の弱さと運用サイクルの欠如にあります。どれだけ優れた計画も、動かす仕組みがなければ成果にはつながりません。
ここでは、戦略を継続的に動かすための設計ポイントを整理します。
1. 推進体制の整備 ― “横串”で動く組織をつくる
DXは一部の部署が単独で進めるものではなく、庁内全体を巻き込む取り組みです。
そのために重要なのが、横断的な推進チームの設置です。
理想的な体制は以下のような構造です。
- リーダー層(首長・副市長):方向性とリソース配分の決定
- 統括責任者(CIO/CDO・情報政策課):全体調整・進捗管理
- 実行チーム(各課代表+職員):現場課題の改善・プロジェクト推進
- 外部支援(民間・専門家):技術支援・伴走・評価
このように「戦略立案」と「現場実行」をつなぐ構造を明確化することで、縦割りを越えた連携が実現します。
また、首長メッセージや庁内広報を通じてDX推進の意義を全職員に共有することも欠かせません。
2. 評価・改善サイクル ― 戦略を“生きた仕組み”にする
戦略は作って終わりではなく、毎年見直して進化させるものです。
特にDXは技術や制度が急速に変化する分野であり、年度初に立てたKPIや施策が半年後には陳腐化していることもあります。
そのため、次のような評価・改善サイクルを仕組み化しておきましょう。
- 四半期レビュー:KPI進捗・課題報告を推進チームで共有
- 年度レビュー:達成度・改善案を整理し、翌年度戦略へ反映
- 外部評価:有識者・企業・地域代表による第三者評価を導入
- 庁内共有会議:成功事例・改善点を職員全体で共有し、学びを循環化
こうしたPDCA体制を明文化することで、「戦略=紙の計画書」から「動き続ける仕組み」へと変わります。
3. 外部連携とデータ活用 ― 継続的なアップデートを可能にする
自治体単独では人材・予算・ノウハウに限界があります。だからこそ、民間企業・大学・地域団体との連携が鍵となります。
- 外部事業者との協働によるシステム運用・データ分析
- 他自治体との共同プロジェクト(広域連携)
- 官民共創による住民参加型DX(例:地域アプリ・防災情報共有)
さらに、データを“活かす”ための仕組みも欠かせません。
住民データ・行政データ・オープンデータを統合し、政策判断や業務改善に活用できる環境(データガバナンス)を整えることが、次世代の自治体運営の基盤になります。
4. DXを文化にする ― 組織の“自走力”を高める
最終的なゴールは、「一部の担当者が頑張るDX」ではなく、職員全体が改善を日常的に考える組織文化をつくることです。
そのために有効なのが、継続的なDX研修・ワークショップです。
職員が自ら課題を見つけ、AIやデジタルで解決する発想を持てるようになれば、DXは一過性のプロジェクトではなく、自治体のDNAとして根づきます。
関連記事:
自治体DX人材育成の完全ガイド|“仕組みで育てる”研修設計とスキルモデル
生成AIが変える自治体DX戦略|新しい価値創出の可能性
自治体DXの次なるステージは、単なるデジタル化ではなく、生成AIを活かした「知的行政運営」への転換です。
これまで時間と人手を要していた業務が、AIの活用によって大きく変わり始めています。
1. 行政業務の効率化から“思考支援”へ
これまでの自治体DXは、主に業務の効率化を目的としたものでした。
しかし生成AIの登場により、行政現場は次の段階へ進んでいます。
- 住民対応:AIチャットボットが質問を自動応答し、24時間体制で対応
- 文書作成:AIが報告書・議事録・広報文案を下書きし、職員が最終調整
- 政策立案:データと過去事例をもとに、AIが複数案を提示
- 広報・発信:AIがSNS投稿案やリーフレット文案を生成し、スピード向上
これらは単なる自動化ではなく、職員の思考を支援する“共同作業者”としてのAI活用へと進化しています。
AIを活かすことで、限られた人員でも政策品質を維持しながら、迅速な意思決定が可能になります。
2. “AI戦略”をDX戦略の中に組み込む
今後の自治体DXでは、生成AIを単独のツールではなく、戦略全体の設計要素として明示することが重要です。
AI経営総合研究所では、AI活用をDX戦略の中に組み込む際の3つの基本構成を提唱しています。
| フェーズ | 戦略的テーマ | 具体施策例 |
| ① 導入段階 | 利用ポリシーとガバナンス整備 | 職員向け利用ルール、情報漏えい防止策、AIリテラシー研修 |
| ② 活用段階 | 業務効率化・情報分析 | AIによる文書作成、FAQ自動応答、データ要約・分類 |
