行政DXの導入が全国で進む一方、「システムは導入したが現場が使いこなせない」「業務がむしろ煩雑になった」といった声が後を絶ちません。
多くの自治体で起きているのは、“技術の失敗”ではなく“設計と文化の失敗”です。
DXを単なるIT化として進めてしまうと、紙の手続きをデジタルに置き換えただけで終わり、真の業務改革にはつながりません。
一方で、成功している自治体に共通するのは、「失敗を起点に設計を見直し、継続的に改善する仕組み」を持っている点です。
本記事では、行政DXが失敗に陥りやすい7つのパターンを整理し、 そこからどう立て直せば「成果が出るDX」に変えられるのかを、実例とステップで解説します。
「DXが進まない理由」を超えて、“失敗から学び、次へつなぐ行政DX”を目指しましょう。
行政DXが“失敗”とされる現状|成果が出ない構造を可視化
行政DXは「デジタル化による住民サービスの向上」を掲げ、全国で取り組みが進んでいます。
しかし、成果を実感できている自治体は一部にとどまっているのが現実です。
デジタル庁が公表する調査によると、自治体の電子申請導入率は約9割に達する一方、実際の利用率は3割未満にとどまります。
つまり、「導入は進んでいるが、住民や職員が“使いこなせていない”」という構造的ギャップが存在します。
「導入したのに使われない」3つの典型症状
① システムが現場に定着しない
 システムを導入しても、担当者ごとに操作が異なったり、旧来の紙業務が並行して残るケースが多く見られます。
現場の理解・研修が追いつかないままシステムが先行し、“使いにくい”という印象が根づいてしまうことが最大のボトルネックです。
② 住民にとって手続きが複雑なまま
 電子申請フォームが分かりづらい、本人確認や添付書類が結局窓口提出になる――。
DXの目的である「利便性の向上」が達成されず、住民側の体験価値が変わらないままになっています。
③ 職員の業務負担がむしろ増加
 「新システムの運用」「マニュアル作成」「問い合わせ対応」など、 従来業務に加えて新たなタスクが発生し、現場の疲弊感が増しているという声も多く聞かれます。
結果として、「DX=負担増」という認識が広がり、推進モチベーションを損なう原因となっています。
原因の共通点:「業務設計・人材育成・組織文化」の不一致
行政DXが成果につながらない最大の理由は、“技術”ではなく“整合性の欠如”にあります。
- 業務設計が現場実態と乖離しており、フローが複雑化
- 人材育成が形式的で、ツールを使いこなす力が育たない
- 組織文化が「失敗を避ける」方向に傾き、挑戦が止まる
この3要素が噛み合わない限り、DXは「使われない仕組み」に終わってしまいます。
行政DXで起こりやすい7つの失敗パターン
行政DXは、制度的な後押しや補助金をきっかけに全国へ広がっています。
しかし実際には、導入後に「想定した成果が出ない」「定着しない」と悩む自治体が少なくありません。
その背景には、共通する“7つの失敗パターン”が存在します。
① 目的・KPIが曖昧なまま事業を開始
多くのDXが失敗するのは、「なぜDXを行うのか」が明確でないまま始まってしまうことです。
 補助金や国の方針をきっかけに導入を急ぎ、「導入そのもの」が目的化してしまうケースが目立ちます。
結果として、
- 成果指標(KPI)が不明確で、効果検証ができない
- トップと現場で“ゴールの認識”がズレる
- 「導入したけど使われない」構造が生まれる
再起動のヒント:
 まず「誰の、どんな課題を、どう改善するのか」を具体化し、住民満足度・業務削減時間・AI活用率などのKPIを設定することが出発点です。
② BPR(業務再設計)を伴わず、紙の手続きをそのままデジタル化
DXの本質は“業務改革”にあります。
しかし現場では、「紙でやっていた手続きをそのまま画面に置き換えただけ」のケースが少なくありません。
このような“形式的DX”は、
- 入力項目が多すぎて職員負担が増す
- 結局「紙の方が早い」と逆戻りする
- データ活用の余地が生まれない
再起動のヒント:
 「どの業務を、どの順番で、どう減らすか」を定義するBPR(業務プロセス再設計)を必ず実施。
