「“あったらいいな”をカタチにする」をスローガンに、世の中にない製品を生み出してきた小林製薬株式会社。全社員がアイデアを出し合う文化は、いま生成AIの活用にも受け継がれています。
同社が最初の一歩を踏み出したのは2023年でした。社内AIチャットボット「kAIbot」を、全社員が製品アイデアを出し合う場で使うところから始まっています。
2025年にはGeminiへと基盤を移し、いまでは国内外約3,700名の従業員が利用。月間の利用率はほぼ100%に達しました。
ただ、同社が見据えているのはその先です。個人の生産性が上がった状態をゴールとせず、「AIを前提に、業務プロセスそのものを組み直す」という次の段階へ、どう全社で進んでいくのか。
本記事では、IT部の高橋伸明氏と、全社のAI活用推進を担う浅野良太氏に、浸透の工夫からガバナンスの設計、そして効率化の先に見据えるものまでを伺います。

小林製薬株式会社 コーポレート戦略本部 IT部 IT企画管理グループ グループ長
2007年に新卒で入社して以来、一貫してIT部門に在籍。現場へのシステム導入や業務改革をフロントで担い、国際事業部門・国内コーポレート部門担当のITマネジャーなどを経験。2026年よりIT企画管理グループ長として、全社のIT方針・戦略や先端技術の取り込みを担当している。

小林製薬株式会社 コーポレート戦略本部 経営企画部 戦略企画グループ
新卒で入社後、研究開発部門を経て、商品開発で新製品アイデアを生み出すプロセスづくりに従事。2019年頃からはAIを活用したアイデア創出を先行的に手がけてきた。現在は全社的なAI活用推進をメインに担当している。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
生成AI活用必須3資料を無料配布
- 【戦略】成果を出すAI組織導入の設計フレーム
- 【失敗回避】導入企業が陥る6つの落とし穴と対策
- 【実践】業務で使えるプロンプト設計法
個人の生産性向上は「確実に成果を出している」。見据える次の2段階
小林製薬は、生成AIをどのような存在として捉えているのか。この問いに高橋氏は「これから先には2段階ある」と答えます。
一人ひとりの業務を効率化し、生産性を向上させる。その達成に向けた取り組みは、確実に成果を結びつつあります。
そんな同社が次に見据える第2段階が、業務プロセスそのものの組み直しです。

「AIを前提とした業務プロセスの見直しや組み直しが、最も重要だと考えています。世の中には人の労働力を代替するようなAIエージェントも出てきていますが、それを人の代わりに使って人と同じことをさせるというよりも、そういったことができる前提で業務を組み直し、どう最適化していくか。そこをいかに早く社内で実現するかが課題です」
では、実際に使う現場の実感はどうか。
全社推進を担う浅野氏自身も日々のヘビーユーザーであり、作成した資料は必ずAIにチェックさせています。その際に意識しているのは、AIにさまざまな立場を設定し、多角的な視点からフィードバックを得ることです。

「『プロフェッショナルなコンサルティングパートナーだったらどう見えますか』『上司だったらどう見ますか』と、かなりいろいろな目線を入れて使っています。AIに読み込ませると、自分が知らなかったことや『こんなルールもあるんだ』ということも返してくれる。外部知識をインプットするための環境としても活用しています」
Geminiの導入により、日常業務の効率が3倍に
基盤を2025年にGeminiへ移した判断を後押ししたのは、安全性への配慮でした。
もともとグループウェアとしてGoogle Workspaceを使っていたため、他のAIではデータ連携に課題がありました。

「Geminiであれば、普段仕事に使っているファイルや情報を、安全性を保ったまま使えます。全社に広げるならGeminiが良いと判断しました」
社内の情報発信が多い同社では、各部署が公式のNotebookLM(現:Gemini Notebook)を用意し、「最新情報はここで探してください」と案内する動きも生まれました。
より踏み込んだ活用の例が、競合品・市場品の調査業務です。
ブランドや価格、製品特徴といった項目のリスト化は、手作業だと数時間かかっていました。同社はこの調査自体をGeminiに任せ、調べた内容をブランドごとのスライドに落とし込むところまでGoogle Apps Scriptで自動化しています。

「業務全体で約3倍、リスト生成などの単純作業に限れば10倍近くスピードアップしています」
業務効率によって生まれた時間の使い道にも、同社の考え方が表れています。
マーケティング部門では下調べや準備といった「考える以外の時間」をAIに任せ、より創造的な仕事へ。IT部門では、次の技術検証やチャレンジに投資する取り組みを2026年から始めています。
エンジニアでない社員がシステム構築に挑む時代の、速度と統制
現場で起きている最も大きな変化として浅野氏が挙げたのは、IT部門や専門スキルのある人に限られていたプログラミングが、畑違いの部門にまで広がってきたことでした。

「人事のような部門の人が、プログラミングに近い考え方や自動化のスキルを身につけている。社内で誰かのパソコン画面が目に入ると、Geminiでスクリプトがバーッと動いていたりするんです」
「どうやったらできるか」も含めてまずAIに聞き、対話を重ねながら自分で使えるものをつくる。技術的なハードルが下がったことは、アイデア次第でイノベーションを実現できる時代になったという意味で歓迎すべき変化です。
ただ高橋氏は、この速度と同じだけ統制の設計が要ると考えています。

