介護業界でも「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の重要性が叫ばれて久しいものの、 実際には「なかなか進まない」「現場がついていけない」という声が多く聞かれます。
国の支援策やICT導入補助金が整っていても、現場では“紙と手作業”が依然として主流——。
なぜ、介護DXは他業界に比べて前に進まないのでしょうか。
その背景には、人材不足・業務の属人化・ITリテラシー格差・制度対応負担といった複合的な要因があります。
そして本質的な問題は、“技術ではなく仕組みと文化”にあるのです。
本記事では、介護DXが進まない理由を現場・経営・制度の3つの視点から整理し、 その壁を乗り越えるための具体的な打開策と成功事例を紹介します。
単なる「ツール導入」では終わらせない、“人が育つDX”の進め方を一緒に見ていきましょう。
介護DXの基本的な意味や導入手順を知りたい方は、まずこちらの記事からご覧ください。
介護DXとは?導入の進め方・メリット・補助金などを徹底解説【2025年版】
なぜ介護DXが進まないのか|業界が抱える構造的な壁
介護DXの必要性は業界全体で認識されているものの、現場レベルでは導入が進まないという課題が根強く残っています。
その背景には、単なる技術の問題ではなく、「人・組織・制度」それぞれの構造的な壁が存在します。
ここでは、介護DXが前に進まない代表的な5つの要因を整理します。
① 現場のITリテラシー格差と“デジタル不安”
介護職員の年齢構成を見ると、40〜50代以上が半数を占める施設も多く、デジタル機器に不慣れな層が少なくありません。
「パソコンは苦手」「スマホ操作も最低限」といった不安が、DXへの心理的な抵抗につながっています。
さらに現場では、「ツール導入=仕事が増える」と感じてしまうケースも多く見られます。
新しいシステムを覚える負担が先に立ち、効率化の恩恵を実感する前に“拒否反応”が起きてしまうのです。
厚生労働省はこうした課題に対応するため、「介護DX推進加速化プラン」の一環として、職員のITリテラシー向上を目的とした研修・ガイドライン整備を進めています。
しかし、現場ではまだ「学ぶ時間が取れない」「誰が教えるのか分からない」といった課題が残っています。
DXの第一歩は“ツール導入”ではなく、“慣れる場づくり”。
操作教育と並行して「デジタルが仕事を助ける」実感を与えることが、心理的ハードルを下げる鍵になります。
② 業務の属人化と紙文化
介護業界では、依然として紙による記録・申し送り・報告が多く残っています。
「紙が早い」「いつものやり方が安心」という慣習が根強く、DX化を阻む大きな要因となっています。
また、業務が個人の経験や判断に依存しやすく、“属人化”が進みすぎていることも問題です。
ベテラン職員が休むと現場が回らない、申し送りのニュアンスが人によって異なる——。
こうした状況では、デジタル化しても「入力者によって精度がバラつく」ため、システムが定着しにくいのです。
DXの前に必要なのは、業務棚卸し(プロセスの見える化)です。
どの作業が重複しているのか、どこを自動化できるのかを整理しないまま導入すると、ツールだけが浮いてしまいます。
DXの土台は「業務の標準化」。
“現状を整理せずにデジタル化”は、非効率をそのまま電子化するだけになります。
③ 経営層と現場の温度差
DX推進を阻むもうひとつの壁は、経営と現場の温度差です。
経営層は「コストがかかる」「導入しても効果が見えない」と慎重になりがち。
一方、現場は「操作が難しい」「今のやり方で十分」と感じ、両者の認識がかみ合わないケースが多くあります。
「導入したのに使われない」「現場の反発で形骸化した」——そんな事例は少なくありません。
この温度差の根底には、“なぜDXをやるのか”という目的共有の不足があります。
経営がROI(費用対効果)を重視し、現場が業務負荷の軽減を重視するのは当然。
しかし、双方が共通の目線を持たなければ、DXは単なる“経営施策”で終わってしまいます。
DXを動かすのは“共通言語”。
経営と現場が同じKPI(業務時間・離職率・ケア品質など)を追うことで、組織全体が動き出します。
④ 制度・報酬改定への対応負荷
介護業界では、制度改定や介護報酬改定への対応が頻繁に発生します。
新しい加算項目や運営基準への対応に追われ、DX推進のリソースを割けない事業所も少なくありません。
「今はそれどころじゃない」という状態が続く結果、 “常に後回しになるDX”という構造が生まれています。
さらに、制度変更のたびにシステム更新や書類修正が必要になるため、 「どうせすぐ仕様が変わるなら投資がムダ」と感じる経営者も多いのが実情です。
