ROIC経営とは？企業価値を高める実践ステップと改善ポイントをわかりやすく解説

企業価値を高める方法として、近年あらためて注目されているのが「ROIC（投下資本利益率）」を軸にした経営です。利益率だけでなく、在庫や設備など“資本の使い方”まで含めて事業の強さを測れるため、多くの企業がROICを指標にした経営改革を進め始めています。ただ、実際には「計算式は理解しているが、改善のどこから着手すべきかわからない」「現場のKPIと結びつかず定着しない」といった課題も少なくありません。

本記事では、ROICの基礎から、改善レバーの見つけ方、失敗しやすい理由、導入ステップ、そしてAIによる可視化まで、実務で使える形に整理します。読み終える頃には、自社のROICをどのように改善し、企業価値向上につなげていくかの“具体的なロードマップ”が描けるようになります。

ROICとは何か？投下資本利益率が経営で重要視される理由

ROIC（Return on Invested Capital／投下資本利益率）は、企業が投下した資本をどれだけ効率よく利益に変えているかを示す指標です。計算式は「ROIC＝NOPAT（税引後営業利益）÷投下資本」。営業活動から生み出した利益を、どれだけの資本で実現したのかを測定するもので、事業の“稼ぐ力”を評価する軸として広く使われています。

この指標が近年とくに注目されている背景には、企業価値の考え方が変化していることがあります。株価やPBRが伸び悩む企業では、「資本をどの程度効率的に使えているか」が重要な判断材料となり、投資家はROICを重視する傾向を強めています。利益だけでは把握できない“資本効率”を示すため、事業評価の精度が大きく高まる点が大きな特徴です。

また、ROICは経営の意思決定に直結する指標でもあり、価格戦略・コスト構造・在庫管理・設備投資など、PLとBSの両面に関わる改善ポイントを可視化できます。単なる財務指標ではなく、事業運営そのものの質を左右する“経営の羅針盤”として機能するため、多くの企業が導入の検討を進めています。

ROICを構成する2つの要素を分解する：どこを改善すべきかが見える

ROICは「利益をどれだけ生み出しているか」と「資本をどれだけ効率的に使っているか」の二つで決まります。この構造を理解しておくと、自社のどの領域に改善余地があるのかが具体的に見えてきます。

1｜利益側（NOPAT）を改善するレバー

NOPATは本業の稼ぐ力を示す数字で、以下のような改善ポイントがあります。

価格・数量戦略の見直し

売上を生む“根本の要因”であり、提供価値や競争環境に応じて適正な価格設定ができているかが重要です。量を増やす施策だけでなく、顧客単価を高めるアプローチも効果的です。

商品・サービスミックスの最適化

利益率の高い商品やサービスの比率を高めるだけで、ROICは大きく改善します。どの領域に集中すべきかを判断する材料として、ROICは非常に有効です。

コスト構造の改善

単純な削減ではなく、固定費・変動費の配分を見直し、利益率を押し上げるための構造改善が求められます。

生産性向上・プロセス効率化

同じ資源でより多くの成果を生み出す仕組みに変えると、NOPATが底上げされます。現場の働き方や業務プロセスの見直しが鍵になります。

2｜資本側（投下資本）を改善するレバー

ROICのもう一つの要素が「投下資本」。資産が過剰であるほど資本効率は落ちていきます。

在庫の最適化

過剰在庫は投下資本を大きく押し上げ、ROICを押し下げます。需要予測やリードタイムの改善によって、在庫を必要最小限に整えることが重要です。

売掛金・買掛金の管理

回収サイトや支払条件の見直しによって資金の滞留を防ぐと、投下資本を抑えられます。運転資本の管理は最も即効性のある改善ポイントです。

設備・投資の妥当性評価

投資効果が薄い設備が残っていると資本が寝たままになり、ROICが低下します。更新のタイミング、投資目的、回収計画を明確にする必要があります。

ノンコア資産の整理

本業に貢献しない資産が多いと、投下資本が膨らみ効率が下がります。保有目的が曖昧な資産は見直しが必要です。

利益と資本の両面から改善レバーを把握しておくと、「どこを改善すればROICが動くのか」が明確になります。この視点が次の ROICツリーによる可視化 に深くつながっていきます。

ROICツリーで改善ポイントを特定する：部門別KPIへの落とし込み

ROICを実務で活用するうえで欠かせないのが「ROICツリー」です。
ROICを利益率と資本回転率に分解し、その下に営業活動や投資活動に関わる要素を整理していくと、どの領域を改善すれば効果が大きいのかが明確になります。