「簡単につくれるだけに、横に広げるときはブラックボックス化された状態になります。また、システム管理経験のない人がコードを書くことで、セキュリティや情報漏えい等のリスクにつながる懸念もあります。直近の効率は上がっても、5年後・10年後に負債になりかねません。だからこそ、何をやって良くて何をやってはいけないかという線引きを行い、安全に統制を取るための仕組み作りが、現場の創造性を活かすためにも最重要となると考えています」
その土台となるのが、段階的に整えてきた利用規程です。
2023年8月の文章生成に始まり、2025年1月にGeminiを標準化。2026年には画像・音声・動画生成へと解禁の範囲を広げ、グローバル共通の規程として地域ごとの法規制に合わせた線引きを明記しています。
最も時間を要したのは、著作権のグレーゾーンへの対処でした。
NGプロンプトの例示、社外公開時の記載ルール、証跡の保存といった複数の施策を組み合わせ、「このレールを守っていれば大丈夫」と言える形に落とし込んでいます。
規程を機能させるために選んだのが、理解度テストまで含めた全従業員研修です。2026年2月に受講率100%を達成し、翌3月から新規程下での本格運用を始めました。
AI浸透のカギは、「トップからの発信」と「現場有志による横展開」
浸透の裏には、旧来の仕事の仕方に慣れた人の慣性や、AIの出力をどこまで受け入れるかという壁もありました。それを越える力になったのが、経営層からの発信です。

「社長の豊田も、現場を訪問するたびに『自分もAIを使っている』と話しています。トップ自らが『AIで業務が良くなっていく』と確信を持って語ることが、社内の前向きな空気につながっていると感じます」
本部長クラスからも「資料は一度AIに通してみては」という声が出るなど、活用を促すメッセージが繰り返し発信されています。
トップからの発信だけでなく、同時に、現場での広がりも非常に活発でした。
漠然と「AIを使いましょう」と促すのではなく、「製品アイデアを考える」という既存の業務プロセスの中にAIを組むことから始めました。ユニークなアイデアをたくさん生み出そうという企業文化も相まって、便利な使い方は横のつながりで自然と広がっていきました。

「AIが好きなメンバーが各部署にいて、便利な使い方を発信したり、部のミーティングで自主的に説明会を開いたりしています。有志が集まって、業務時間外に活用事例の発表会を開催した例もありました」
関心の高いメンバーが集まるチャットスペースもあり、「こんなところで詰まったけれど、どうしていますか」と互いに聞き合えます。
一方で、体系立った教育やスキルレベルの定義はまだ道半ば。横のつながりの力をどう仕組みへ落とし込むかが、次の課題だといいます。
効率化で終わらせない。問われるのは「何がどう変わったか」
世の中に出ている事例には、「新しいAIツールを入れた」「効率が良くなった」という話が多いと高橋氏は言います。
ただ、どんなツールを使うかは技術の進化とともに移り変わる。だからこそ問われるのは、その先です。

「何かができるようになったというところではなく、それで何がどう変わったのか、最終的に経営にどういうインパクトを与えられたのか。そこをしっかり評価できるようにしていくことが、取り組みの継続性や次のチャレンジにつながると思っています」
浅野氏もまた、業務の効率化自体をゴールとは考えていません。

「単に効率化するだけでは意味がありません。創出した時間を、新たな価値を生み出す業務へ転換していく。言葉で言うのは簡単ですが、組織の仕組みとして定着させるのは非常に難度の高い作業です。だからこそ、ここをきちんとやり切ることを目指しています」
小林製薬から学ぶ3つのポイント
1. 「個人の効率化」で止めず、「業務プロセスの変革」を見据える
月間の利用率がほぼ100%に達しても、そこをゴールにしない。「AIに任せられる前提で業務を組み直す」という次の段階を明確に描いていることが、取り組みを一過性で終わらせない原動力になります。
2. 「トップの発信」と「現場の有志」を噛み合わせる
社長自らが現場で「自分も使っている」と語り、各部署では有志が自主的に説明会や活用事例の発表会を開く。上からの後押しと横のつながりが同時に動いたことで、「自分も使ってみよう」という空気が自然と生まれています。
3. 「速度」と「統制」を同時に設計する
誰もが手軽にツールをつくれる時代だからこそ、利用規程の整備と全従業員100%の研修で土台を固める。効率を追う速度と、ブラックボックス化を防ぐ統制の両立が、5年後・10年後の負債を遠ざけます。
何ができるようになったかではなく、それで何がどう変わったのか。その問いに向き合う姿勢こそが、AIを前提とした組織づくりを前へと動かしています。
「AIを導入したのに現場で使われていない」「思うように成果が出ない」──そんなお悩みをお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちの支援内容をご覧ください。
SHIFT AIは、戦略設計から伴走型研修まで、組織を次のステージへ引き上げる支援をいたします。
法人向け支援サービス
「生成AIを導入したけど、現場が活用できていない」「ルールや教育体制が整っていない」
SHIFT AIでは、そんな課題に応える支援サービス「SHIFT AI for Biz」を展開しています。
AI顧問
活用に向けて、業務棚卸しやPoC設計などを柔軟に支援。社内にノウハウがない場合でも安心して進められます。
- AI導入戦略の伴走
- 業務棚卸し&ユースケースの整理
- ツール選定と使い方支援
AI経営研究会
経営層・リーダー層が集うワークショップ型コミュニティ。AI経営の実践知を共有し、他社事例を学べます。
- テーマ別セミナー
- トップリーダー交流
- 経営層向け壁打ち支援
AI活用推進
現場で活かせる生成AI人材の育成に特化した研修パッケージ。eラーニングとワークショップで定着を支援します。
- 業務直結型ワーク
- eラーニング+集合研修
- カスタマイズ対応
🔍 他社の生成AI活用事例も探してみませんか?
AI経営総合研究所の「活用事例データベース」では、
業種・従業員規模・使用ツールから、自社に近い企業の取り組みを検索できます。

