「DX推進を任せられる人がいない」。これは今、多くの企業が直面している現実です。

経営会議では「デジタル変革を急げ」と声が上がり、現場ではシステム刷新やデータ活用の必要性が叫ばれる一方で、実際に旗振り役を担える“適任者”が社内に見当たらない。採用市場を見ても、デジタルスキルと業務知識、そして推進力を兼ね備えた人材は希少で、競争も激化しています。

このままでは、せっかくのDX計画も「検討止まり」で終わりかねません。しかし、適任者がいない状況は決して解決不可能な壁ではありません。重要なのは、「なぜいないのか」を正しく見極め、社内育成・外部採用・パートナー活用を組み合わせた現実的な戦略を描くことです。

この記事でわかること

  • 適任者不在が起こる背景と原因
  • DX推進に求められる人材像とスキルセット
  • 社内外から適任者を確保・育成するための具体策
  • 実際の成功事例と、失敗を避けるための注意点

さらに、短期間で社内人材をDX推進役に育成する方法も詳しくご紹介します。DXの波に乗り遅れず、自社の未来を切り開くための第一歩を、ここから踏み出しましょう。

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なぜDX推進の適任者がいないのか?3つの背景

DX推進人材が見つからないという理由は、単に「社内にデジタル人材がいない」では説明できません。多くの場合、スキル・役割・組織文化の3つの側面で課題が絡み合っています。

1. スキルセットの二重不足

DX推進役には、デジタルリテラシーやデータ分析能力などの「ITスキル」と、業務プロセスや顧客ニーズを深く理解する「業務知識」の両方が求められます。

しかし、この2つを高いレベルで兼ね備えた人材は非常に希少です。結果として、IT部門は現場を理解できず、現場リーダーはデジタル活用を描ききれないというギャップが生じます。

関連記事DX推進の課題とは?企業が直面する7つの問題

2. リーダーシップ人材の不在

DXは単なるシステム導入ではなく、組織全体の変革を伴うプロジェクトです。そのため、部門間の調整や経営層との意思疎通、現場の巻き込みなど、強いリーダーシップとプロジェクトマネジメント力が必要不可欠です。

ところが、多くの企業ではこれらの役割を担えるミドル層が不足しており、「誰も指揮を執らないまま計画だけが存在する」状態に陥っています。

3. 組織文化と優先度の壁

DXが「IT部門の仕事」と見なされ、全社的な課題として認識されていないケースは少なくありません。

現場では既存業務が優先され、DXプロジェクトは後回しにされがちです。経営層のコミットメント不足や、従業員が変化に対して抱く心理的抵抗も、推進のブレーキとなります。

DX推進に求められる人材像と必須スキル

DXの旗振り役は「ITに詳しい人」では務まりません。現場の業務理解を土台に、デジタルを手段として適切に使い、組織を動かす総合力が必要です。以下の3点を採用・育成双方の評価基準として明確化しましょう。

業務知識と変革マインド

まずは現場を語れることが大前提です。既存の業務フローや制約条件を理解した上で、改善仮説を立て、抵抗を越えて実装まで運び切る姿勢が求められます。

  • 業務プロセス・KPI・顧客接点の理解があり、課題を具体化できる
  • 現状維持に流されず、改善テーマを自ら掘り起こす「当事者意識」がある
  • 施策を小さく試し、学びを次に活かす継続力がある
  • 部門横断の利害調整を厭わず、関係者の納得感を設計できる

この力が備わると、現場の信頼を得やすく、IT導入が“現場に刺さらない”という典型的な失敗を回避できます。入門~若手層の育成は、OJTと研修を組み合わせると効率的です

参考記事[DX推進の課題とは?企業が直面する7つの問題と解決方法]
参考記事[新入社員からDX人材を育てる方法]

デジタルリテラシーとデータ活用能力

高度なプログラミングスキルが必須とは限りませんが、テクノロジーの特徴を理解し業務に落とし込める実務リテラシーは不可欠です。意思決定の質を上げるためのデータ活用も同様に重要です。