ROICツリーを使うメリットは、“財務指標を現場の行動に翻訳できる” 点です。ただROICを追うのではなく、部門ごとに改善すべきポイントがはっきりするため、KPI設計や日々の業務改善にも直結します。

1｜ROICツリーの基本構造

ROICは大きく分けると次の2つで構成されます。

• NOPAT（利益率）：本業でどれだけ稼げたか
  
• 投下資本回転率：その利益をどれだけ効率的に生み出したか

これらをさらに細分化すると、営業利益率、売上高、在庫回転率、売掛金回転率、固定資産効率など、改善余地のあるポイントが立体的に見えるようになります。

2｜ROICツリーを使うと「改善の優先順位」がわかる

ROICツリーに各データを当てはめると、改善効果の大きい領域を素早く特定できます。

• 利益率が低いのか？
  
• 在庫が過剰なのか？
  
• 投資資産が重くなっているのか？
  
• 売上の質に問題があるのか？

こうした問いに対して、数字の“どこがボトルネックなのか”が自然と浮かび上がり、投資判断や改善施策の優先順位をつけやすくなります。

3｜部門別KPIに落とし込むことで現場が動く

ROICを機能させるには、経営企画だけで完結させるのではなく、
営業・購買・生産・マーケティングなどの部門が「自分ごと」で捉えられるKPIに落とすことが重要 です。

例

• 営業 → 受注単価・返品率・回収リードタイム
  
• 生産 → 設備稼働率・仕掛品回転日数
  
• 購買 → 調達コスト・在庫回転日数
  
• マーケティング → 粗利改善につながる顧客ポートフォリオ

ROICツリーがあると、こうしたKPIが“どの数値を改善するとROICがどれだけ動くか”まで明確になるため、全社で同じ方向に動く状態がつくれます。

4｜AIを組み込むとROICツリーの活用がさらに進む

• ROICツリー上のボトルネック自動抽出
  
• 利益率・回転率に寄与する要素を自動分析
  
• 改善案の候補生成
  
• ダッシュボードへの自動反映

といった「意思決定を支援する仕組み」をごく短時間で整備でき、アナリスト業務の効率が飛躍的に高まります。

ROIC経営を実践するための導入ステップ

ROICは計算式そのものはシンプルでも、「測る→改善する→定着させる」という一連の仕組みを整えなければ機能しません。多くの企業がつまずくのも、指標導入だけで終わり、現場の行動につながらない点にあります。ここでは、ROICを“経営の中心指標”として実務レベルで運用するための具体的なステップを整理します。

