AIやIoTを活用して漁業の効率化と資源管理を実現する「スマート漁業」。
燃料費や人件費の削減、漁獲予測の高度化など、多くのメリットが期待されています。
しかし現場では、「機器を導入したが使いこなせない」「データを活用できない」「そもそも人が足りない」といった声も少なくありません。

なぜ、これほど注目される取り組みが“現場で止まってしまう”のでしょうか。
その背景には、高齢化による人材不足・技術導入のハードル・データ連携の遅れという、構造的な課題が存在します。

本記事では、スマート漁業が進まない3つの要因を整理し、導入を「定着」へと導くための実践的なステップを解説します。
最後には、現場でAIを活かすための人材育成・運用支援の仕組みも紹介します。

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スマート漁業が進まない背景|導入率が伸び悩む現場の現実

AIやIoTの技術が進化し、農業や製造業では「スマート化」が確実に成果を上げています。
一方で、漁業のスマート化はまだ“実証段階”にとどまる地域が多く、導入率は全国平均で数%程度といわれています。

なぜ、技術も支援制度も整いつつあるのに、現場での実装が進まないのでしょうか。
そこには、次のような3つの現実的な要因があります。

  1. 人材の高齢化と担い手不足
    操業データを扱える人材が少なく、システム運用がベテラン頼みになっている。
  2. 技術導入のハードル
    導入コスト、通信インフラ、メンテナンスの課題が重なり、「導入したまま活用できない」状態に陥る。
  3. データ連携・標準化の遅れ
    機器メーカーや漁協ごとにシステムが分断され、情報を地域や産地全体で共有できない。

これらは一見バラバラの問題に見えますが、根底にあるのは共通の構造――
「人材」「技術」「仕組み」の断絶です。

つまり、スマート漁業の本当の課題は“機器の性能”ではなく、それを活かす体制と文化の欠如にあります。

課題① 高齢化と担い手不足|「技術を使う人」がいない現場

スマート漁業の最大の課題は、技術を扱う人材がいないことです。
日本の漁業就業者数は、この20年で半減。平均年齢は60歳を超え、若手漁業者の割合はわずか1割以下にとどまっています。
ベテランの経験や勘が支えてきた現場では、AIやデジタルツールを導入しても「扱える人がいない」「操作を任せられない」という状況が頻発しています。

さらに、教育機会の不足も大きな壁です。
漁業高校や専門機関でスマート機器の扱いを学ぶ機会は限られ、現場では独学やメーカー任せの操作研修が中心。
このため、「機器を導入したが日常業務に使いこなせない」「設定がわからず放置されている」というケースも少なくありません。

一方で、若い世代の関心を引く環境づくりも課題です。
安定した収入構造やデジタル技術の学習機会が整えば、“スマート漁業を前提とした新しい担い手”を育てることができます。
現場のデジタル化を支えるのは、最先端のAI技術ではなく、人が変化に対応できる教育の仕組みです。

今後は、地域や漁協単位でのリスキリング(再教育)が欠かせません。
AIツールの活用方法を学び、漁場データを判断材料として使えるようになることが、真のスマート化への第一歩です。

💡 ポイント
  • 「技術を導入する人」よりも、「技術を活かす人」を育てる
  • 現場・行政・教育機関が連携し、AIリテラシー研修を体系化する
  • ベテランの経験知×AIの判断を融合させる仕組みを構築する

課題② 技術導入の壁|コスト・通信・現場運用の三重苦

スマート漁業を推進する上で、技術導入そのものが大きなハードルとなっています。
漁業用ドローン、AIカメラ、漁場予測システム、衛星データなど、導入すべきツールは多岐にわたりますが、初期コストの高さが最大の障壁です。

漁業はもともと季節変動や天候の影響を受けやすく、安定した収益が得にくい産業です。
そのため、AI機器やIoTシステムのような“高額投資を回収しにくい設備”は、個人漁業者にとって導入リスクが大きいのが現実です。
補助金を活用しても、維持費やメンテナンス費が継続的に発生し、「導入したが使われなくなった」というケースが後を絶ちません。

さらに、通信インフラの未整備も深刻です。
沿岸や沖合では通信網が不安定で、センサーやカメラからのデータをリアルタイムで送信できない場所も多い。
結果として、せっかくのAI予測システムも「データが更新されない」「機器が反応しない」など、現場では使い物にならない状態が発生しています。

そして見逃せないのが、運用設計の欠如です。
多くの現場では、導入が終わった時点で“プロジェクト完了”と見なされ、「誰がデータを見るのか」「いつ点検するのか」「異常時にどう判断するか」といった日常運用の仕組みが整備されていません。
つまり、技術を入れることに成功しても、使い続ける設計に失敗しているのです。