  • クラウド/AI/RPAなど主要技術の“できること・できないこと”を説明できる
  • 技術を業務シナリオに翻訳し、効果・工数・リスクを見積もれる
  • KPI設計→データ収集→可視化→改善の一連の運用を回せる
  • セキュリティ・ガバナンスの基本原則を押さえ、守りの設計もできる

これらが揃えば、提案は“根拠ベース”となり、経営・現場双方を説得しやすくなります。社内学習だけで伸ばしにくい領域は体系的な研修が近道です。

参考記事[DX社員研修の完全ガイド]
参考記事[DX研修の費用ガイド]

プロジェクトマネジメントと巻き込み力

DXは全社案件です。期限・品質・コスト管理に加え、組織の合意形成を設計する力が成否を分けます。IT部門だけ、現場だけでは前進しません。

  • ステークホルダーを特定し、関心・影響度に応じた関与計画を立てる
  • ロードマップ/マイルストーンを定義し、進捗と成果を可視化する
  • リスク・課題・変更管理を仕組み化し、意思決定の遅延を減らす
  • ベンダー/外部パートナーと対等に議論し、契約と成果をコントロールする

この能力がある推進役は、現場の抵抗や優先度の衝突を“設計で”解消できます。ミドル層の再訓練(リスキリング)対象としても投資対効果が高い領域です。

参考記事[DXの必要性とは?]

適任者不在からDX推進を立ち上げる3つの戦略

「適任者がいない」状態でも、打ち手は必ずあります。ポイントは、社内育成・外部採用・外部協働(伴走支援)の3戦略を、ゴールと制約(時間・コスト・社内リソース)に応じて組み合わせることです。

まずはそれぞれの狙いと、実務での進め方を確認しましょう。

戦略① 社内育成で候補者をつくる

社内に業務知識と信頼を持つ人材がいるなら、短期ブートキャンプ+実務プロジェクトの組み合わせで推進役を育てるのが最短です。研修だけで終わらせず、必ず“現場テーマでの実装”まで結びつけます。

  • メリット:社内の納得感が高い/暗黙知を活かせる/離職リスクが低い
  • デメリット:立ち上がりに時間がかかる/体系立てたカリキュラムが必要

育成の現実解は、「学ぶ→試す→改善する」の90日ループです。最初の30日でデータ基礎・AI/自動化の適用観点を学び、次の30日で小規模PoC、最後の30日で運用基盤と評価指標を固める。この流れなら、学習が“成果”に変換されます。

設計の全体像は、社内制度や評価と一体にするほど定着します。

参考記事[DX社員研修の完全ガイド]
[新入社員からDX人材を育てる方法]

<小さく始めるチェック>
対象者の業務領域で「工数の大きい非付加価値作業」を1つ選び、RPA/生成AI/ワークフローで2週間以内に効果検証。数字(時間削減・エラー率)で語れると、社内の支持が急速に高まります。

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戦略② 外部採用で即戦力を足す

急ぎで成果を求める場合は、推進役の外部調達が有効です。ただしITに強い個人ではなく、変革を運転できる役割(例:ビジネスアナリスト、プロジェクトリード、データ責任者)を明確に定義して採用します。

  • メリット:立ち上がりが速い/不足スキルをピンポイント補完できる
  • デメリット:採用競争が激しい/組織文化に合わないと定着しにくい

外部人材の価値は「要件定義と意思決定の迅速化」にあります。着任初月で、ロードマップ・役割分担・KPIを言語化し、オンボーディングに社内ミニ研修を組み込みましょう。既存メンバーのリテラシーを底上げしておくと、外部人材の生産性はさらに上がります。

<採用失敗を避けるコツ>
「成果物」で期待値を合わせる(例:就任30日で“全社DXロードマップv1”を提示、60日でPoC2件の実行計画、90日で1件は運用開始)。

