行政DXは、国や自治体の垣根を越えて社会全体で進められている国家プロジェクトです。
しかし現場では、「システムを導入したのに成果が出ない」「職員の負担ばかり増えた」といった声が少なくありません。
多くの自治体が“DXを始めること”には成功しても、“続けること”に苦戦しているのが現実です。
では、なぜ行政DXは止まりやすいのでしょうか。
原因は、制度・組織・人材の3つの壁が複雑に絡み合っているからです。
法制度やシステムの構造的制約、組織文化の縦割り、そして人材育成の遅れ――。
この3つが重なることで、DXの推進は途中で失速し、成果が見えにくくなります。
本記事では、行政DXの推進を阻む課題を「構造的な壁」として整理し、 制度・文化・人材という3つの層に分けて解説します。
さらに、課題を乗り越えるための実践ステップと、成功している自治体の共通点を紹介します。
行政DXを「止まる改革」から「続く改革」へ。
その第一歩は、“人を中心に据えたDX”への理解から始まります。
 行政DXの全体像や政策動向を知りたい方はこちら。
行政DXとは?国の方針・導入状況・課題をわかりやすく解説
行政DXが直面する3つの壁とは
行政DXが進まない原因は、単一の問題ではありません。
「制度」「組織」「人材」という3つの層で壁が存在し、それぞれが相互に影響し合っています。
システムを整えても文化が変わらず、文化が変わっても人が育たない――。
この“多層構造の課題”を理解しなければ、DXは定着しません。
ここでは、行政DXを阻む3つの壁を順に見ていきましょう。
① 制度・仕組みの壁:法制度・システムの縦割り
行政DXの最も外側にあるのが「制度と仕組みの壁」です。
システム間の連携が難しく、法制度やガイドラインが柔軟な運用を妨げるケースが多く見られます。
- システム標準化・共通化の遅れ
 各自治体が独自システムを保有しており、データ形式もバラバラ。ガバメントクラウドへの移行が遅れるほど、統合コストが膨らみます。
- 法令・ガイドラインによる手続き制約
 電子申請やAI活用を阻む「紙前提の制度設計」が根強く残っています。
- ベンダーロックインによる運用硬直化
 特定業者の仕様に依存し、更新や改善に自由度がない状態がDXを停滞させています。
対策:ガバメントクラウド・API連携による構造改革
 共通基盤の整備とAPI連携による情報共有が、制度的な壁を打破する第一歩です。
同時に、標準化を進めるだけでなく、「データを行政資産として再設計する発想」が求められます。
② 組織・文化の壁:縦割り構造と前例主義
制度の次に立ちはだかるのが、組織の“内なる壁”です。
多くの自治体で、DXは「情報政策課の仕事」と捉えられ、現場との連携が生まれません。
- DXが「IT部門の仕事」に閉じる構造
 現場の意見が反映されず、“使われないシステム”が生まれる典型。
- 現場と経営層の温度差
 トップは「DX推進」を掲げても、現場は“何が変わるのか”を理解していない。
- 失敗を恐れる文化
 「ミスが許されない行政」の特性が、挑戦の芽を摘んでしまう。
対策:横断型DX推進チームと現場参加型PoC設計
 縦割り構造を打破するには、部署横断のDX推進チームを立ち上げることが不可欠です。
特に小規模実証(PoC)を現場参加で行うことで、成功体験が共有され、「やらされるDX」から「自分たちのDX」へと意識が変わります。
③ 人材・スキルの壁:AI・データを使いこなせない現場
最も根深く、かつ長期的な課題が「人材・スキルの壁」です。
制度も仕組みも整っていても、“使いこなせる人がいない”状態ではDXは動きません。
- デジタル人材の絶対数不足
 情報政策部門だけでなく、各課にデータを扱える人材が不足しています。
- 管理職と現場職員のリテラシー格差
 理解度の差が意思決定を鈍らせ、「現場がついてこない」構図を生み出しています。
- “導入しても定着しない”教育不足
 システム操作研修で終わり、活用を伴うスキル育成が進んでいません。
対策:階層別AIリテラシー研修と伴走支援体制
 階層ごと(管理職・中堅・現場)にAI活用力を育てる教育設計が鍵です。
また、研修を単発で終わらせず、外部の専門家による伴走支援を組み込むことで、 “使えるDX”が現場に根づいていきます。
行政DXが進まない本質的な原因
行政DXが進まない最大の理由は、制度や予算ではありません。
真の原因は、「DXをどう理解し、どう運用しているか」という構造的な誤解と仕組みの欠如にあります。