デジタル化は目的ではなく、「業務を再構築する手段」であると位置づけ直しましょう。
③ ベンダー任せで庁内にノウハウが残らない
システム導入を外部業者に委託しすぎると、庁内に知識が蓄積されず、 「何をどう変えたのか」を理解している職員がいない状態になりがちです。
その結果、
- 改修や更新のたびにコストが発生
- 現場から改善提案が出ない
- 職員の自走力が育たない
再起動のヒント:
 ノーコードツールや生成AIを活用し、「現場が設計・改善できるDX」に転換することが重要。
④ DX推進室の権限不足・縦割り文化
DX推進室が「兼務ポジション」で人員も限られている自治体は多く、 各部署が独自にシステムを入れた結果、連携できない“システムの島”が生まれています。
- 「他部署の業務は関係ない」という意識
- トップダウンの不足で優先順位が曖昧
- 誰も最終判断を下せない構造
再起動のヒント:
 DX推進室を全庁横断の意思決定機関として位置づけ、 庁内全体で業務フローを俯瞰できる“BPR委員会”を併設するのも有効です。
⑤ 現場職員の抵抗感・リテラシー格差
「ミスが増える」「AIが仕事を奪う」といった誤解が根強く、 現場ではDXに対して心理的な抵抗が残っています。
また、年齢・部署によってデジタルスキルの差が大きいことも課題です。
再起動のヒント:
 単なる研修ではなく、「自分の業務を変える」体験型教育を導入。
小さな成功体験(チャットボット構築・RPA活用など)を通じて、抵抗感を減らすことが重要です。
⑥ 成果の測定指標がなく、次年度に予算が途切れる
「導入したけど成果が見えない」ままでは、次年度の予算確保が困難です。
結果、事業が1年単位で途切れ、“継続できないDX”に陥ります。
再起動のヒント:
 KPIを「業務時間削減率」「住民満足度」「AI活用件数」など定量指標で設定し、 庁内で可視化・共有する仕組みを整えることが継続の鍵です。
⑦ 外部環境・制度変更に対応できない
制度改正や社会環境の変化(例:マイナンバー制度、災害対応など)に合わせて、 システムや業務フローを柔軟に更新できないこともDX停滞の一因です。
再起動のヒント:
 外部要因に強い体制を作るには、「自ら改善できる人材」=リスキリング職員を育てること。
AIリテラシーとデータ思考を持つ人材が、行政を“動的な組織”に変えていきます。
失敗からの再起動|行政DXを立て直す7ステップ
DXは、一度の導入で終わるものではありません。
むしろ「失敗をどう再設計するか」が、行政DXを成功に導く最大のポイントです。
ここでは、成果が出なかった取り組みを“続くDX”へ変える7ステップを紹介します。
Step1:現状業務の棚卸しとデータ化
まず行うべきは、“現状を正しく把握すること”です。
紙・Excel・人手で運用している業務をすべて洗い出し、フロー・担当・時間コストを可視化します。
このプロセスを省くと、課題が曖昧なままデジタル化を進めてしまい、再び同じ失敗を繰り返すことになります。
DXの第一歩は、失敗の原因を「見える化」すること。
 データで現場の実態を把握することが、次の再設計につながります。
Step2:KPIと目的の再定義
「何をもって成功とするか」を再設定します。
単に「導入完了」をゴールにせず、成果=住民満足度 × 職員生産性という2軸で定量化しましょう。
たとえば、
- 住民アンケート満足度の向上率
- 職員1人あたりの業務処理時間削減率
- AIや自動化ツールの利用件数
 など、実際に測れる指標を設けることで、DXを“評価できる施策”に変えられます。
Step3:BPRによる業務再設計
再起動に不可欠なのが、BPR(Business Process Re-engineering)=業務再設計です。
単なるシステム導入ではなく、「業務をどう変えるか」を起点に考え直します。
- RPAで定型業務を自動化
- 電子申請や電子署名で来庁を減らす
- ワークフローシステムで承認を効率化
このように、業務単位でのデジタル再構築を行うことで、職員・住民の双方に効果を実感できるDXが生まれます。
Step4:トップダウン×現場主導のハイブリッド推進
