医療現場の人手不足、情報の分断、紙業務の煩雑さ――
こうした課題を抜本的に変える取り組みとして、国が掲げる「医療DX」が本格的に動き出しています。
医療DX推進本部の設立をはじめ、電子カルテの標準化、マイナンバー制度の活用、診療報酬への加算制度など、国は明確なロードマップを描いています。

一方で、現場の医療機関では「何から始めるべきか」「院内でどう進めるか」が分からず、DXが“掛け声止まり”になっているケースも少なくありません。
本記事では、医療DXを推進するための国の方針と最新制度の動きを整理し、医療機関が取るべき体制づくりと実践ステップをわかりやすく解説します。
さらに、推進を加速させる人材育成・生成AI活用のポイントにも触れ、現場で“変化を続けられる組織”になるためのヒントを紹介します。

導入だけで終わらせない。成果につなげる設計を無料資料でプレゼント
AI活用を成功に導く5ステップを見る
目次

医療DX推進の全体像|国の方針とロードマップを整理する

医療DXは、単なるIT化ではなく、「全国どこでも質の高い医療を受けられる社会」を実現するための国家プロジェクトです。
2023年に設立された「医療DX推進本部」を中心に、政府全体でデータ連携・標準化・人材育成を一体的に進めています。

厚生労働省が掲げる「医療DX令和ビジョン2030」では、次の3つの柱が定められています。

  1. 医療情報の共有と活用
    全国の医療機関や薬局で診療・投薬情報を共有し、切れ目のない医療を実現する。
    電子カルテ情報の標準化・共通仕様化を通じて、地域や職種を超えた連携を推進。
  2. デジタル基盤の整備と業務効率化
    マイナンバーによる資格確認や、オンライン請求・電子処方箋の普及など、医療情報を安全に扱うための共通インフラを整備する。
  3. 医療人材とサービスの最適化
    AIやRPAを活用し、事務負担を軽減。医療従事者がより本質的な業務に専念できる環境を整える。

こうした国の取り組みを支えるために、2024年度以降は「医療DX推進体制整備加算」が診療報酬に新設され、マイナ保険証の利用率向上や標準的電子カルテ導入などの取り組みを進める医療機関に対して、段階的なインセンティブが設けられています(基準は2025年10月・2026年3月に順次引き上げ予定)。

これらの施策はすべて、「国民一人ひとりが自分の医療情報を活用できる社会」という最終目標のために設計されています。
つまり、医療DXとは、単に病院の効率化を目指すものではなく、医療提供体制全体の“再設計”でもあるのです。

関連記事:医療DXとは?|導入ステップと成功の鍵をわかりやすく解説

医療DXを進めるための“院内体制”づくり

医療DXを成功させるために最も重要なのは、「誰が旗を振り、どう推進していくか」という体制づくりです。
国の方針が整っても、現場での理解や協力が得られなければ、DXは進みません。
特に中規模以下の医療機関では、DX担当者が不在・兼任・孤立しているケースが多く、体制設計こそが「最初の壁」となっています。

経営層のリーダーシップが出発点

DX推進の第一歩は、経営層の明確な意思表明です。
医療DXはシステム導入ではなく、「経営課題を解決するための変革」。
経営層が「なぜDXを進めるのか」を明確にし、現場と共有することで、組織全体に“自分ごと化”が生まれます。

院内DX推進委員会・責任者(CDXO)の設置

近年の厚労省通知でも、医療機関におけるDX推進責任者の配置が推奨されています。
委員会形式で「経営」「情報」「診療」「事務」の各領域から代表を選び、“部門横断的な意思決定”を行う仕組みが理想です。

  • 経営層:方針と予算の確保
  • 情報担当:システム・セキュリティ設計
  • 現場代表:運用上の課題抽出と改善提案
  • 庶務・教育:研修や職員啓発の実施

このように、組織全体を巻き込む“横串体制”が整って初めて、DXが継続的に動き始めます。

現場との橋渡し役を担う“DX推進リーダー”

経営層と現場をつなぐ中核として重要なのが、DX推進リーダーの存在です。
情シス担当者や診療部門の中堅職員がこの役割を担うケースも多く、現場の課題を吸い上げ、デジタルでどう解決できるかを整理する力が求められます。
一人のスーパーマンではなく、チームとして補完し合う体制が理想です。

「データ」「セキュリティ」「人材育成」の三本柱で整える

体制設計では、特に以下の3つを同時に整えることが欠かせません。

  1. データ活用の仕組み化:紙・システム分断の可視化、共有基盤の整備
  2. セキュリティ・コンプライアンス強化:アクセス権限管理、クラウド利用基準の策定
  3. 人材育成の仕組み:継続的な教育とAIリテラシー研修の導入