ステップ1｜必要データの棚卸しと“測れる環境”の構築

ROIC経営は 正確なデータがそろっていること が前提です。まずは、以下のデータが取得・更新できる状態かを確認します。

最低限必要な利益側（NOPAT）のデータ

• 営業利益の正確な内訳
  
• 税率・税効果
  
• 粗利率・販管費率
  
• 商品／顧客別の収益構造
  
• ミックス変動による利益率の変化

最低限必要な資本側（投下資本）のデータ

• 在庫（製品・仕掛・原材料）の回転日数
  
• 売掛金／買掛金の回収・支払条件
  
• 固定資産の帳簿価額・稼働率
  
• 投資判断の回収計画（ROI など）

この段階が最もつまずきやすく、データが部門ごとに散在している企業も多い。
“データを集める仕組みを整える”ことが、ROIC経営の実質的なスタートラインです。

必要に応じて

• データ統合のルール設定
  
• ダッシュボード化の準備
  
• 定義の共通化（例：在庫の持ち方・償却の扱い）

などを進めます。

ステップ2｜ROICツリーをつくり、部門KPIに“翻訳”する

ROICの改善に必要なのは、財務指標を現場の行動に変換できるかどうかです。
このステップで行うのは以下の2つ。

① ROICツリーで改善構造を“見える化”する

ROICを「利益率 × 資本回転率」に分解し、その下に次の要素を展開します。

• 営業利益率
  
• 売上高
  
• 在庫回転率
  
• 売掛金回転率
  
• 固定資産効率
  

ツリー化すると、どの要因がボトルネックか、どこに改善余地があるかが一目でわかります。

② 部門ごとの“KPI体系”に翻訳する（最重要）

ROICが動くポイントを、現場の“KPI”として落とし込むことで初めて組織が動きます。

営業部門

• 受注単価
  
• 顧客ポートフォリオ
  
• 回収リードタイム
  

生産部門

• 稼働率
  
• 歩留まり
  
• 仕掛品回転
  

購買部門

• 調達単価
  
• 在庫回転日数
  

経理・財務部門

• 固定資産の棚卸し
  
• 回収状況の可視化

管理会計の数字が「自分たちの行動とどうつながるのか」を理解できる状態をつくることが、ROIC経営の“肝”になります。

ステップ3｜ダッシュボードで“因果”を見える化し、改善サイクルに組み込む

ROIC経営が形骸化する最大の理由は、“数字を見るだけで終わる”ことです。
大切なのは、毎月の変動を見ながら 原因と結果のつながりを掘り下げる習慣 を作ること。

ダッシュボード化により、

• ROICの月次推移
  
• 利益率・回転率の変動
  
• 在庫の滞留
  
• 顧客別収益性
  
• 投資前後の効果

などをリアルタイムで追跡できます。

AIを加えると“自動で課題が浮かぶ”状態になる

AIを組み合わせれば、

• ボトルネックの自動抽出
  
• 要因の寄与度分析
  
• 改善案の候補提示
  
• レポートの自動化

まで短時間で実施できます。
財務アナリストの高度な分析を“仕組み化”できる点が大きな強みです。

ステップ4｜改善PDCAを回す会議体と評価制度を整える

どれだけ指標やダッシュボードが整っても、改善を決める場がなければROICは動きません。

成功している企業は、以下の仕組みを整えています。

改善サイクルを回す会議体

• 週次：主要KPIの速報確認
  
• 月次：ROICツリーでの要因分析
  
• 四半期：投資判断・資源配分の見直し

評価制度を“ROICとリンク”させる

• ROIC改善に寄与した取り組みを評価項目に入れる
  
• 在庫管理・回収リードタイムなど、現場のKPIを評価基準に組み込む
  
• 投資案件の承認にROIC指標を必ず使用する

この仕組みが整っている企業ほど、現場が自律的に改善し続け、ROICが継続的に向上します。

ROIC経営を成功させている企業の共通点

ROIC経営に取り組む企業は増えていますが、実際に成果につなげている企業にはいくつかの共通点があります。単に指標を導入しただけでは動かず、組織や意思決定の仕組みまで含めて整えている点が特徴です。ここでは、具体名は避けつつ、再現可能な形で成功企業のエッセンスを整理します。

1｜コスト削減ではなく“資源の再配置”に目を向けている

ROICを改善する方法はコスト削減だけではありません。
成功企業ほど、利益率や回転率を引き上げるために 資源の使い方を戦略レベルで見直しています。

• 低収益の事業・商品の整理
  
• 高い収益性が見込める領域への集中投資
  
• 顧客ポートフォリオの再設計

こうした判断ができるのは、ROICを単なる数値ではなく “投資配分の判断軸” として使っているためです。

2｜現場の行動がROICにつながる構造をつくっている

成功パターンで最も重要なのはここ。
多くの企業がROICの理解を経営企画や管理部門に閉じてしまいがちですが、成果を出す企業は現場の行動とROICの因果関係を明確に示しています。

例

• 在庫削減 → 投下資本の圧縮 → 回転率改善
  
• 単価向上 → 粗利改善 → NOPAT向上
  
• 回収期間短縮 → 運転資本削減 → ROIC改善

現場が「自分の行動がROICにどう効くか」を理解できる状態をつくることで、組織全体が同じ方向を向いて動きます。

3｜数字の“見える化”に投資している

ROIC改善には、PLだけでなく運転資本や設備、稼働率など、複数のデータを把握する必要があります。

成功企業は、

• 部門横断のデータ統合
  
• ダッシュボードによる可視化
  
• 改善因子のモニタリング

といった仕組みを整え、数字を判断の起点にしています。

感覚や属人性に頼らず、数字を元にした議論ができる環境が整っている点が共通しています。

4｜ROICを意思決定の“基準”として日常的に使っている

成功企業は次のような場面でROICを参照しています。

• 新規投資の可否判断
  
• 事業ポートフォリオの見直し
  
• 経費削減施策の優先順位
  
• 設備更新のタイミング
  
• 新規プロダクト・サービスのROI評価

ROICを“財務指標”として扱うのではなく、日々の意思決定を支える判断基準 として使っている点が成功の大きな要因です。

5｜改善活動が組織文化として根づいている

ROICは短期的に大きく改善するものではありません。
成功している企業では、月次のレビューサイクルや改善会議を習慣化し、継続的な改善を組織文化として位置づけています。