これを乗り越えるには、単に設備を導入するだけでなく、漁協・自治体・メーカーが連携して“運用を前提とした導入設計”を行うことが必要です。
操作教育やトラブル対応を行える人材を育てることで、初めて投資が成果に結びつきます。

💡 ポイント
  • 導入コストよりも、維持・運用を継続できる設計が重要
  • 通信環境の整備は「地域単位」での協働が鍵
  • 導入後の教育・伴走支援が、定着と成果の分かれ目

導入支援に活用できる補助金情報はこちら:
スマート漁業・スマート水産業の補助金2025|採択のコツと申請手順を徹底解説

課題③ データ連携・標準化の遅れ|“見える化”できない現場

スマート漁業の基盤となるのは、AIやIoT機器から得られるデータです。
漁場環境、海水温、魚群の動き、燃料消費量――。
これらの情報を統合・解析することで、最適な操業や資源管理が可能になります。

しかし現場では、データが分断されたままという課題が根強く残っています。
ベンダーごとにシステムやフォーマットが異なり、機器同士の連携が難しい。漁協・研究機関・行政・企業などの間でも、データ共有の仕組みやルールが統一されていないため、せっかく収集した情報が活用されないまま眠っているケースが少なくありません。

また、「どのデータを何のために使うのか」という目的設定があいまいなままでは、AIを導入しても成果を出せません。
たとえば漁獲量予測モデルを導入しても、データの入力精度がバラバラではAIが正しく学習できず、「結局使えない」と判断されてしまいます。

このような“データ活用の断絶”が続く理由は、技術面だけでなく、人材・制度・文化の問題にもあります。
現場でデータを扱える人が少なく、「入力する手間が増える」「何に使われるのか分からない」という不信感が浸透してしまうと、せっかくのデジタル化も長続きしません。

持続的なスマート漁業の実現には、次の3つが不可欠です。

  • データ形式の標準化:機器・地域を問わず統一された形式で蓄積
  • 共通プラットフォームの整備:関係者が安全に情報を共有できる環境
  • データリテラシー教育:現場が「数字で考える」文化を身につける

国や自治体でもデータ連携基盤の整備が進んでいますが、最終的にそのデータをどう活かすかは“現場の理解度”に左右されます。
つまり、AIを使いこなす人材を育てることこそが、データ利活用の前提なのです。

💡 ポイント
  • システム連携よりも「共通言語」としてのデータ標準化が重要
  • 現場の理解がなければ、AI活用は機能しない
  • データ教育と組織内のルール整備を同時に進める

スマート漁業の基礎や導入ステップを整理したい方はこちら:
スマート漁業(スマート水産業)とは?AI・IoTで進化する持続可能な漁業と導入ステップを解説

課題を乗り越える「人×技術×仕組み」モデルとは

スマート漁業の成功は、「導入」よりも「定着」にあります。
機器を入れるだけでは変わらず、現場が使い続け、改善を重ねる仕組みがあって初めて効果が出ます。
そのために必要なのが、「人×技術×仕組み」の三位一体モデルです。

① 人:AIを活かせる現場人材を育てる

どんなに優れた技術を導入しても、それを理解し活用できる人材がいなければ成果は出ません。
現場でデータを読む力、AIの出力を判断に活かす力が求められます。
若手だけでなく、ベテラン漁業者も「AIを自分たちの仕事の延長線上で使いこなす」スキルが必要です。
こうしたAIリテラシー研修や操作トレーニングを通じて、現場に“使いこなす文化”を根づかせることが重要です。

② 技術:現場と一体化した導入設計

スマート漁業の技術は、単に新しいツールではなく、業務プロセスそのものを変える技術です。
現場に合わせた導入設計を行い、操作性やデータフローを“使う人の動線”に合わせることがポイント。
たとえば、漁協単位でセンサーを共用したり、AIカメラのデータを複数漁場で共有するなど、共同運用型モデルを採用すれば負担を軽減できます。
重要なのは「導入ありき」ではなく、「運用できる形で導入する」視点です。

③ 仕組み:継続的に改善する運用体制

一度導入しただけでは、技術も人もすぐに陳腐化します。
ログ監査・定期レビュー・再教育など、“使いながら育てる”仕組みをつくることで、現場にノウハウが蓄積され、トラブルへの対応力も高まります。
この“改善型の運用”を支えるのが、教育と仕組みの両輪です。
AIを「現場の仲間」として活かせる組織文化を育てることが、持続的な成果につながります。

