「おいしさ・やさしさ・ユニークさ」をもって世界の食と健康に貢献するグループをめざし、マヨネーズをはじめ食卓に欠かせない食品を手がけてきたキユーピー。

創業100年を超えた同社が今、生成AIの全社活用で着実な成果を上げています。

きっかけは、ルールでも号令でもありませんでした。「やってみたい人が、自分の業務でやってみる」──2024年に実施した「使い倒しコンペ」には、3回でのべ約1,000人が手を挙げ、約700人が実際に挑みました。

しかし、ここに至る道のりは一足飛びではありません。最初に飛びついたアーリーアダプターの先に立ちはだかったのは、「使わなくても困らない」6割の従業員という壁でした。

その壁をどう越えたのか。そして、AIを“手段”と言い切る100年企業が見据える価値創造の未来像を伺いました。

竹内 綾子氏

キユーピー株式会社 デジタル推進本部 デジタル推進部 次長

経営企画など複数の部署を経験した後、デジタル推進部に着任。各部門と連携しながら、データやデジタルを活用した業務変革の推進を担う。「DXはグループのめざす姿実現のために必須であり、常に未来からのバックキャスティングで思考する」を信条とする。

牧田 慎吾氏

キユーピー株式会社 デジタル推進本部 デジタル推進部 データ戦略チーム リーダー

マヨネーズなど家庭用商品の営業を20年以上担当した後、データ戦略チームに異動。社内に蓄積されたデータをビジネス価値につなげる戦略の立案と実行を担う。「営業時代にこの武器があったら」という原体験が、現場への推進力になっている。


※所属・役職は取材時(2026年5月)時点のものです。

※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。


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「まず触ってみよう」から始まった、のべ700人の使い倒しコンペ

組織として生成AIに取り組み始めたのは2024年。ChatGPTが話題になり、個人的に触ったことのある従業員が少しずつ出てきた頃でした。

そこでデジタル推進部が仕掛けたのが「生成AI使い倒しコンペ」です。計3回にわたって開催し、テーマもツールの使い方もすべて参加者自身が決めるという設計としながら、メンター制度を用意し1対1のサポートも申し込めるようにしました。

牧田氏

「自身の業務課題を生成AIでどう解決したいかを書いてもらい、応募を受け付けました。3回でのべ約1,000人が応募し、そのうち約700人が実際に参加しました」

広報なら記事作成のバディに。営業なら提案資料の壁打ち相手に。生産部門なら生産量の分析に。

各自が業務に引きつけてプロンプトを書き、試行錯誤を全員でシェアする。その事例を社内サイトに掲載し、「これなら自分にも使えそう」という気づきを横へ広げていきました。

竹内氏

「AIに関しては、詳細な取扱い説明書を用意して正しい使い方を教えるとか、そういうものではないと最初から分かっていました。まずは、やってみたいという意欲がある人に触らせてみようと」

コンペにはもう一つの狙いがありました。参加者を各部署のインフルエンサーに育てておくことです。

会社としてAIへ舵を切る方針はすでに固まっていた。だからこそ現場のキーパーソンを先に仕込んでおく──戦略的な布石でもあったのです。

「最初の一歩」を支えた、心理的安全性の砦

コンペの手応えを受け、2024年6月にグループ専用の生成AI環境「Q-unity(キユニティ)」が全従業員向けに公開されました。

当時、個人的にChatGPTを試す従業員は増えつつありましたが、「入力した情報が学習に使われるのでは」「出てきた答えを信じていいのか」といった不安も根強く残っていたのです。

竹内氏

「いきなり外部のチャットAIを使ってくださいと言われても、会社の情報が漏れないか不安な人は多かったはずです。自社環境で安全に使える生成AI環境を用意したことで、心理的安全性を担保しながら使ってもらえた。早い段階で開発してよかったと思います」

そして2025年4月、Google WorkspaceのGeminiが社内で利用可能になりました。日常的なチャット利用はGeminiへ移り、Q-unityはAIサービス開発やエージェント開発の基盤として活躍しています。

“使わなくても困らない”6割の壁をどう越えたのか

Q-unityの公開後、上位2〜3割のアーリーアダプターはすぐに飛びつきました。問題は、残る約6割です。「使わなくても、今の業務は回る」──多くの企業が突き当たるこの壁に、キユーピーも例外なくぶつかりました。