• 現状のROIC
  
• 改善の因子
  
• 次のアクション

これらを繰り返し議論することで、時間をかけて大きな成果を積み重ねています。

ROIC経営は“データ経営”で初めて機能する｜最低限そろえるべきデータ一覧

ROIC経営は、単に指標を導入するだけでは機能しません。
本当に成果につなげるには、PL・BSに加えて“現場のデータ”まで横断的に扱える状態が不可欠です。実際、多くの企業がROIC経営をうまく運用できない背景には、必要なデータがそろっていない・更新されない・部門ごとに分断されている という構造的な課題があります。

ここでは、ROICを継続的に改善するために最低限必要になるデータを整理します。

1｜利益側（NOPAT）に必要なデータ

ROIC改善の出発点となるのが利益率。
その分析には、次のようなデータが必須となります。

• 営業利益・営業外費用の正確な内訳
  
• 税率およびNOPAT計算に必要な税効果
  
• 粗利率・販管費率・固定費の構造
  
• 商品／サービス別の収益性データ
  
• 顧客別・チャネル別の利益貢献度
  
• 価格改定の影響分析
  
• ミックス効果（製品・得意先構成の変化）

これらが整っていると、「どの領域が利益率のボトルネックになっているのか」が明確に把握できます。

2｜投下資本（在庫・売掛金・設備など）に必要なデータ

ROICのもう一つの重要な構成要素が投下資本です。
運転資本や設備投資のデータが不足していると、資本効率の改善ができません。

必要なデータは以下のとおりです。

●在庫関連

• 在庫回転日数（仕掛・原材料・製品別）
  
• 滞留在庫の量
  
• 需要予測と在庫の乖離
  

●売掛金・買掛金

• 回収リードタイム
  
• 支払条件の実態
  
• 取引先ごとの資金負担構造

●設備・投資資産

• 固定資産の帳簿価額・稼働状況
  
• 減価償却負担の推移
  
• 設備別の収益性
  
• 投資判断の回収計画（ROI・IRRなど）

この領域のデータが曖昧だと、ROICが改善しない理由がつかめず、議論が属人的になります。

3｜ROIC改善を継続するための“時系列データ”

単月のROICだけ見ても判断はできません。
トレンドを把握しないと、改善が一時的なのか構造的なのかが見えなくなってしまいます。

必要な時系列データ例：

• 月次のROIC推移
  
• 利益率・回転率の変化
  
• 部門別KPIの時系列
  
• 投資前後のROIC差分
  
• 顧客や製品の収益性の推移

これらをセットで管理してはじめて、“改善の因果”を追える状態になります。

4｜データを一元化できる環境がROIC経営の前提になる

ROICに関わるデータは、総務、経理、営業、生産、購買など、多くの部門に分散しています。
成功している企業は、これらを一元管理し、同じ定義で扱える環境を整えています。

• 統合データベース
  
• ダッシュボード化
  
• 自動更新の仕組み
  
• 権限に応じた閲覧レベルの設定

こうした仕組みが整うことで、ROIC改善の議論が日常的にできるようになります。

5｜AI活用が“データ経営”とROICをつなぐカギになる

AIは、

• データの整備
  
• 指標の計算
  
• 関連性の抽出
  
• 改善案の生成
  
• レポートの自動化

といった部分をまとめて支援するため、データ整備に悩みがちな企業にとって、ROIC経営を軌道に乗せる実質的な解決策となります。

まとめ｜ROIC経営は“仕組み化”で成果が変わる

ROICは、企業がどれだけ効率よく資本を使い、利益を生み出しているかを測る重要な指標です。利益率と資本回転率という二つの視点を同時に捉えることで、事業の強みや改善すべき領域がはっきりし、投資判断や組織全体の方向性が揃いやすくなります。

ただし、仕組みとして整っていなければ、ROICは“ただの数値”にとどまり、現場の行動につながりません。データの整備、KPIの翻訳、改善サイクルの運用、そして日々の意思決定に組み込む仕組みがあってはじめて、本来の効果が発揮されます。ここに生成AIを組み合わせると、要因分析やレポート作成が自動化され、改善の判断スピードやPDCAの回転が大きく変わります。

ROICを中心に据えた経営は、短期的な効率化ではなく、中長期の企業価値を高めるための強力なフレームワークです。「何から始めればいいかわからない」「データが整わない」「改善が定着しない」と感じる場合は、外部の知見を取り入れながら、まずは仕組みづくりから進めてみてください。
より具体的な進め方を知りたい方は、ROIC経営を可視化し、改善サイクルを定着させるためのAI活用研修をご覧いただくと、最適な一歩が明確になります。

FAQ｜ROIC経営に関してよくある質問