制度は“障害”ではなく“推進力”に変えられる。
国の補助金・ICT導入支援事業を活用すれば、改定対応とDXを同時に進めることが可能です。
⑤ 成果が見えづらい・定着しない
DXの成果はすぐに数値化しづらく、「本当に効果があるのか?」という疑念が生まれがちです。
結果として、数カ月で運用が止まり、「結局紙に戻った」という事例も多く見られます。
特に担当者が異動・退職するとノウハウが引き継がれず、“属人化したDX”になってしまうケースが多いのです。
こうした失敗の多くは、導入後の運用設計と教育不足に原因があります。
DXはツールを入れて終わりではなく、「使い続ける仕組み」と「人を育てる体制」があって初めて定着します。
DXは“導入”よりも“習慣化”。
定着のカギは、現場リーダー層の育成とKPIの可視化です。
“技術”ではなく“人と仕組み”がボトルネック
介護DXが進まない最大の理由は、ツールそのものではなく、「使う人と仕組みを育てる体制が整っていない」ことです。
リテラシー教育、業務設計、目的共有、継続運用——これらを同時に動かす“仕組みの設計”こそが、介護DXの本質的課題です。
DXを“人の改革”として捉え直すことで、はじめて本当の変革が始まります。
介護DXを前進させる3つの打開策
介護DXを止めている要因は多岐にわたりますが、裏を返せば、突破口もまた複数存在します。
ここでは、“現場で実践できる”3つの具体策を紹介します。
どれも大規模な投資ではなく、今ある仕組みを「見える化・共有・育成」に変える取り組みから始められます。
① 現場課題を“数値で見える化”する
DXを成功させる第一歩は、「何が非効率なのか」を数字で把握することです。
多くの施設では、業務の重複やムダが“感覚的”にしか共有されていません。
業務棚卸し・時間調査・残業データ・ヒアリングなどを行い、 「どの作業にどれだけの時間と人がかかっているのか」を定量的に見える化しましょう。
たとえば、記録作業に毎日1人あたり45分かかっているなら、 それを自動化・簡略化できた場合の削減効果は年間で約270時間/人にもなります。
こうした数値が見えることで、「どの業務を優先的にDX化すべきか」が明確になります。
さらに、DX導入の目的を定めるためにはKPI設計が不可欠です。
たとえば次のような目標を設定します。
- ケア記録時間を30%削減する
- 夜勤の残業を月10時間減らす
- 離職率を前年比20%改善する
「感覚的な不満」を「データで語れる課題」に変えることが、DXの出発点です。
現場データを経営と共有できれば、DXは“経営課題”として社内の共通言語になります。
② 小さく始めて“成功体験”を積み上げる
DXは“全体最適”を目指すよりも、“部分成功の積み重ね”で広げる方が定着します。
いきなり全施設・全職員に導入しようとすると、混乱や抵抗が生まれがち。
まずは1部署・1チームから始めて、“成功体験”を共有することが効果的です。
たとえば、ある特別養護老人ホームでは、 音声入力アプリを導入し、ケア記録時間を1日40分短縮することに成功しました。
現場の負担が減ったことで、「このツールなら使いたい」というポジティブな声が広がり、
半年後には全フロアで導入が完了しました。
また、訪問介護事業所では、シフト管理SaaSを導入することで、 職員の残業を月平均12時間削減し、離職率が20%改善した例もあります。
こうした“成功の見える化”は、現場の納得感を高める最高の推進力です。
「小さく始めて、早く成功させる」——これがDXの鉄則です。
1チーム単位で成果を出し、その実績を他部署に共有する。
それが“止まらないDX”をつくる最短ルートです。
③ “人材育成”をDX推進の中心に置く
DXが進まない最大の理由は、“使う人が育っていない”こと。
新しいシステムを入れても、操作が不安・意味がわからないままでは、 現場は「とりあえず前と同じ方法で」と元に戻ってしまいます。
そこで重要なのが、現場リーダー層へのデジタル教育です。
デジタルリテラシーやデータ活用を理解する人材を育てることで、 ツールを「使いこなす現場」が生まれます。
近年では、ChatGPTなどの生成AIを活用した研修も注目されています。
記録文書の作成支援や、ケア内容の自動要約、業務マニュアルの整備など、 「日常業務でAIを使う練習」がそのままDX人材育成につながります。
DXは“システム導入”ではなく、“人材育成プロジェクト”です。
現場の一人ひとりが「デジタルを使いこなす自信」を持てたとき、 DXは単なる業務改善ではなく、“文化”として根づきます。
DXを“定着”させるための人材育成は?