多くの自治体では、デジタルツールの導入そのものが目的化し、 「何のために変えるのか」「どう活かすのか」という視点が抜け落ちているのが実情です。
ここでは、行政DXを止めてしまう“本質的な3つの構造的原因”を見ていきましょう。
① 「ツール導入=DX」と誤解している
DXを「システムを入れること」「紙を電子化すること」と捉えてしまうケースは少なくありません。
実際には、DXの目的は業務のデジタル化ではなく、“住民価値の再設計”にあります。
しかし現場では、以下のような課題が起きています。
- ツール導入がゴールになり、業務フローの見直し(BPR)が置き去りになる
- 成果を測る指標(KPI)が曖昧で、「何が改善されたのか」が見えない
- 導入後の改善・更新プロセスがなく、“形骸化したDX”に陥る
解決策:業務BPR×AI支援の成果指標化
 業務フローを見直す段階からAIを活用し、 どの業務がどれだけ効率化されたか、どの住民サービスが改善したかを数値化する仕組みをつくることが重要です。
「デジタル化の成果を測るKPI設計」こそが、持続的DXの第一歩になります。
② “推進リーダー”不在で現場が疲弊
行政DXでは、担当者の異動や任期満了によりプロジェクトが中断するケースが多発しています。
仕組みではなく「個人の努力」に依存する形で進むため、 人が変わるたびにリセットされ、現場の疲弊を招きます。
- 推進担当が替わるたびに、方針がリセットされる
- 専任リーダーが育たず、ベンダー任せの状態に陥る
- “外部依存→停滞→信頼低下”という悪循環が生まれる
解決策:庁内横断型リーダー育成+伴走支援モデル
 行政DXを継続的に動かすには、リーダーを個人ではなく組織として育てる仕組みが必要です。
- 各部門から選抜されたメンバーで構成する「DX推進チーム」
- 外部専門家が伴走し、現場の課題解決と同時に“内製ノウハウ”を残す設計
- 成果を庁内に共有し、横展開する「学習型の仕組み」
これにより、「リーダーが抜けても止まらないDX」が実現します。
③ データが活かされず、意思決定に反映されない
行政DXの成果を最も左右するのが「データ活用の仕組み」です。
ところが多くの自治体では、データが部署ごとに分断され、 活用どころか、どの情報を持っているのかすら把握できていないケースがあります。
- 担当部署ごとにデータが独立し、連携が取れない
- データの品質や更新頻度にばらつきがある
- 利活用ルールや標準化が追いつかず、意思決定の材料にならない
解決策:データ可視化×政策KPI化で“測れるDX”へ
 データを単なる記録ではなく、政策判断の「共通言語」として扱うことが必要です。
そのために、
- 部署横断で共有できるデータ基盤を整備し、
- 政策効果をKPIとして定量的に評価する仕組みを導入する。
AIを活用して、住民満足度や業務効率の変化をリアルタイムで可視化することができれば、
“データに基づく行政経営”が初めて実現します。
 これら3つの原因は、表面的には「リソース不足」や「制度問題」に見えますが、
本質は“目的・リーダー・データ”という経営構造の欠如にあります。
行政DXの成功とは、ツールを入れることではなく、 「人と仕組みを両輪で進化させること」に他なりません。
国・自治体の取り組みと制度的支援の現状
行政DXは、国の強力なリーダーシップのもとで進められています。
「デジタル社会の実現」を掲げる政府方針の中で、総務省とデジタル庁がそれぞれ異なる角度からDXを支援しています。
しかし、多くの自治体では制度が“ある”にもかかわらず、活かしきれない現実が存在します。
ここでは、制度の概要と、実際の運用上の課題をセットで整理します。
総務省「自治体DX推進計画」:2025年度に向けた標準化ロードマップ
総務省は、自治体間のシステム格差をなくすために「自治体DX推進計画」を策定しています。
その中心施策が、基幹業務システムの標準化・共通化です。
- 対象業務:住民記録、税務、福祉など21分野
- 目標:2025年度までに全国自治体の標準準拠率を100%に
- 支援策:地方交付税措置・ガバメントクラウド導入支援
一見、順調に見えるこの施策ですが、現場では次のような課題が残ります。
- 標準仕様の整備に追われ、自庁業務の見直し(BPR)が後回しになっている
- ベンダー主導のまま導入が進み、庁内にノウハウが蓄積されない
- 政令市・中核市と中小自治体で、進捗格差が拡大
活かし方のポイント:
 制度の目的は「標準化」ではなく、「行政サービスの品質平準化」。
単に仕様を合わせるだけでなく、データ連携による業務の再設計まで踏み込むことが必要です。
デジタル庁「重点計画」:行政手続のオンライン化とマイナンバー利活用
デジタル庁は、国全体のDXを推進する司令塔として「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を策定。
行政DXに関しては、次の3つを柱としています。
- 行政手続のオンライン化
 → 2025年度までに主要手続の100%オンライン化を目指す。
- マイナンバーの利活用拡大
 → マイナポータル連携により、複数手続を一括完結できる環境整備。
- データ利活用基盤の整備
 → 政府共通プラットフォーム(Gov-Cloud)で自治体間データを統合。
ただし、オンライン化率やマイナンバー連携の実装度には自治体間で大きなばらつきがあります。
- 「電子申請は可能だが、職員側が紙に出力して処理」しているケース
- システムは整備されても、住民側の利用率が低い
- マイナンバー制度に関する理解・信頼が十分でない
活かし方のポイント:
 “手続をオンライン化する”ことが目的ではなく、「来庁しなくても完結する体験」を設計すること。
システム導入後に“運用設計と職員教育”を同時に進めることで、制度の真価が発揮されます。
国の補助金・交付金制度と自治体の実際の活用率
行政DXの財源面を支えるのが、総務省やデジタル庁による交付金・補助金制度です。
主な支援メニューとして、
- デジタル実装支援事業
- 地方交付税措置(クラウド導入・標準化対応)
- スマート自治体推進補助金
などが用意されています。
しかし、活用率には自治体規模による大きな差があります。
中小自治体では申請要件や事務負担がネックとなり、制度を「知っていても使えない」状況が発生しています。
現場でよくある声
「申請書類が煩雑で、人手が足りずに断念した」
「補助金ありきでシステムを導入したが、運用が追いつかなかった」
活かし方のポイント:
- 交付金を「導入費用」ではなく「運用改善費」として戦略的に使う
- PoC(小規模実証)フェーズに組み込み、“失敗できる予算設計”を行う
- 外部支援を受けながら、庁内ノウハウを残す視点を持つ
制度の目的は“形式整備”ではなく、“使える仕組み化”。
DXの成功を分けるのは、制度そのものではなく「制度を活かす人材」です。
課題を乗り越えるための5ステップ実践ロードマップ
行政DXを持続的に進めるには、「導入」よりも「定着」と「再発防止」が鍵になります。
多くの自治体でDXが止まってしまうのは、仕組みの整備で終わり、人の運用に続かないからです。
ここでは、AI経営メディアが提唱する「課題を乗り越える5ステップ」を紹介します。
どの自治体にも共通する再現可能なプロセスとして、“現場が自走できるDX”を目指します。
STEP1:業務を棚卸しして課題を数値化
DXの第一歩は「デジタル化する業務を見極めること」です。
漠然と「業務を減らしたい」ではなく、現状を定量化して見える化する必要があります。
- 業務ごとの処理件数、平均対応時間、紙利用率を可視化
- 「職員の負担が大きい業務」「住民満足に直結する業務」を抽出
- ExcelやPower BIなど、簡易ツールでも棚卸し可能
ポイント:
定量データをもとにDX化の優先順位を設定することで、 “やるべき改革”と“やめるべき改革”の線引きが明確になります。
STEP2:目的を全庁で共有し、KPIを設定
DXの目的が共有されていないと、導入後に「現場がついてこない」問題が必ず起こります。
単に“業務効率化”を掲げるだけでなく、何を変え、誰にどう還元するのかを明確にすることが重要です。
- 目的を「業務効率」「住民満足」「職員負担軽減」など複数軸で設定
- 部署ごとに異なる課題を統合する「全庁共通KPI」を設計
- 進捗や成果を“数値で追える”可視化ダッシュボードを整備
 “デジタル化のためのDX”ではなく、“目的を達成するためのDX”にシフトする。
KPIは導入後の改善判断にも活用でき、形骸化を防ぐ指標になります。
STEP3:PoC(小規模実証)で失敗から学ぶ文化をつくる
行政DXで最も欠けているのが、「試して学ぶ」文化です。
制度の縛りや責任意識の強さから、“失敗しないこと”が目的化している現場も多い。
しかし、DXは小さな失敗を繰り返すことで成熟していくプロセスです。