竹内氏

「既存のやり方でそこそこ回っていて、劇的に困っていない人たちは、どうしてもメリットよりデメリットが気になってしまう。使わなくても仕事はできるわけですから」

同社は複合的に手を打っていきました。社内報での事例紹介、外部へのプレスリリース、コーポレートサイトのDXページ。従業員がAIの話題に触れる接点を増やし、「うちもやっている」という空気を内と外からつくっていきました。

決め手になったのが、「社内コミュニティサイト」での情報共有です。最初は推進メンバーを中心に情報発信を行っていましたが、段々と現場の従業員が自らTipsやプロンプトを投稿し始めたのです。

竹内氏

「例えば『展示会でいただいた大量の名刺を、うまく整理する方法ないですか』と誰かが投げると、『私のプロンプトでどうでしょう』と別の従業員が返してくれる。それを見た人が“いいね”をつけて、口コミで広がっていく。助け合いが生まれている感覚ですね」

こうした積み重ねの結果、2025年にはパソコンを日常的に使う従業員の約7割が月1回以上AIに触れるようになり、毎日または週の半分以上使う従業員も約半数まで増えました。

2026年のテーマは「バディ化」。たまに触るのではなく、AIを毎日の相棒にする状態を目指し、段階別の講座を展開中です。

「削減」ではなく「質の転換」へ

AIで業務が効率化された先に、創出した時間をどう使うか。この問いへの答えに、キユーピーのAI活用の本質が表れています。

牧田氏

「流通業界は得意先からの要望がどんどん高度化していて、応えようとすると資料作成や商談準備に時間がかかる。その結果、肝心の得意先に足を運べなくなる。本末転倒なことが起きていたんです」

資料づくりはAIに任せ、生まれた時間で得意先と直接向き合う。対人スキルを磨いて価値を伝えきる。そこに人間の本領があると牧田氏は語ります。

竹内氏も「削減」だけをゴールにしない姿勢を強調します。

竹内氏

「効率化だけを追うと、空いた時間でまた別の作業を生み出してしまう。今までやりたくてもやれなかったことに挑戦したり、お客様をもっと知る活動に時間を使ったりしたい。“量”を減らすのではなく、”質”を変えることへシフトしたいんです」

同社ではここ数年で研修制度が拡充され、従業員の自主的な研修受講時間は1人あたり約1.6倍に増加。DXで生まれた余裕で、自ら学びに向かう従業員がさらに増えることを目指すといいます。

AIを“手段”と言い切る、100年企業の価値創造論

チャット活用の次の地平として、キユーピーはAIエージェントにも踏み出しています。

SNSの情報や購買データをもとに疑似人格を持つ「生活者エージェント」を約2,000体作成し、マーケティングプロセスへの組み込みを2025年から進めているのです。実在の消費者に代わってAIが反応を返す、いわば”仮想モニター集団”です。

竹内氏

「変化が激しく、多様な価値観がある中で価値を届け続けるには、スピードも質も上げなければならない。そのプロセスにエージェントを組み込むことにチャレンジしています」

どれほどAIが進化しても、最後に意思を込めるのは人間だ──竹内氏はそう言い切ります。

竹内氏

「AIは手段でしかない。使えばなんとかなるわけではなくて、まず業務を棚卸しして、本当に必要なものを見極める。その上で初めてAIは効果を発揮します。壁打ちはAIに任せてもいい。でも、最後に意思を入れるのは人間です。その主導権だけは譲れません」

キユーピーから学ぶ3つのポイント

1. 「やらされ」ではなく「やりたい」を起点にする
テーマもツールもすべて参加者が決める設計でした。「誰かが教える」のではなく、自ら業務課題を見つけてAIで解決する体験が、内側からのモチベーションを引き出しています。

2. 心理的安全性を「仕組み」で担保する
自社生成AI環境「Q-unity」を早期に開発・公開し、「情報が漏れるのでは」という不安を払拭。最初の一歩のハードルを下げました。

3. 効率化の先に「質の転換」を描く
創出した時間で「また別の作業」を生むのではなく、顧客理解や対人コミュニケーションといった「人にしかできないこと」へ再配分する。削減ではなく価値の質を変える発想が、AI活用を本質的な変革につなげています。

生成AIの時代に、何が変わり、何が変わらないのか。キユーピーの答えはシンプルです。

「人間が意思を持ち続けること」。ルールでも号令でもなく、手を挙げた人から始まった文化が、100年企業を静かに変えています。


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