DXを継続させるためには、リーダーシップと現場主導の両立が欠かせません。
首長・部局長クラスが「何を目指すか」を明確に示し、現場リーダー層が“小さな成功”を積み上げていく。
この“二層推進モデル”が最も再現性の高い形です。
トップが旗を振るだけでは現場が動かず、現場任せでは全庁最適が進まない――。
双方の連携が、DXを“プロジェクト”から“文化”へと進化させます。
Step5:AI・ノーコードツールで“現場が作るDX”へ
多くの自治体では「ベンダー依存」が課題ですが、再起動期こそ“内製志向”への転換が重要です。
生成AIやノーコードツールを活用すれば、現場職員が自ら改善を試み、スピード感のある運用が可能になります。
- チャットボットで問い合わせ対応を自動化
- ノーコードアプリで申請フォームを改善
- 生成AIで文書ドラフトを作成
こうした現場発の工夫が、職員の主体性と学びを育てます。
Step6:成果の定量化と庁内共有(ナレッジ蓄積)
「どの施策が効果を出したか」を可視化し、庁内で共有することが次の成功を生みます。
DXは“点の改善”ではなく“線の学習”で成長するもの。
- 業務削減率
- 問い合わせ件数
- 住民満足度アンケート
などを定期的に測定し、ナレッジとして蓄積・共有する文化を根づかせましょう。
Step7:リスキリングと継続教育
DXを“続く改革”に変える最後の鍵は人材育成です。
失敗の多くは、技術ではなく“使いこなす力”の不足によるもの。
生成AIやデータ活用を理解し、業務改善を自ら提案できる職員を育てることが不可欠です。
リスキリングを一過性の研修で終わらせず、日常業務と連動した学びの仕組みにすることで、DXは定着します。
現場でよくある“DXの誤解”と失敗回避のヒント
行政DXが進まない背景には、技術や制度よりも「認識のズレ」があります。
現場では、DXを正しく理解できていないことで、せっかくの取り組みが形骸化するケースが少なくありません。
ここでは、よくある3つの誤解と、それを乗り越えるための考え方を整理します。
「システムを導入すればDX」は誤り
DX=デジタル化と思われがちですが、ツール導入だけでは業務は変わりません。
 「紙を電子化」「手続きをオンライン化」といった施策は、あくまで入口にすぎません。
真のDXとは、業務プロセスや意思決定の仕組みを変革し、住民価値を高めること。
 そのためには、導入前に「どの課題を、どんな形で改善するのか」を設計し、運用段階で改善を続ける姿勢が欠かせません。
ポイント:
 DXは“プロジェクト”ではなく“プロセス”。
一度の導入で終わらせず、現場で継続的に改善してこそ成果が出ます。
「AIは職員を置き換える」ではなく“支える”技術
AI=人の仕事を奪う、という誤解が根強く残っています。
しかし実際の行政現場では、AIは「代替」ではなく「支援」として機能します。
- 住民からの問い合わせをAIチャットボットが一次対応
- 文書ドラフトや報告書のたたきを生成AIが作成
- RPAで定型業務を自動処理し、職員は企画・判断業務に集中
つまり、AIは職員が“人にしかできない仕事”に時間を割けるようにする技術です。
AIリテラシーを持つことで、DXは「負担増」ではなく「働き方改革」につながります。
「成功の定義」は“稼働率”ではなく“改善が続くこと”
DXを進める際、多くの自治体が「システム稼働率」や「導入件数」を成果指標に設定します。
しかし、これらは“導入できたか”の指標であり、“使いこなせているか”は別問題です。
本来、DXの成功とは次の状態を指します。
- 現場で継続的に改善が行われている
- 職員が自発的にツールを活用している
- 住民体験が明確に向上している
ポイント:
 DXは“完成”ではなく“進化”。 改善が止まった瞬間に、DXは過去の取り組みになります。
成功自治体に共通する3つの要素
行政DXを実現し、持続的に成果を出している自治体には明確な共通点があります。
それは「小さく始める」「成果を共有する」「人を育てる」という3つの原則です。
この3つを仕組みとして回せるかどうかが、DXを“導入で終わらせない”分岐点になります。
① 小さく始めて成功体験を共有(スモールスタート)