- 全庁導入前にPoC(Proof of Concept:小規模実証)を実施
- 住民や職員からのフィードバックを数値化して改善
- 「試してもいい場」を組織として確保する
ポイント:
PoCは“成果を出すための場”ではなく、“失敗できる学習の場”。
小さな実証を通じて現場が慣れ、挑戦が文化化します。
STEP4:AI・データを活用して現場判断を支援
行政DXの成熟フェーズでは、AIとデータを使った意思決定支援が重要になります。
これは「業務を減らす」ではなく、「判断の質を上げる」ためのステップです。
- AI-OCRやチャットボットによる職員支援
- 住民ニーズを分析するデータダッシュボード
- AIによる“政策効果予測”や“施策提案支援”
ポイント:
AIは人を置き換えるためではなく、“人の判断を支えるパートナー”。
職員がAIを使いこなすことで、行政は「量から質」への転換を実現できます。
STEP5:教育・伴走型研修で“使いこなせる職員”を育てる
DXの成果は、最終的に「人が使えるかどうか」で決まります。
システムを導入しても、職員が自ら使いこなせなければ意味がありません。
- 階層別AIリテラシー研修(管理職/現場/若手で設計を分ける)
- 実践型ワークショップで「日常業務×AI活用」を体験
- 外部伴走者が運用フェーズまで支援する体制
ポイント:
DXの定着には、「教育」と「文化」の両輪が欠かせません。
研修を単発で終わらせず、継続的に学び・改善する仕組みとして制度化しましょう。
まとめ|行政DXの課題は「仕組み」ではなく「人」で解ける
行政DXを止めているのは、制度の不備や予算不足ではありません。
本当の課題は、「仕組みを活かせる人が育っていないこと」にあります。
国の制度やシステムは整いつつありますが、 それを動かすのは、現場で判断し、改善し続ける職員一人ひとりです。
つまり、DXの本質は「デジタル化」ではなく、“人の力をどう引き出すか”にあります。
成功している行政に共通しているのは、 「データ × AI × 人材育成」の三位一体で変革を進めている点です。
- データで課題を可視化し、
- AIで業務を支援し、
- 人材育成で組織の学習力を高める。
このサイクルが回り始めた自治体ほど、DXの成果が継続的に積み上がっています。
DXのゴールは「効率化」ではありません。
目指すべきは、住民満足と職員幸福を両立させる“信頼の再構築”です。
テクノロジーを活かし、人が成長する組織をつくること。 それこそが、行政DXの最も確かな成功モデルです。
 行政DXの政策方針や進捗状況をさらに詳しく知りたい方はこちら。
行政DXとは?国の方針・導入状況・課題をわかりやすく解説
- Q行政DXが進まない一番の理由は何ですか?
- A最大の要因は「制度」ではなく「人材と文化」です。 
 国の方針や補助金制度は整っていますが、現場ではDXを運用できる人材の不足や、 縦割り・前例主義といった組織文化が障壁になっています。
 ツール導入よりも、人材育成と業務設計の見直しが鍵となります。
- Q行政DXにおける「制度の壁」とは具体的にどんなものですか?
- A主な壁は、法制度やシステムの縦割り構造です。 
 各自治体が独自システムを導入しており、標準化・共通化が進みにくいのが現状です。
 また、法令やガイドラインの“紙前提設計”が、オンライン手続きの障害にもなっています。
- Q行政DXを止めてしまう「文化の壁」にはどんなものがありますか?
- A前例主義・失敗を恐れる風土・「DXは情報政策課の仕事」という固定観念が典型です。 
 これにより、現場職員が当事者意識を持ちにくくなります。
 解決には、横断型チームの設置と小規模実証(PoC)文化の導入が有効です。
- Q行政DXの「人材不足」はどうすれば解決できますか?
- A単にデジタル人材を採用するのではなく、 既存職員のAIリテラシーを高め、現場の誰もがデータを扱える環境をつくることが重要です。 
 階層別のAIリテラシー研修や、外部専門家による伴走支援を組み合わせることで、 “使いこなせるDX人材”が庁内に育ちます。
 
- Q行政DXの制度支援はどのように活用すればよいですか?
- A総務省・デジタル庁の交付金・補助金を「導入費」ではなく“運用改善費”として戦略的に使うのがポイントです。 
 PoC(小規模実証)や研修費として組み込むことで、 “失敗できるDX予算”を確保し、ノウハウが庁内に残ります。

 
			 		 