「『医療DXを進めたい』と思っていても、現場ではなかなか動かない」
電子カルテや予約システムを導入したのに、業務効率はほとんど変わらない。そんな悩みを抱える中小クリニックは少なくありません。
国が推進する「医療DX」政策は進んでいる一方で、現場では見えない壁が立ちはだかっています。導入コスト、データ連携、人材不足、そして職員の意識の差。本来、医療を支えるためのDXが、逆に負担となっているケースもあるのです。
本記事では、「医療DXがなぜ進まないのか」その本質的な理由を整理し、現場から動かすための実践的なアプローチを解説します。
読み終えるころには、自院のどこから改革を始めるべきかが明確になります。
医療DXの基礎から学びたい方はこちらもおすすめです。
医療DXとは?|導入ステップと成功の鍵をわかりやすく解説
医療DXが進まない背景──政策と現場のギャップ
国は「医療DXの実現」を掲げ、電子カルテの標準化やデータ連携基盤の整備などを進めています。しかし、現場の実情を見ると、その理想と現実の間には大きな溝があります。制度や補助金の情報は複雑で、特に地方や中小クリニックでは、「どこから手を付ければいいのか分からない」という状況が生まれています。
政策が進んでも現場が追いつけない。この構造こそが、医療DX停滞の根本的な原因の一つです。ここからは、なぜこのギャップが埋まらないのかを掘り下げていきましょう。
国の方針は整っているが、現場に浸透していない
「医療DX推進本部」や「令和ビジョン2030」によって、国は明確な方向性を示しています。電子カルテ情報の共有化、マイナンバーカードとの連携、地域医療データの活用──いずれも医療の効率化に資する施策です。
しかし、これらの施策を自院の経営課題と結びつけて理解できている医療機関は多くありません。国の資料やガイドラインは専門的で、医療従事者が自ら読み解くにはハードルが高いのが現実です。その結果、「何となくDXは必要だと分かっているが、具体的にどう活かせばいいのか分からない」という状況が続いています。
中小医療機関ではリソース不足が深刻
都市部の大規模病院ではDX推進担当部署を設けている例もありますが、中小規模のクリニックではそうはいきません。人材も時間も限られる中で、通常業務をこなしながらDXを進めるのは現実的ではないという声が多く聞かれます。
特に「ITリテラシーにばらつきがある」「電子カルテと他システムが連携できない」といった問題が重なると、導入の負担は想像以上です。下の表は、医療DXを進める上で中小医療機関が直面しやすい主な課題を整理したものです。
| 課題領域 | 内容 | 主な影響 |
| 人材 | IT知識・DX経験者の不足 | 導入・運用が属人的になり定着しない |
| コスト | システム導入費・運用費の負担 | ROIが見えず意思決定が遅れる |
| 時間 | 業務と並行したDX対応の難しさ | 現場が疲弊し定着率が下がる |
| 技術 | システム間の連携・互換性不足 | データ活用が限定的になる |
こうした制約の中でDXを進めるには、「何を外部に頼り、何を内部で育てるか」という戦略が欠かせません。ここで重要なのが、人を起点に現場を動かすDX推進体制の整備です。次章では、医療DXを阻む要因をより具体的に見ながら、現場で何が起きているのかを明らかにします。
関連記事:医療DXのデメリット7選|導入で失敗しないための対策と成功へのステップ
医療DXが進まない5つの要因──現場で起きている本当の問題
国の支援や制度が整備されつつある中でも、現場ではDXが思うように進みません。その理由は一つではなく、技術・コスト・人材・文化といった複数の要素が複雑に絡み合っているためです。ここでは、医療現場が直面している代表的な5つの課題を整理します。
システム間のデータ連携が難しい
医療機関では電子カルテ、予約システム、検査機器、会計システムなどがそれぞれ独立して運用されています。本来はこれらの情報を統合し、診療や経営判断に活かすことがDXの目的ですが、異なるメーカー間でのデータ仕様の違いが壁になります。
そのため、「入力はデジタル化されたが、情報活用はできていない」という中途半端な状態に陥るケースが多いのです。国が進める標準化が整うまでには時間がかかり、現場では当面の運用を工夫しながら凌ぐしかありません。
導入コストが高くROIが見えにくい
DX化の初期費用やシステム更新費は決して小さくありません。さらに、導入後の運用コストや人材教育費も発生します。こうした中で、投資に対してどの程度の効果があるのか(ROI:投資利益率)が不透明だと、経営者は踏み切れません。
特に中小規模のクリニックでは、ROIの可視化が不十分なまま導入を進めてしまい、結果的に「費用対効果が分からない」と感じるケースが少なくありません。DX推進には、単なるコスト削減ではなく長期的な経営基盤の強化という視点が必要です。