補助金だけに頼らない“持続的スマート化”の考え方

スマート漁業を導入する際、国や自治体の補助金は大きな支援となります。
高額な機器やAIシステムを導入するための資金を確保できる点で、現場にとって心強い制度です。
しかし、補助金はあくまで「導入のスタートライン」にすぎません。
制度を活用して機器を導入しても、運用・教育・改善の仕組みが整わなければ、数年後には使われなくなるケースも多く見られます。

“導入して終わり”ではなく、定着させて成果を出し続ける力こそが本当の競争力です。
そのためには、次の3つの視点を持つことが欠かせません。

  1. 補助金=「初期導入支援」と捉える
    → 投資のきっかけに留め、長期的な運用コストを見据えた計画を立てる。
  2. 教育・人材育成への再投資
    → 補助金で導入した技術を使いこなせる人材を育てるための研修・教育をセットで考える。
  3. データと運用ノウハウの内製化
    → 外部ベンダー任せにせず、自組織で改善・更新できる体制を整える。

こうしたサイクルを回すことで、技術が単なるツールではなく、現場に根づいた仕組みとして機能します。
実際、成功している漁協や地域では、補助金で導入した機器を教育と運用の両輪で活かし、“技術の定着”を仕組み化しています。

💡 ポイント
  • 補助金は「導入の入口」であり、「定着の出口」ではない
  • 成果を継続するには、人材・教育・データの運用体制をセットで構築
  • 「技術をどう使うか」の文化づくりが、補助金活用を成功に導くカギ

まとめ|スマート漁業の未来をひらく鍵は「教育と仕組み」

スマート漁業は、AIやIoTを導入すれば自然に成果が出るものではありません。
導入が進まない本質的な理由は、人材・技術・データが分断されたままになっていることにあります。

高齢化による担い手不足、通信環境やコストの壁、データの標準化が進まない現状――。
これらはどれも“現場の理解と仕組み”が追いついていないことの表れです。
言い換えれば、スマート漁業の課題は「技術の問題」ではなく「運用と教育の問題」です。

だからこそ、今求められているのは「人×技術×仕組み」の三位一体による運用体制づくり。
AIを正しく理解し、日々の判断や改善に活かせる人材を育て、組織として学び続ける文化を築くことで、初めてスマート漁業は“定着”します。

AI経営総合研究所では、こうした課題に取り組む企業・自治体・漁協の皆さまに向けて、生成AIを活用した実践的な人材育成プログラムを提供しています。
「導入して終わり」ではなく、「使い続けて成果を出す」ための研修体系です。

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スマート漁業の課題に関するよくある質問(FAQ)

Q
スマート漁業とスマート養殖の違いは?
A

スマート漁業は、漁船や漁場などの操業現場の効率化・省人化を目的とした取り組みです。
一方、スマート養殖は養殖池や施設内の水温・給餌量などをセンサーで管理し、育成環境を最適化する技術を指します。
どちらもAIやIoTを活用しますが、対象が「漁場」か「養殖場」かで大きく異なります。

関連記事:スマート漁業(スマート水産業)とは?AI・IoTで進化する持続可能な漁業と導入ステップを解説

Q
スマート漁業が導入しにくい主な理由は?
A

最大の理由は、高齢化と人材不足によって技術を使いこなせないこと。
加えて、初期導入費用の高さや通信環境の不備、データ連携の難しさなどが重なり、運用が継続しにくい構造になっています。
技術面よりも「教育・運用・組織文化」の整備が遅れていることが根本原因です。

Q
スマート漁業の導入にはどのような補助金が使えますか?
A

水産庁や自治体が実施する「スマート水産業推進事業」などの補助金制度が代表的です。
機器導入やAI解析システムの整備費が対象となり、個人・漁協・企業など幅広い主体が申請可能です。
ただし、申請には事業計画や実施体制の明確化が求められるため、早期準備が重要です。

詳しくはこちら:スマート漁業・スマート水産業の補助金2025|採択のコツと申請手順を徹底解説

Q
AIを使ったスマート漁業では、どのようなことが可能になりますか?
A

AIによって、海水温や潮流、魚群探知データなどを解析し、漁獲予測や操業判断の最適化が可能になります。
また、AIカメラやドローンを活用して、水産資源のモニタリングや漁具の自動制御なども進んでいます。
これにより、経験や勘に頼らない科学的な操業管理が実現します。

Q
AI研修や人材育成は現場の漁業者にも役立ちますか?
A

はい。AI研修はエンジニア向けだけでなく、漁協・現場担当者・経営層にも有効です。
AIを「難しい技術」としてではなく、「日々の判断を支える道具」として理解できるようになります。
現場の課題を言語化し、AI活用を“自分たちの業務設計”に落とし込む力が身につきます。

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