介護DXを成功させる鍵は、「人が育つ仕組み」を整えること。
AI経営総合研究所では、現場の課題に寄り添う生成AI研修プログラムを提供しています。
操作教育ではなく、“現場で成果を出すためのAI活用力”を育てる内容です。
実際に動き始めた介護DXの成功・失敗事例
介護DXは「導入したら終わり」ではなく、試行錯誤の中で形を変えながら進化する取り組みです。
ここでは、実際に動き出した介護現場の具体的な事例を紹介します。
成功事例だけでなく、一度つまずきながらも再び前進したケースも取り上げます。
それぞれの現場がどのように課題を克服したのか、ぜひ参考にしてください。
事例①:特別養護老人ホームで記録時間を1日40分削減/離職率20%改善
ある地方の特別養護老人ホームでは、記録作業の負担が大きく、 「夜勤明けでも報告書作成に追われる」という状態が常態化していました。
そこで導入したのが、音声入力対応のケア記録アプリ。
職員がスマートフォンやタブレットに話しかけるだけで、 ケア内容が自動でテキスト化・共有される仕組みです。
導入後、記録作業時間は1人あたり1日約40分短縮。
加えて、作業ストレスの軽減によって離職率が前年比20%改善しました。
ポイント:
DXの目的を「業務効率化」だけでなく「働きやすい環境づくり」と捉えたことで、
組織全体のモチベーション向上につながりました。
事例②:AI見守りで夜勤の負担軽減(安全性+安心感の向上)
有料老人ホームでは、夜勤帯の巡回業務が職員の大きな負担になっていました。
1名で20室以上を見回るケースもあり、「人手が足りない」「事故が怖い」という声が絶えませんでした。
この施設では、AI見守りセンサーを導入。
入居者の動きや体調変化をAIがリアルタイムで検知し、 異常を自動通知する仕組みを取り入れました。
結果、夜間巡回回数は40%削減。
見落としリスクも減り、職員の心理的負担も軽減しました。
また、入居者の家族からも「安心して任せられる」との声が増加。
ポイント:
“安全性”だけでなく“職員の働き方改善”を同時に叶えるのがAI活用の真価です。
技術を「人を補う存在」として組織に根づかせることが重要です。
事例③:新人教育を生成AIで効率化(研修時間を半減)
訪問介護事業所では、職員の入れ替わりが激しく、教育担当者の負担が大きいのが課題でした。
マニュアル更新やケース共有も追いつかず、「教育が属人化している」状態に。
そこで活用したのが、生成AIによる教育支援ツールです。
過去の指導記録や社内Q&AをAIが学習し、 新人が質問すると自動で最適な回答・手順を提示できるようにしました。
導入後、教育担当者の指導時間は約50%削減。
新人の習熟スピードも平均1.5倍に向上し、 「現場に出るまでの不安が減った」との声が上がっています。
ポイント:
AIは“教える人を置き換える”のではなく、“教える人を支える”。
教育DXは、人材定着と現場力の底上げを同時に実現します。
事例④:導入後に停滞→教育体制再構築で再稼働(失敗→再生パターン)
ある介護事業者では、クラウド型記録システムを導入したものの、 「操作が難しい」「入力が面倒」と現場が敬遠し、半年で運用が停止。
一時的に“紙運用”へ逆戻りしてしまいました。
原因を分析すると、導入時の教育不足と目的共有の欠如が判明。
「何のために導入するのか」を全員が理解していなかったのです。
その後、リーダー職員への研修を実施し、 「業務負担を減らす」「夜勤の見える化を進める」といった目標を再設定。
3か月後には、入力率が100%に回復しました。
ポイント:
DXの失敗は「ツールの選定ミス」ではなく、「人の理解不足」から生まれる。
現場の納得感を育てることが、定着への近道です。
“成功”と“失敗”の両方に学ぶ
成功事例に共通しているのは、 どの現場も「小さく始め、現場が納得する成功体験を作っている」という点です。
そして、失敗事例にもまた、重要なヒントがあります。
DXは一度止まっても、“学び直し”によって再稼働できる取り組みです。
大切なのは、「導入したら終わり」ではなく、 「育てながら回す」という意識を持ち続けること。
AIやデータを活用しながら、“人と技術が共に成長する現場”を作ることが、 介護DXの本質的な成功です。
介護DXを止めないための“仕組みと文化”づくり
介護DXを一度始めても、途中で止まってしまう事業所は少なくありません。
「導入したけれど使われていない」「担当者が変わって動かなくなった」——。
その背景には、“続ける仕組み”と“支える文化”の不足があります。
ここでは、DXを“単発のプロジェクト”ではなく、 組織に根づく文化として継続させるための3つのポイントを紹介します。
① 推進担当者を明確にし、責任を分散させない