中小病院では、まず「小さなデジタル化」から始め、外部の支援や研修を活用してリテラシーを底上げすることが現実的です。

医療DXを成功に導く実践ステップ|導入→運用→定着へ

医療DXを推進する際、多くの医療機関がつまずくのが「どの順序で進めるか」という点です。
DXは一度導入して終わるものではなく、「導入 → 運用 → 定着」のサイクルを回し続けることで初めて成果が生まれます。
ここでは、実践のための5つのステップを整理します。

ステップ①:現状把握|業務とデータの“今”を見える化する

最初に行うべきは、現状を正確に把握することです。
どの業務が紙ベースで、どの情報がどの部署で管理されているのか。
電子カルテ、検査システム、会計ソフトなどの分断状況を棚卸しし、「どこにボトルネックがあるか」を全体で共有します。

この段階で“業務の見える化”を行うと、システム投資の優先順位や、改善によって得られる効果(コスト削減・時間短縮)を明確にできます。

ステップ②:目的とゴールの設定|なぜDXを進めるのかを明確にする

医療DXの失敗の多くは、「導入ありき」で目的が曖昧なまま進んでしまうことにあります。
DXは“手段”ではなく“経営戦略”の一部。
経営層が「患者サービス向上」「業務効率化」「収益構造改革」など、どの目的を達成したいのかを明確にし、具体的なKPIを設定しましょう。

  • 受付時間の短縮(オンライン資格確認の普及率○%)
  • 医療情報共有の迅速化(紹介状作成のリードタイム△%削減)
  • 事務作業時間の削減(AI文書自動化ツール導入で△時間削減)

目的を明確にすることで、関係者全員の方向性が揃います。

ステップ③:小さな成功体験を積み重ねる

大規模なシステム刷新を一気に行おうとすると、現場の混乱や抵抗を招きがちです。
最初は、「小さな改善」から始めることが成功のコツです。

  • 紙の問診票をWebフォーム化
  • 会議資料をクラウド共有化
  • 受付や予約の自動化
  • RPAによる請求書チェックの自動化

これらの小さな成功は、現場職員に「DXの効果を実感させる第一歩」となります。
一人の成功体験が、周囲の行動変化を促し、院内全体のモメンタムを生みます。

ステップ④:運用フェーズ|現場の声を反映し続ける仕組みをつくる

DXの導入後に重要なのが、「使い続け、改善し続ける」運用フェーズです。
導入して満足してしまうと、ツールが形骸化し、再び旧来のやり方に戻ってしまいます。

運用期には、

  • 現場からのフィードバックを定期的に収集
  • データ分析に基づく業務改善会議の実施
  • 操作マニュアル・教育資料の更新

 など、“変化を維持するための仕組み”を整えることが大切です。

ステップ⑤:定着・改善サイクルの継続|「DX文化」を根づかせる

最後に目指すのは、DXを一過性のプロジェクトではなく文化にすることです。
医療DXは常に技術や制度が更新されるため、継続的な改善体制が不可欠です。
職員が主体的に課題を発見し、ツールを使って解決できるようになること。それこそが、“変化に強い医療機関”の証といえます。

現場でDXが定着する組織の共通点

医療DXは「導入すれば終わり」ではなく、現場に根づいて初めて成功と言えます。
しかし、導入までは順調でも「活用が続かない」「担当者だけが疲弊している」といったケースは少なくありません。
ここでは、DXが定着している医療機関に共通する“4つの特徴”を紹介します。

① トップが理念を語り、現場に“意味”を伝えている

DX推進の原動力は、経営層の“発信力”です。
単に「デジタル化を進めよう」と指示するのではなく、「なぜDXが必要なのか」「どんな医療を目指すのか」を、職員一人ひとりの言葉で理解できるように伝えることが重要です。

トップの言葉が理念として浸透すれば、現場の職員も“自分の仕事とDXの関係”を実感しやすくなります。
結果として、全員が主体的に取り組む文化が育ちます。

② 経営・現場・情報部門が“ワンチーム”で動いている

医療DXは、1部署では完結しません。
経営層、診療部門、情報システム、事務部門などが一体となって動く「協働体制」が欠かせません。
現場の課題を理解せずにシステムを導入しても、現実には使われません。
逆に、現場の声を吸い上げながら調整を進めると、利用定着率が高まりやすい傾向があります。

“経営が方針を示し、現場が知恵を出す”――この役割分担が、成功組織に共通する構造です。

③ 成果を“見える化”し、職員が手応えを感じている

DXの成果は、数字や実感として可視化することで初めて価値になります。
「受付時間が5分短縮した」「文書作成時間が半分になった」など、日常業務に直結する成果を共有することで、現場のモチベーションが上がります。

院内掲示やミーティングで定期的に成果を共有することは、
“DXが進んでいる”という手応えを生み、職員の継続的な参加意識を育てます。

④ “外部ベンダー任せ”にせず、内製・学習文化を重視している

成功している医療機関は、外部委託に頼りすぎず、自院で改善を続ける仕組みを持っています。
システムを導入しても、運用の工夫や現場の声の反映は自院で行う――
この「自走力」が、DXを文化として根づかせる最大の要素です。