職員のITリテラシー格差と運用負担
DXを導入しても、現場の職員が使いこなせなければ意味がありません。新システムの操作に不安を感じる職員がいると、紙や手入力への逆戻りが発生し、業務の二重化を招きます。
さらに、DX担当者が特定の職員に集中すると、業務の属人化が進み、組織としての成長が止まります。こうした課題を解消するには、全スタッフがDXの目的を理解し、共通の基準で運用できる教育体制が欠かせません。
現場が変わるDX人材育成プログラムはこちら
SHIFT AI for Biz|医療機関向けDX研修
ベンダーロックイン問題と自由度の低さ
一度導入したシステムを変更・拡張しようとすると、既存ベンダーの仕様制約が足かせになることがあります。連携の難しさやカスタマイズ制限によって、業務の最適化が進まないまま「今のシステムに合わせるしかない」状況が続くのです。
これは、DXを選択肢を広げる取り組みではなくベンダーに縛られる仕組みに変えてしまうリスクがあります。導入時から複数社の比較検討や将来の拡張性を意識することが重要です。
セキュリティ・法規制への不安
医療情報は極めてセンシティブであり、「クラウドにデータを置いても安全なのか」「個人情報保護法に抵触しないか」といった懸念が根強くあります。こうした不安から、クラウド化を避け、結果的に業務効率が上がらないケースも少なくありません。
実際には、国内クラウド事業者やガイドライン対応ソリューションの安全性は高まっており、正しい理解と運用ルールの整備が進展の鍵となります。
これらの5つの課題は、どれか一つだけを解決すればよいものではありません。DXの本質はシステム導入ではなく、人と業務を変えることにあります。次章では、停滞を打破するための「現場を動かすアプローチ」に焦点を当てます。
医療DX推進のカギ──「人」と「運用」が動けばDXは進む
多くの医療機関がDX導入の初期段階でつまずくのは、システムの選定やコストではなく、「人と運用」の部分が変わらないことにあります。テクノロジーだけでは業務は自動的に変わりません。現場の理解、職員の意識、そして運用ルールの定着。この3つがそろって初めてDXは本当の成果を生みます。ここでは、現場を動かすために欠かせない二つの視点を解説します。
DX成功の前提は「現場が理解し、動くこと」
医療DXの導入は、経営層の決断だけでは進みません。現場の職員が「なぜこの仕組みを導入するのか」「どんなメリットがあるのか」を理解していなければ、日常業務の中で定着しません。やらされているDXではなく、自分たちが使いこなすDXに変えることが必要です。
そのためには、導入前の説明会やトライアル運用の時間を確保し、職員が意見を出せる環境をつくることが大切です。小さな成功体験を積み重ねることで、徐々に現場の協力意識が高まります。
職員研修でマインドセットを変える
どれだけ優れたシステムを導入しても、使う人の意識が旧来のままではDXは根づきません。特に、業務経験が長いベテランスタッフほど「今まで通りが安全」と感じやすく、変化への抵抗が強くなります。
ここで重要なのが、「なぜDXが必要なのか」を自分の業務に結びつけて理解する研修です。単なる操作説明ではなく、DXの目的や成果事例を通じて意識を変える教育を行うことで、組織全体が同じ方向を向けるようになります。結果として、システム運用ルールが統一され、ミスの減少や業務効率化にもつながります。
DXを「システム導入」から「組織の文化づくり」に変える視点を持つこと。これこそが医療DX推進における最大の転換点です。次章では、現場で今日から実践できる3つのステップを紹介します。
今日から始める医療DX──現場で動かすための3ステップ
医療DXを成功させるには、壮大な計画よりも現場で実行できる一歩を着実に積み重ねることが重要です。いきなり大規模なシステム導入を目指すと、混乱や反発が起きやすくなります。まずは業務を見直し、小さく始め、効果を実感しながら広げていく。ここでは、どのクリニックでもすぐに取り組める3つのステップを紹介します。
ステップ① 現状業務の棚卸と優先度付け
DXの第一歩は、システム導入ではなく「自院の業務を見える化すること」です。診療、受付、会計、在庫管理など、日々の業務の中でどこにアナログ作業やムダがあるかを洗い出すことから始めます。
この段階でのポイントは以下の通りです。
- 紙・手入力の業務を一覧化する
- スタッフへのヒアリングで不満点を収集する
- 優先順位をつけて、改善しやすい箇所から着手する
この業務棚卸しを行うだけで、現場の課題が可視化され、DXの方向性が明確になります。
ステップ② 小さく始めるデジタル化(ROI測定できる範囲で)
一度に全業務をデジタル化する必要はありません。まずは、少人数・短期間で効果を測定できる領域から導入を始めましょう。たとえば、予約受付や問診票のデジタル化など、小規模な範囲であれば職員の負担も少なく、導入後の変化を実感しやすくなります。