DX推進を「みんなでやろう」とすると、往々にして“誰も責任を持たない”状態になります。
まずは、推進リーダー(DX責任者)を明確に設定することが重要です。
専任担当を設けるのが難しい場合でも、 「この人が最終判断をする」「進捗をまとめる」役割をはっきりさせましょう。
さらに、経営層がその取り組みを“支援する姿勢”を示すことが大切です。
トップが本気でDXを推進する意思を見せることで、現場も前向きに取り組めるようになります。
DX推進リーダーは“技術者”ではなく、“旗振り役”。
現場と経営をつなぎ、課題を一緒に整理できる存在が理想です。
② 数値管理とフィードバックを仕組み化
DXを定着させるには、成果を見える形で共有し続けることが欠かせません。
導入後も「何がどれだけ改善したのか」を定期的に確認し、 職員全員が“変化を実感できる”ようにしましょう。
たとえば、次のような指標を月次で共有します。
- ケア記録時間(導入前後の比較)
- 残業時間/夜勤の負担度
- 職員満足度・離職率
改善が見えれば、モチベーションが上がり、さらなる改善提案も生まれます。
逆に、結果が思わしくない場合でも、それを「改善のヒント」として捉える仕組みが重要です。
成果を可視化することで、DXは“経営の言葉”に変わります。
データを使って現場と経営が対話する文化をつくることが、継続の鍵です。
③ 教育・研修を“継続的な投資”と捉える
DXが定着するかどうかは、「人を育て続けられるか」で決まります。
導入時だけの研修で終わらせず、継続的にリテラシーを高める仕組みを整えましょう。
たとえば、定期的な勉強会や社内共有会、 外部の生成AI研修などを活用し、「学ぶ場」を維持することが効果的です。
学び続ける文化が根づけば、 新しいツールが登場しても“自分たちで試して使いこなす”現場に変わっていきます。
教育はコストではなく、DXの「エンジン」。
人材が育つ組織は、ツールが変わっても止まらない。
DX導入の具体的ステップを詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
介護DXとは?導入の進め方・メリット・補助金などを徹底解説【2025年版】
まとめ|DXは「人を支えるための仕組み」である
介護DXの目的は、決して“人を減らす”ことではありません。
本来の狙いは、人の時間を増やし、現場がより豊かに働ける環境をつくることです。
テクノロジーは、現場の努力を置き換えるものではなく、支える力として存在します。
記録や共有、教育など、これまで“人の負担”で支えられてきた領域を、
デジタルが後押しすることで、介護の本質である「人と人のケア」に集中できるようになります。
DXは、ツール導入でも制度対応でもなく、「人と技術の共創」です。
一歩を踏み出せば、現場は確実に変わります。
そして、その小さな一歩が、組織を、業界を、社会を動かす原動力になります。
AI経営総合研究所は、介護現場が“自走できるDX”を実現するためのパートナーとして、 人材育成×生成AI活用による新しい支援モデルを提案しています。
- Q介護DXとは何を指しますか?
- A
介護DXとは、デジタル技術を活用して介護業務を効率化し、人の負担を軽減する取り組みのことです。
単なるシステム導入ではなく、業務プロセスや組織の仕組みを見直し、
「人がよりケアに専念できる環境をつくる」ことを目的としています。
- Qなぜ介護DXは他の業界に比べて進みにくいのですか?
- A
主な理由は、ITリテラシー格差・紙文化・属人化・制度対応負担などです。
現場では「ツール導入=仕事が増える」と感じられることも多く、導入後の教育や運用が追いつかないケースが目立ちます。
DXを進めるには、まず「業務を見える化」し、現場の納得感を得ることが重要です。
- Q介護DXを進めるには何から始めればいいですか?
- A
最初のステップは、現場の課題を数値で把握することです。
記録作業や残業時間などをデータで可視化し、どの業務が最も負担になっているかを明確にします。
その上で、小規模導入から始め、成果を現場全体で共有するとスムーズに進みます。
- Q介護DXの導入費用や補助金はありますか?
- A
国や自治体が実施する「介護DX推進加速化プラン」などで、
ICT機器導入や見守りセンサー設置に対する補助金・支援制度が用意されています。
都道府県によって申請要件や上限額が異なるため、早めの確認が必要です。
- QDXを定着させるには、どのような仕組みが必要ですか?
- A
導入後の「運用・教育・評価」のサイクルを仕組み化することがポイントです。
担当者を明確にし、定期的に成果を共有・改善していくことで、 「一過性ではないDX」が実現します。
また、リーダー層を中心に生成AIを活用したリテラシー研修を行うと、現場の自走力が高まります。