戦略③ 外部パートナーと伴走して前に進める

ベンダーやコンサルの伴走支援は、立ち上げの加速とノウハウ移管を同時に狙える選択です。丸投げは禁物。移管前提の契約設計と、社内側の推進役アサインが肝心です。

  • メリット:専門知見を活かし短期間で成果を出せる/内製化の型を学べる
  • デメリット:目的が曖昧だとベンダーロックに陥る/運用定着に社内の主体が不可欠

実務では、RFPに「成果指標(例:処理時間-30%、誤入力-50%)」と「移管条件(ドキュメント類・権限・教育回数)」を明記します。月次レビューで成果を数値で確認し、運用手順書と教育コンテンツは社内保有に。これで知の外出しを防げます。

<最終ゴール>
ポイントは「自走可能な運用チームの成立」です。KPI・手順書・権限管理・監査ログが揃い、社内で改善が続く状態までを契約の完了定義にします。

3戦略の比較まとめ(要点だけ押さえる)

各戦略はトレードオフです。以下の観点で“組み合わせ”を設計しましょう。

  • 立ち上がり速度:外部採用/伴走 > 社内育成
  • 自走化の強さ:社内育成 > 外部採用 ≧ 伴走(移管設計次第)
  • コストの見えやすさ:社内育成(固定化しやすい)/伴走(契約で管理) > 外部採用(市場相場に左右)
  • 組織学習の厚み:社内育成+伴走(移管前提) > 外部採用単独

表を使わずに要点を示しましたが、判断の鍵は時間軸と自走度です。短期に成果を求めるなら外部を活用しつつ、並行して社内育成を回すハイブリッドが最も現実的です。

意思決定フレーム(すぐ使える)

最後に、初期判断の土台となるシンプルなフレームを提示します。迷ったら、この順で確認してください。

  1. 緊急度:3か月以内に成果が要るか? → Yesなら外部採用/伴走を併用
  2. 社内基盤:業務理解×推進力の候補者はいるか? → いるなら育成を即開始
  3. 予算と人件費:採用年収レンジ vs 研修/伴走費の半年比較で意思決定
  4. 自走化ゴール:移管の定義(成果・手順・権限)を契約前に言語化
  5. 評価指標:KPI(時間削減・品質・売上影響)を着手前に合意

このフレームで初期方針を固めたら、次章の成功事例で具体的な勝ち筋をイメージし、失敗回避のポイントまで押さえましょう。

成功事例:適任者不在でもDX推進を実現した企業のケース

「適任者がいない」という課題は、多くの企業が抱えています。しかし、アプローチ次第で短期間に推進役を立ち上げ、成果を出すことは可能です。ここでは3社の取り組みを紹介します。

社内育成で推進役を創出した日本航空株式会社(JAL)

2017年当時、日本航空にはDX推進の専門組織も専任者も存在せず、部門横断プロジェクトはあっても牽引する人材がいませんでした。

同社はまず全社員を対象に「JALフィロソフィ」とDX基礎教育を融合した研修を行い、希望者から選抜した社員に対してはAI・データ活用・アジャイル開発を組み合わせたOJTを実施しました。

この取り組みにより、わずか2年で社内公募から30名以上のDXプロジェクトリーダーが誕生し、部門主導のデータ分析やAI活用プロジェクトが次々と立ち上がる文化が定着しました。

出典:“新生JAL”を担う新入社員を、「真の仲間」に変えるために。

外部採用で立ち上げを加速させた旭化成株式会社

複数事業を抱える旭化成では、事業部ごとにIT投資が分散し、DXを一元管理できるリーダーが不在という課題がありました。同社は外部からチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)を採用し、就任初月に全社DXロードマップを策定。

60日以内に主要事業部でPoCを開始しました。その結果、デジタル売上比率は前年比120%に向上。さらに社内でDX人材育成プログラムを新設し、外部採用人材と既存社員が連携する体制を整備しました。

出典:ディープテックスタートアップの評価・連携の手引き

外部パートナーとの伴走で自走化に成功した株式会社良品計画(無印良品)

良品計画では、顧客データを活用したマーケティング高度化を目指していましたが、社内にデータサイエンスと業務変革の両方を担える人材がいませんでした。同社は外部コンサルティングファームのアクセンチュアと伴走体制を構築し、「1年以内の自走化」を条件に契約。

社内メンバーをPoC段階からプロジェクトに参加させました。その結果、12か月でデータ分析基盤とパーソナライズ施策を内製化し、現在は自社チームだけで継続改善を進めています。

出典:良品計画の人的資本経営とは?人材戦略や情報開示のポイントを解説!