多くの成功自治体は、最初から大規模改革を狙いません。
最も効果が出やすい業務(例:予約管理、問い合わせ対応、定型報告書作成など)に絞って試行を行い、 “まずは1部署・1テーマから”小さく始めて結果を出すことを重視しています。
小さな成功体験は職員に自信を与え、庁内全体へ波及します。
「うまくいく方法」を共有できれば、次の部署も挑戦しやすくなる――
この連鎖反応こそがDX定着の起点になります。
例:ある地方都市では、RPAを使った入力業務自動化で処理時間を約50%削減。
 その成果を他部署に展開し、年間で延べ200時間の業務削減を実現しました。
② 成果を庁内外で見える化し、次の予算へつなぐ
DXが続くかどうかは、“成果の見せ方”にかかっています。
どんなに優れた施策も、数値化・可視化できなければ、翌年度の予算が確保できずに止まってしまいます。
成功自治体は、
- 業務時間削減率や職員満足度の改善を定量的に可視化
- 住民アンケートや利用件数を公開し、透明性を確保
- 成果を庁内報や市議会報告で共有
といった形で、「効果を見せる=次の投資を呼ぶ」サイクルを作っています。
ポイント:
 成果は“共有して初めて資産になる”。
庁内ナレッジとして蓄積・展開することで、DXは継続的な経営資源へと変わります。
③ 職員のAIリテラシー研修を“継続制度化”
一度の導入で終わらせず、「人を育てる仕組み」を内製化しているのも共通点です。
ツールや仕組みが変わっても、“考え方”が定着していればDXは止まりません。
生成AIやノーコードを活用できる職員が増えるほど、外部委託に頼らずとも新しい施策を試せるようになります。
職員がAIの仕組みを理解し、自分たちで業務を改善できる状態―― それが「自走する行政DX」の理想形です。
まとめ|行政DXを“続く改革”に変えるには
行政DXは、単なるデジタル化プロジェクトではありません。
それは、組織文化そのものを変革し、学び続ける仕組みをつくる取り組みです。
どんなに優れたシステムを導入しても、 それを使いこなす人と、改善を続ける文化がなければ、DXはすぐに形骸化してしまいます。
DXの成功とは、“一度うまくいくこと”ではなく、 「失敗を恐れず、次の改善を生み出せる状態」を作ることです。
つまり、行政DXの本質は“改革を続けられる仕組み”を持つことにあります。
AIやデータを活用し、現場が自ら考え、挑戦できる組織に変わる――
その変化の中心にあるのは、AIを理解し活かす人材です。
関連記事:
行政DXとは?国の方針・導入状況・課題をわかりやすく解説
- Q行政DXが失敗する主な原因は何ですか?
- A最大の原因は「目的不明確」「人材育成不足」「組織文化の硬直化」です。 
 システムを導入しても、業務プロセスや職員の意識が変わらなければ成果は出ません。
 “技術よりも運用・文化”の課題が失敗を招く最大要因です。
- QDX失敗を防ぐために最初に取り組むべきことは?
- Aまずは現状業務の棚卸しと課題の見える化です。 
 紙・Excel・人手依存の業務を洗い出し、どこにムダがあるかをデータで把握します。
 そのうえでKPI(成果指標)を再設定し、目的を明確にすることが重要です。
- Q失敗したDXを立て直すことはできますか?
- A可能です。 
 多くの自治体が、一度の失敗から「小さく再設計して成果を積み上げる」手法で立て直しています。
 ポイントは、BPR(業務再設計)とAIリテラシー育成を組み合わせ、“現場が動く仕組み”を作ることです。
- QDX推進を現場に浸透させるコツはありますか?
- A現場職員の“納得感”を高めることが最優先です。 
 トップダウンで指示するだけでなく、現場が小さな成功を経験し、
 「自分たちの業務が楽になる」と実感できる取り組みから始めましょう。
 
- QDXの成果をどう測ればよいですか?
- A「稼働率」ではなく「改善が続くか」で測るのが本質です。 
 例としては、以下のような定量指標が有効です。- 業務処理時間の削減率
- 住民満足度(アンケート結果)
- 自動化・AI活用件数
 これらを定期的に庁内共有することで、次の改善へつなげる“学習型DX”が実現します。 

 
			 		 