「AIで会社を、経営を変えよう」。そう叫んでも、現実はそう簡単には進まない。カギになるのは「人」。AIを導入し、AIを活用するのも、やはり「人」です。

では、その「人」をどう動かせばいいのか?AI導入の最前線に立つ“AIの伝道師”が語る、「人を、会社を動かす知恵」とは。 今回、登場していただくのは、SHIFT AIに所属し、AIコンサルタントとして活躍している安永智也さん。まずはAIコンサルタントとしての活動を開始してからの激動の1年間を振り返ってもらうとともに、生成AIを使いこなすコツなどについて、語っていただきましょう。

安永 智也

1985年、広島県生まれ。新卒で東京の広告代理店に就職した後、結婚を機に山形県へ移住。金属加工工場に勤務。地方ではAIの最新情報を得られないと感じていたとき、X(旧Twitter)を通じてSHIFT AIに出会い、参加。2024年1月からAIコンサル業を開始し、月収100万円を達成する。現在、地方企業のAI導入支援を行いながら「AI×地方」の可能性を広める活動を展開している。

    AI導入に興味を持ってくれる経営者は「20人に1人」。それが1年前の感触だった

    AIコンサルタントになって、2年目を迎えました。振り返ってみると、「激動」という形容にふさわしい1年だったと思います。

    私は広島県の出身で、新卒で東京の広告代理店に勤務していましたが、結婚を機に山形県にやってきた経緯から、何ひとつ人脈のない土地での開業となりました。顧客を開拓するには、東北地方で開催されている異業種交流会に足繁く通って、「私は生成AIの専門家です」と名乗りを挙げるほか、手段はありませんでした。

    話を聞いてくれた経営者の方々の大半は「生成AI」と聞いて、一定の興味を持ってはくれるのですが、「ウチの会社の業務改善にAI技術を取り入れたい」と積極的に乗り出してくれるのは5%程度。20人に1人くらいの割合でした。

    誰かから聞いた、「東北の人間は、他の人がやらないような新しいことを始めることに抵抗感を持つ保守的なところがある」という話をしみじみと実感しました。

    そんななか、ごく初期のころから生成AI導入に踏み切ってくれた経営者の方がいらっしゃいました。山形に拠点を置いて、中小企業の採用動画や店舗PRの映像作りをしている制作会社の社長のAさんで、聞けば、もともとは関西出身の方でした。

    同じ「外様」の身分で東北でビジネスをやっている者同士、気が合ったのかもしれませんが、Aさんご自身の熱意もあり、AI導入プロジェクトはスムーズに進みました。

    AIコンサルティングの仕事はまず、クライアント企業の業務のヒアリングから始まります。どんな取引先があって、それぞれどんなプロセスで業務を進めていくのか、始めから終わりまで細かいフェーズで業務内容の棚卸しをするんです。実際にこの作業をやってみると、「今まで自社の業務内容を整理してこなかった」ということに気づく方は結構、多いです。

    一般的な経営コンサルタントがやっている業務に似たところがあるのかもしれませんが、私の場合、生成AIという強い武器があるので最初のころから要領を得た対応ができました。

    映像制作会社の業務内容をAIに予測させれば、精度の高い答えが返ってきます。それを叩き台にして、現場のスタッフの人たちとすり合わせをしながら業務内容をリスト化していくんです。

    ですから、ヒアリングは社長のAさんだけでなく、それぞれの部署でチーフ的な仕事をしている人にも行うことになります。「宝物は現場に落ちている」というのは、私の持論です。

    生成AI技術を導入することで、作業時間8~25倍の短縮に成功

    業務内容のヒアリングが済んだあとは、AIを導入しやすい部署から順繰りに3カ月の研修プログラムを作って導入を進めていきました。

    最初に取り組んだ部署は、動画の絵コンテを制作する部署でした。その制作会社は、動画の撮影前に営業部からあがってきた取材先の情報をもとに撮影プランを立て、絵コンテを描いて撮影に臨んでいました。