成果を測る際は、「処理時間」「作業コスト」「患者待ち時間」など具体的な数値で評価することが大切です。これにより、次のステップで経営層の納得を得やすくなります。DXは全てを変えるより、一部を変えて成果を見せることから進むのです。
ステップ③ 職員研修でマインドセットとスキルを統一
導入した仕組みを根づかせるためには、全職員が同じ意識とスキルを持つことが不可欠です。部署ごとに理解度や操作スキルが異なると、業務のばらつきが生まれ、せっかくのDX効果が半減します。そこで有効なのが、現場の立場に合わせた職員研修の実施です。
操作方法だけでなく、「なぜこのDXが必要なのか」「どんな価値を生むのか」を共有することで、組織全体の方向性が一致します。最終的には、スタッフが自ら課題を発見し、改善提案を出せる自走型の現場が形成されます。
これら3つのステップを繰り返しながら、少しずつ範囲を広げていくことで、DXは「特別なプロジェクト」ではなく「日常業務の一部」へと変化します。次章では、導入コストを抑えながら取り組みを進めるための、補助金や支援策の活用ポイントを紹介します。
補助金・支援策を活用して導入コストを抑える
医療DXの推進にはシステム導入費や教育コストなど、一定の初期投資が必要です。特に中小クリニックでは、「コストの高さ」や「投資効果の不透明さ」が導入の最大のハードルとなります。しかし実際には、国や自治体が提供する補助金・支援策を活用することで、費用負担を大幅に軽減することが可能です。ここでは、代表的な制度とその上手な活用ポイントを整理します。
医療DX推進補助金・IT導入補助金を活用する
厚生労働省や経済産業省が実施する「医療DX推進補助金」や「IT導入補助金」では、医療情報システムの導入・改修費用の一部を支援しています。これらの補助金の多くは、電子カルテの標準化やクラウド化、オンライン資格確認システムの導入などを対象にしています。申請時の注意点としては、
- 公募期間が短く、申請準備に時間がかかる
- 専門用語が多く、医療機関単独で申請書を作成するのは難しい
- 対象経費や採択条件が年度ごとに変更される
といった点があります。つまり、早めの情報収集と、行政・専門コンサルタントとの連携が成功の鍵です。制度を知っているかどうかが、導入可否を左右する時代になっています。
自治体独自の支援制度も見逃さない
多くの自治体では、地域医療のデジタル化支援を目的とした独自の助成金や補助制度を設けています。たとえば、県単位での「医療機関ICT環境整備補助事業」や「地域医療情報基盤強化支援」などが挙げられます。
自治体制度の特長は、対象が中小規模クリニックや個人医院に限定されていることが多い点です。地域医師会や商工会議所などを通じて最新情報を確認し、自院に合う支援策を見つけることが重要です。
補助金を活用したROIの見える化
補助金を活用するだけでなく、その成果を数値で示すことが次の投資への信頼につながります。たとえば、
- DX導入後の受付処理時間の短縮率
- 人件費削減額や患者待ち時間の変化
- 職員満足度や再診率の向上
といった具体的なデータを計測することで、経営層にも明確な成果として示せます。ROIを可視化することで、次のDX投資が「確信を持てる判断」へと変わります。
補助金を活用しながら現場人材を育成できるプログラムはこちら
SHIFT AI for Biz|医療機関向けDX研修プログラム
補助金や支援制度は知っている医院だけが得をする分野です。制度を戦略的に使いながら、DXの成果を経営に結びつけていくことが、持続的な改革の第一歩となります。次章では、こうした取り組みを組織全体で定着させるための考え方をまとめます。
医療DXの課題を乗り越える組織づくりへ──現場から変わる未来
医療DXを本当に機能させるには、最新のシステムや補助金よりも、「人」と「組織文化」をどう変えるかが核心です。技術を導入して終わりではなく、それを使いこなし、改善を継続できる仕組みを持つことが重要です。DXとは単なるIT化ではなく、医療現場が自律的に進化するための文化変革です。
DXを定着させるためのリーダーシップ
医療機関におけるDXは、経営層や管理職が旗振り役となって推進しなければ続きません。現場の理解と共感を得ながら、一貫した方針を発信し続けるリーダーシップが必要です。
トップが「デジタル化=効率化」ではなく、「よりよい医療を提供するための変革」であると明確に伝えることで、職員は自分の業務にDXの意味を見出せるようになります。院長や事務長が定期的にDX推進会議を設け、成果を共有するだけでも、現場のモチベーションは大きく変わります。
現場主導で改善が生まれる自走型組織へ
理想的なDX推進体制とは、「管理者が命令する組織」から「現場が提案する組織」への転換です。現場スタッフが日々の課題を発見し、小さな改善を提案できる仕組みを整えることで、デジタルツールは自然に定着します。
