「AIで会社を、経営を変えよう」。そう叫んでも、現実はそう簡単には進まない。カギになるのは「人」。AIを導入し、AIを活用するのも、やはり「人」です。
では、その「人」をどう動かせばいいのか?AI導入の最前線に立つ“AIの伝道師”が語る、「人を、会社を動かす知恵」とは。 今回、登場していただくのは、生成AI導入支援×業務改善アドバイザーの灰藤健吾さん。さまざまな導入事例を紹介していただくとともに、AIと人間との理想的な関係性について、話を聞いてみました。

企業内の経理責任者として6年間従事した後、生成AIを通じた業務効率化や利益創出をサポートするアドバイザリー業務を開始。数字を根拠とした業務改善・仕組み化を得意とし、生成AIを駆使して,安価で柔軟な開発支援も提供。ChatGPTを活用した企業研修やセミナーではこれまでのべ8,000名以上の参加者を動員。専門知識を持たない現場や管理層にもわかりやすく、具体的なAI活用のメリットが理解できると高い評価を得ている。
「IT出身じゃない」が強み!経理出身の異色アドバイザー

生成AI導入支援×業務改善アドバイザーという肩書を名乗ると、「IT企業で働いていたんですか?」と聞かれることがあります。そのたびに、「いえ、違うんです。新卒で入社したのは岡山県のインテリア商社でしたし、その後の転職先では経理の仕事に就いていました」と説明しているんですが、この「IT出身ではない」という経歴は私にとって、ある意味で個性であり、強みでもあると思っています。
インテリア商社では、私が入社した年がちょうどEコマースの取り組みを始めたこともあり、ネット部門の営業職に配属されました。自社が販売する全アイテムのデータを入力して、在庫状況をリアルタイムで記録する仕事です。
在庫状況というのは、物流部が仕事を終えた定時以降でないと把握できないため、連日1~2時間ほど残業をしての地道な作業でした。「この仕事、AIがあれば自動化できるんじゃないかなぁ」と、モヤモヤしながら作業していたのをよく覚えています。当時、AIの技術水準は、実際の業務に使えるほどのレベルではありませんでした。
転職先の企業で経理職についたときも、まだAI技術は職場に導入されていませんでした。それでも、独学で身につけた簿記やEXCELなどのスキルを駆使して業務改善や仕組み化に取り組みました。今思えば、ずいぶん泥くさい作業だったと思いますが、粗利率28%を40%に改善するなど、それなりの成果を挙げることができました。
こうした苦労を経験してきたからこそ、「生成AIの技術を使って業務改善したい」というクライアントの気持ちに寄り添い、一緒に改善策を考えていくノウハウが身についたのだと思っているのです。