    その絵コンテは、撮影をスムーズに行うために大事な作業だと捉えていて、それまで8時間ほどの時間をかけていたそうですが、生成AIを使用することで、その作業を1時間に短縮することに成功しました。

    その部署のチーフ担当者はもともと、生成AIに興味を持っていて、自発的に触ったことがある方だったんですが、「自分の仕事にこんなに活かせるとは思っていませんでした」と驚いていたのが印象的でしたね。

    ひとつの部署で成功事例を作ってからは、他の部署にも横展開させていきました。その次にAI導入に取り組んだのは、営業部です。クライアントの要望をヒアリングして、撮影を担当する制作部に詳細なレポートを渡す業務にAI技術を導入する方法を模索しました。

    営業部では、クライアントへのインタビューに1時間、その後のレポートの作成に2時間の時間をかけていたそうですが、生成AIの音声データの文字起こしやレポートのフォーマット化の技術を導入することによって、レポート作成時間が2時間から5分程度に短縮することができたんです。

    面接データの活用で変化が見えた。AI導入の試行と手応え

    この映像制作会社は、社長のAさんが東北地方のなかで、関西出身の「外様」だったために生成AIという、「他の人がやらないような新しいこと」に挑戦する気概を持っていたこと、それからパソコンというツールを日常業務で普通に使いこなしていた業種だったからこその成功例だったと思っています。

    もうひとつ、私が手掛けた「駆け出し時代」の事例を紹介しましょう。異業種交流会で出会ったBさんは、東北地方に複数のフランチャイズ店舗を持つオーナーさんでした。

    Bさんが当時、抱えていた課題は、店舗ごとに採用したスタッフの定着率にバラつきがあるということでした。募集をかけても、思うように応募が集まらない現状のなか、スタッフが定着してくれないというのは深刻な問題です。

    そこで、各店舗の採用面接の音声データをもとに、「スタッフの定着率が高い店舗の店長が面接でどんなやりとりをしていたのか?」を割り出し、「現場で活躍してくれるスタッフを見極めるには、面接でどんなコミュニケーションをとるべきなのか?」というマニュアルに落とし込みました。

    こちらはまだまだ試行段階ですが、オーナーのBさんには「確実に結果向上に手応えを感じている」とのお言葉をいただいています。

    「誰がAIを使うのか?」が導入成功のカギ。生成AIと組織のリアルな課題

    大手、中小にかかわらず、企業が生成AI技術を導入する際に直面するのは、「誰がAIを使うのか問題」だと私は思っています。

    経営のトップが「これからの時代、生成AI技術を取り入れなければ取り残される」という問題意識を持っていることは大前提です。組織の下部にいるスタッフがどれだけ旗をあげても、経営トップの理解なしにAI導入は進みません。

    Aさんのように、パソコンを日常の業務で普通に使いこなしている映像制作会社は、AI導入のハードルは低いけれども、Bさんのように経営の主体を現場の店長の才量や力量に頼っている業種では、より細やかにコンサルティングをしていかなければならないと感じました。

    私は生成AI技術を説明するときに、「料理」を例えに出して説明しています。世の中には、一流店のシェフをつとめられるほどの腕前を持つ人もいれば、料理をした経験を一切持たない人もいます。その違いは、料理が好き、あるいはおいしい料理を食べるのが好きかどうかということではないでしょうか。

    そして、料理が上手になるために欠かせないなのは、自らの手を動かして料理を作り、失敗と成功を繰り返しながら経験を積み重ねていくこと。生成AIにも同じことが言えます。まずは好きになること、そして、試行錯誤を繰り返して経験を積むことが大切です。 生成AIの導入は、単なるツールの導入ではなく、人と技術の関係を見つめ直すプロセスです。誰が使うのか、どう育てていくのか。その問いに真摯に向き合うことが、これからの時代に取り残されないための第一歩なのだと思います。