| ③ 発展段階 | 政策形成・地域課題解決 | 生成AIを活用した公文書分析、住民意見の自動集約、都市データ解析 |
このように、AIを段階的に導入・拡張することで、戦略が単なる“IT計画”ではなく、学習する行政モデルへと進化します。
3. AI人材の育成とリスキリングの重要性
AIを使いこなすのは、あくまで“人”です。
成功する自治体では、AIツールを配るだけでなく、職員が自らAIを活用して課題を解決できる研修体制を整えています。
- 生成AIを使った業務改善ワークショップ
- 庁内プロンプト共有会・生成AIチャット活用講座
- データ分析・AI倫理などのオンライン研修
こうした取り組みは、職員の思考力と創造力を引き出す「知的リスキリング」につながります。
AIを恐れるのではなく、“AIと協働できる人材”を育てることが、これからの自治体戦略の核心です。
4. 生成AIが生む新しい行政価値
AIの活用は、単に効率化を目的とするものではありません。むしろ、AIを通じて住民との関係性を再構築する契機となります。
- 住民の声をAIが分析し、政策提案へ反映
- 地域課題をAIが抽出し、解決策を提示
- 多様な意見を“可視化”して合意形成を支援
つまり、AIは行政を「より人間的」にするための手段とも言えます。
テクノロジーの先にあるのは、データと人をつなぎ、地域をより良くする行政です。
まとめ|DX戦略は“紙”ではなく“行動”に落とし込むもの
DX戦略の本質は、計画書を完成させることではありません。
重要なのは、現場が同じ方向を向き、実際に動き出すこと。
「誰が」「どのように」「何を変えるのか」が明確でなければ、どんな立派な戦略も絵に描いた餅になってしまいます。
自治体のDXは、もはや一部の部署の課題ではなく、行政全体の改革テーマです。
業務の効率化だけでなく、住民サービスの質向上、職員の働き方改革、地域の活性化までを見据えた変革が求められています。
その中心にあるのが、デジタルを扱う“人”の力です。
生成AIやデータ活用といったテクノロジーは、あくまで手段。
それを戦略に落とし込み、運用し、成果へつなげるのは職員一人ひとりの知恵と行動です。
だからこそ、DXを推進できる人材を育てる仕組みが欠かせません。
AI経営総合研究所では、全国の自治体を対象に、戦略策定から人材育成・研修までを一気通貫で支援しています。
「自走する組織」をつくりたい、戦略を“動かせる人”を育てたい――
そんな自治体担当者の皆さまへ、次の一歩をご案内します。

自治体DX戦略に関するよくある質問(FAQ)
- Q自治体DX戦略はどの部署が担当すべきですか?
- A
基本的には「情報政策課」や「企画課」が中心となりますが、DXは全庁的なテーマであるため、人事・総務・財政など複数部署の連携体制が不可欠です。
庁内横断の「DX推進チーム」や「デジタル戦略室」を設置し、トップ(首長)主導で戦略策定と実行を進める体制が理想です。
- Q小規模自治体でもDX戦略は必要ですか?
- A
必要です。
規模に関わらず、DX戦略は行政の方向性を示す“共通の羅針盤”です。
ただし、すべてを自前で行う必要はありません。近隣自治体との広域連携や、民間企業・専門機関の支援を活用しながら、「自自治体らしい戦略」を設計することが重要です。
- QDX戦略のKPIはどのように設定すればよいですか?
- A
KPIは「住民サービス」「業務効率化」「人材育成」の3領域で設定するのが効果的です。
たとえば、- 電子申請率(住民サービス)
- 定型業務の削減時間(業務効率化)
- DX研修受講率・満足度(人材育成)
のように、成果を“数字”で測定できる指標を設けましょう。 また、KPIは年単位で見直し、改善サイクルを組み込むことがポイントです。
- 電子申請率(住民サービス)
- QDX戦略の策定を外部に委託しても大丈夫ですか?
- A
可能ですが、注意が必要です。
外部委託で文書を作成するだけでは、現場の納得感や実行力が生まれにくいためです。
最適なのは、外部専門家に「伴走支援」を依頼し、職員と共に課題整理・KPI設計・研修を進めるスタイルです。
こうすることで、戦略が“現場の言葉”で構築され、実行段階でスムーズに運用できます。
- Q生成AIをDX戦略に取り入れる際のリスクはありますか?
- A
はい。情報漏えいや誤情報生成などのリスクがあります。
ただし、利用ポリシーの明確化と職員研修の実施で多くは回避できます。 AIを禁止するのではなく、「安全に使いこなす仕組み」を設計することが重要です。