これらの事例はいずれも、ゴール設定と社内外のリソース活用を戦略的に組み合わせた点が共通しています。特に、短期成果と中期的な育成を並行して進めたことが、定着と成果の両立につながりました。

今すぐ始められる適任者育成ロードマップ

適任者不在の企業でも、段階を踏めばDX推進役を社内で育てることは可能です。重要なのは、単発研修で終わらせず、業務テーマと連動した学びと実践のサイクルを設計することです。ここでは、明日からでも始められる3つのステップをご紹介します。

ステップ1:現状スキルの棚卸しと候補者選定

まずは、現場のキーパーソンや将来有望な人材を候補としてリストアップします。候補者の選定基準は「業務知識の深さ」と「変革への意欲」の両方です。ここで重要なのは、ITスキルの有無だけで選ばないこと。初期段階では技術知識は研修で補えますが、組織文化の理解や関係構築力は短期間で身につけにくいためです。

候補者を絞り込んだら、現在のデジタルリテラシー、データ活用力、マネジメント力を簡易アセスメントで測定し、強みと課題を可視化します。

ステップ2:研修と小規模プロジェクトでの実践

次に、育成対象者に合わせた研修プログラムを設計します。基礎的なデジタルリテラシーやDX推進の全体像を座学で学び、その直後に小規模プロジェクトで実践する流れが効果的です。

例えば、既存業務の中から改善余地の大きいプロセスを一つ選び、RPAや生成AIの導入検証を行うといったテーマです。この「学び→即実践」の流れにより、知識が記憶に定着し、成果物が社内アピール材料にもなります。

参考記事:DX社員研修の完全ガイド DX研修の費用ガイド

ステップ3:評価と継続的なスキル強化

プロジェクト終了後は、成果を定量・定性の両面から評価します。例えば、「処理時間を30%短縮」「エラー率を50%削減」といった具体的な数値と、現場からのフィードバックの両方を組み合わせると効果的です。

評価結果をもとに、次のプロジェクトや役割を付与し、継続的なスキルアップの場を提供します。DXは一度のプロジェクトで終わるものではなく、改善の連続が求められます。定期的な研修や外部カンファレンス参加などを組み込み、知識とネットワークを広げていくことが、社内の推進力を持続させる鍵です。

このロードマップを組む際には、経営層が明確にコミットし、評価制度や昇進要件にDX推進経験を組み込むことが、社内でのモチベーション維持に直結します。

まとめ:適任者不在でもDX推進は加速できる

DX推進の適任者がいない。これは多くの企業で共通する課題です。しかし、本記事で見てきたように、その原因を正しく把握し、社内育成・外部採用・外部パートナー活用の3戦略を組み合わせれば、解決の道筋は描けます。

成功事例に共通していたのは、

  • ゴールや評価基準を初期段階で明確にする
  • 短期成果と中長期的な育成を並行して行う
  • 成果を社内で共有し、文化として定着させる

という3つのポイントでした。

今の状況を変えるために必要なのは、「人がいないからできない」という思考から脱し、いま社内外のリソースをどう動かすかを決めることです。

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DX推進人材に関するよくある質問(FAQ)

Q
DX推進人材はどの部署から選ぶべきですか?
A

特定の部署に限定する必要はありません。重要なのは業務知識と変革マインドを持つこと。営業や製造現場など、現場に精通した人材からの抜擢も有効です。

Q
中小企業でも外部パートナーは必要ですか?
A

短期で成果を求める場合は有効です。ただし丸投げは避け、移管前提で契約条件と成果指標を明確にしましょう。

Q
研修だけでDX推進は可能ですか?
A

研修だけでは不十分です。研修後に小規模でも実務プロジェクトを経験させ、成果を社内に共有する仕組みを整えることが必要です。

Q
外部採用と育成、どちらを優先すべきですか?
A

緊急度とリソース状況によります。短期成果が必須なら外部採用を優先し、並行して社内育成を進めるハイブリッド型が最も効果的です。

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