たとえば、受付スタッフが自発的に「オンライン予約の改善案」を出したり、看護師が「電子カルテ入力の効率化提案」を行うような組織文化が理想です。このように現場が動く仕組みをつくることが、DXを一過性のプロジェクトではなく、持続的な取り組みへと変えていきます。
DXを「人の成長」と結びつける
DXを進めることは、同時に職員一人ひとりのスキルを高める機会でもあります。業務効率化だけを目的にすると、導入後の意欲が続きません。「DX=職員が成長する仕組み」として位置づけることで、チーム全体のモチベーションが上がり、変化に強い組織が育ちます。
SHIFT AIでは、こうした現場を動かす教育プログラムを通じて、単なる操作研修にとどまらない意識改革を支援しています。
医療DXは国の方針でも、ベンダーの責務でもありません。現場の意志があって初めて進む「人のプロジェクト」です。組織の中から変化を起こす覚悟を持った瞬間、DXは現実の力として動き出します。次章では、読者から寄せられることの多い質問を整理し、実践に向けた不安を解消します。
まとめ──医療DXは「待つもの」ではなく「動かすもの」
医療DXが進まない最大の理由は、技術ではなく現場の仕組みと人の意識が変わらないことにあります。国の政策や補助金はDXの追い風になりますが、それだけでは実際の改革は進みません。必要なのは、現場が自発的に動き、学び、改善を繰り返す「文化」を育てることです。
その第一歩は、紙業務の見直しや小さなデジタル化から始まります。そして、DXの定着を左右するのは人です。スタッフ一人ひとりがデジタルの価値を理解し、日常業務に活かせるようになることで、「システムに振り回されるDX」から「現場が使いこなすDX」へと変わります。
AI経営総合研究所では、こうした現場変革を支援するために、医療機関向けのDX研修プログラムを展開しています。単なるツール導入ではなく、組織全体のマインドセットとスキルを変えることを目的にした実践型の内容です。今、医療DXを自院から動かす覚悟を持つかどうかが、数年後の競争力を分けます。
DXは、制度や技術ではなく「人が動くことで進む改革」です。止まっているのではなく、まだ動かしていないだけ。今こそ、医療の未来を現場から変えていきましょう。
医療DXのよくある質問(FAQ)
医療DXを進める際、多くの医療機関が同じような疑問や不安を抱えています。ここでは、実際に現場から寄せられる質問の中でも特に多いものを取り上げ、導入判断に迷う院長や管理者が安心して次の一歩を踏み出せるように整理しました。
- QQ1:なぜ医療DXは中小病院・クリニックで特に進まないのですか?
- A
最大の理由は、人的・時間的リソースの不足と、経営者の意思決定が分散していることです。大規模病院では専任のDX推進担当者を置けますが、クリニックでは院長が診療と経営を兼任しており、DXに十分な時間を割けません。また、補助金やシステム情報が頻繁に更新されるため、最新情報のキャッチアップも困難です。結果として「やらなければと思いつつ、動けない」状態が続いてしまいます。
- QQ2:DXを進めるための人材がいません。どうすればよいですか?
- A
まず、外部に頼る前に既存スタッフの中でDXの理解度を高めることから始めましょう。現場をよく知る職員こそが、実践的な改善を提案できる存在です。そのうえで、SHIFT AI for Bizのような「現場人材を育てる研修」を活用すれば、IT専門職でなくてもDX推進の中心になれます。外部に丸投げするより、自院の中に変化を起こせる人を育てることが長期的な成功につながります。
- QQ3:補助金で研修費をまかなうことはできますか?
- A
はい、可能です。補助金の多くは「デジタル化に伴う人材育成費」も対象経費に含まれます。具体的には、IT導入補助金のデジタル基盤導入枠や、医療DX推進補助金の人材育成項目などが該当します。年度によって対象範囲が異なるため、最新情報を確認しながら活用するのがポイントです。SHIFT AIでは、申請サポートや制度活用に関するアドバイスも行っています。
- QQ4:古い電子カルテや既存システムでもDX化できますか?
- A
もちろん可能です。重要なのは「すべてを一度に入れ替えないこと」です。既存システムのデータ構造を把握したうえで、部分的にクラウド連携や外部ツールを追加していく方法が現実的です。特に、予約・問診・会計といった周辺業務のデジタル化は導入ハードルが低く、現場の効果も早く表れます。小さな成功を積み重ねることで、段階的にDXを拡張していくのが最も失敗の少ない進め方です。
医療DXは、すぐに結果が出る取り組みではありません。しかし、課題を正しく理解し、制度と教育を味方につければ、確実に前進できます。「DXは現場から変わる」——この一貫した視点こそが、今後の医療機関に求められる最大の競争力です。