「小さく始めて大きく育てる」がAI導入の成功のカギ
「生成AIを導入したい」という動機は、企業によってさまざまですが、「なんとなく時代に取り残されそうだから」という漠然とした動機よりも、「この業務を効率化、自動化したい」と具体的な目的があるケースのほうがスムーズに導入できることが多いと感じています。
ですから、全社的に一斉に導入を進めるのではなく、AIを活かしやすい部署から始めて、「業務をこれだけ改善できた」という成功実績を挙げ、そのユースケースを他の部署に応用しながら進めていくのが理想的です。
最初は3~5人、最大10人くらいの小規模チームを作り、3カ月から半年くらいの期間で集中的に取り組むと成果を得やすくなります。「小さく始めて大きく育てる」が成功のカギです。
では、具体的に導入事例を紹介しましょう。私のクライアントには、士業を営んでいる方も多いんです。例えば、弁護士の方の場合、意外に思われるかもしれませんが、FAXを中心としたアナログ文化が根強くあります。
弁護士同士で交渉や通知をするときはもちろん、裁判所や検察庁に提出する書類もFAX送信が基本で、画像付きの文書をメールで送ったとしても、同じ文面をFAXで送り直したりすることもあるそうです。
確かにFAXには、「送信した日時や差し出し人を自動的に記録に残せる」、「メールのようにウィルス感染のリスクがない」、「送信後に改ざんされる余地がない」などの利点がありますが、記録を「紙」で残すのは物理的に場所をとりますし、データ管理が煩雑になります。
「とはいえ、FAXの文書をいちいちワープロで書き起こすには膨大な手間がかかってしまう」という相談を受けて、AI-OCRの技術を使ってデジタル化する方法を提案しました。
AI-OCRとは、OCR(光学文字認識)にAI(人工知能)を組み合わせた技術のことで、これまで認識が難しかった手書き文字や複雑なレイアウトの文書も読み取ることができるのです。
読みとった文書は、Googleスプレットシートに自動で転記してデジタル化し、返信文章の自動作成など、その後の処理まで自動化することができるようになりました。
アナログの魅力をデジタルで活かす老舗旅館の温もり×AI活用
もうひとつ、AI-OCRを導入した別の事例を紹介しましょう。こちらは、岡山県の老舗旅館を営む経営者からの「AIを使って業務を効率化したい」という相談です。
その旅館の主な利用者は、50代から60代のシニア層ということで、和室の静かな佇まいが喜ばれているとのこと。その証拠に、お部屋に置いてある宿泊の感想アンケートには、かなりの確率で回答が返ってくるそうで、月に150通から200通にもなるとのことでした。
ただ、これをEXCELなどのデータに打ち直す作業が1通につき5分もかかり、なんとか省力化したいと相談されたのです。
このケースでも、AI-OCRを導入すれば、デジタル化は容易に実践できます。あるいは、アンケート自体を手書きではなく、QRコードで誘導してスマートフォンから記入してもらうシステムに変更すれば、さらに手間をはぶくことができます。
でも、お客様のアンケートを見せていただいたとき、私はQRコードの選択肢はないなと判断しました。お客様の手書きのアンケートには、実に味わいのある「声」がしたためられているように感じられたからです。旅館の魅力や受けたサービスに対する感謝の気持ちなどが、文字の行間ににじみ出ていました。
そこで、単にデジタル化するだけでなく、アンケートを書くというお客様の体験はそのままに、手書きのアンケートをAI-OCRによる画像処理で省力化することを提案いたしました。このようにデジタル化は、アナログのよさを残すために用いるのも有効なのではないかと私は思うのです。

記憶に残る接客は、AIにできるのか?「日常に寄り添うAI」の可能性
以前、地方のコンビニを利用して、ちょっとした感動を味わったことがあります。会計しようとした品のなかにはコーヒーがあったんですが、その店の店員さんは、会計をしている間にコーヒーを入れて渡してくれたんです。
マニュアル的には、空の紙コップを渡すだけで誰にも文句は言われないはずのところ、ちょっとした気遣いで私の手間をはぶいてくれたんですね。
セルフレジでの会計は便利で、さっと買いたいときは利用しますが、セルフレジで買い物をしたコンビニは印象に残らないし「この店にまた行きたい」と思うことはありません。けれどもこのコンビニの定員さんの接客は私に「この店に行きたい」と思わせてくれました。
技術というのは進化の過程で自動化され、便利で低価格で提供できるものになると同時に人の気遣いやぬくもりのようなものが入る余地を失っていく傾向があると思います。その一方で、人による接客は付加価値としてこれからも残り続けていくのではないでしょうか。企業としても、どのような形で付加価値を生み出していくのかを見極めることが重要になってきます。生成AIの導入は、そんなところにも生かされていくはずです。
介護現場の人手不足を補うAI技術の期待と可能性
ところで私は最近、介護・福祉業界のセミナーで生成AIのレクチャーをする機会が多くあります。
この業界は、人手不足や離職率の高さという慢性的な課題を抱えていて、「これを生成AI技術で克服できないか」という関心が高く、参加した方々は皆、熱意を持って話を聞いてくれます。
中でも「利用者に提供したサービスに対する報告業務が煩雑で、これを自動化したい」という声をよく聞きます。確かに申請の手間を省力化できれば、スタッフの方々は「利用者へのサービス」という本来の仕事に時間を割くことができるようになります。
その一方で、「AIを搭載した介護ロボットの開発」という方向からも、人手不足の解消の取り組みは模索されています。
「介護のような人的サービスをロボットにまかせていいのか?」と首をかしげる人もいるかもしれませんが、私は「ロボットだからいい」という利用者もいるのではないかと思っています。
というのも、人が相手だと気兼ねして聞いたり、頼んだりできないようなことも、AIが相手なら抵抗感なく聞いたり頼んだりすることができます。長時間、話しかけても嫌な顔ひとつせず、付き合ってくれるはず──そんな風に想像できます。AIと人間との関係性は、技術の進化とともに今後、目まぐるしく変わっていくでしょう。その変化につねに注目していきたいと思っています。