特に注目されているのが、「学習する組織」としてのDX。
業務改善に関する職員勉強会や、生成AIを活用した教育プログラムなど、日常的に学びを取り入れる仕組みを持つ医療機関ほど、DXの成果が長続きしています。

医療DX推進を後押しする国・自治体の支援制度

医療DXを全国的に広げるため、国や自治体では制度面の後押しが強化されています。
単に「進めてください」と求めるだけでなく、診療報酬・補助金・加算を通じて、実行に移す医療機関を支援する仕組みが整いつつあります。

医療DX推進体制整備加算とは

2024年度から新設された「医療DX推進体制整備加算」は、国が医療機関にDXの取り組みを促すために設けた診療報酬上のインセンティブです。

算定の要件には以下のような取り組みが含まれます。

  • オンライン資格確認等システムの導入・稼働
  • 医療情報を標準規格で管理・共有できる体制の構築
  • マイナ保険証の利用促進(一定の利用率達成が条件)
  • DX推進責任者の配置と継続的な改善体制の整備

この加算は、2025年10月・2026年3月の2段階で利用率や運用体制の基準が引き上げられる予定です。
つまり、今からDX体制を整えないと、将来的に診療報酬上の不利が生じる可能性があります。

自治体による支援と地域協議会の動き

地方自治体でも、医療DXの普及を目的とした支援が進んでいます。
たとえば東京都では「医療DX推進協議会」を設置し、地域医療機関・ITベンダー・行政が連携して標準化やデータ共有を議論しています。

他の自治体でも、システム導入補助金や職員向け研修支援など、地域の実情に合わせた取り組みが始まっています。
今後は、自治体間での情報共有や成功事例の横展開が加速するでしょう。

制度を“申請するだけ”で終わらせないために

国や自治体の制度は、確かにDX推進の追い風になります。
しかし、制度に合わせて“形式的に導入”するだけでは、現場の業務は変わらず、職員の負担が増すだけになりかねません。

本質的な改革には、制度を“使いこなす”視点が不可欠です。
加算や補助金をきっかけに、「どんな価値を生むDXなのか」を院内で議論し、その目的を明確にして進めることが、長期的な成果につながります。

まとめ|医療DX推進の鍵は「人」と「文化」

医療DXは、システム導入やツール活用のことではありません。それは、医療を支える「人」と「組織」のあり方を変える取り組みです。
どれほど先進的なシステムを導入しても、現場が使いこなせなければ真の変革は起きません。

DXを推進するためには、経営層のリーダーシップ、現場の主体的な参加、そして職員が学び続ける環境が欠かせません。
国の方針や制度を活かしながら、組織全体で“変化を続ける力”を育てること――
それこそが、これからの医療機関に求められるDXの形です。

AIやデジタルは、現場を置き換えるものではなく、支えるもの。
「人がテクノロジーを活かし、よりよい医療を届ける」――
そんな未来をつくるために、まずは学びの一歩から始めてみませんか。

法人企業向けサービス紹介資料
AI導入の“成功パターン”を知りたい方へ
17社の成功事例を無料で読む

医療DX推進でよくある質問(FAQ)

Q
医療DXを進めるうえで、まず何から始めればよいですか?
A

まずは「現状の業務とシステムの棚卸し」から始めましょう。
紙運用やExcel管理など、アナログな業務を整理し、どこに課題があるのかを可視化することが出発点です。
同時に、経営層がDXの目的を明確にし、全職員に共有することで、院内全体が同じ方向に進める体制をつくれます。

Q
医療DX推進体制整備加算とは何ですか?
A

医療DX推進体制整備加算は、国が医療機関にDXの取り組みを促すために設けた診療報酬上の加算です。
オンライン資格確認の導入や、マイナ保険証の利用促進、DX責任者の配置などが要件となっています。
2025年10月・2026年3月に段階的に基準が引き上げられるため、
早めの体制整備が今後の経営に直結します。

Q
DX人材を院内で育てるには、どのような方法がありますか?
A

DX人材は、一朝一夕では育ちません。
職員が日常的に学び、実践する「教育の仕組み」を整えることが重要です。
たとえば、生成AIを活用した業務効率化の研修や、各部門での業務改善発表会など、学びを文化として定着させることがポイントです。

Q
生成AIを医療現場で安全に活用するための注意点は?
A

生成AIを医療現場で活用する際は、個人情報や診療データを入力しないことが基本です。
院内ルールやガイドラインを策定し、利用者ごとのアクセス範囲を明確にしておくことが大切です。
また、AIの出力内容は必ず人が確認し、最終判断は医療従事者が行うことを徹底しましょう。

Q
小規模なクリニックでも医療DXは進められますか?
A

はい、可能です。
クラウド型電子カルテやオンライン資格確認の導入など、小規模医療機関でも始められるDX施策は多くあります。
重要なのは、身の丈に合ったスモールスタートを設計し、職員全員が使いこなせる体制を整えることです。小さな成功を積み重ねることで、自然とDXが定着していきます。