時計、電卓、楽器など幅広い製品を世界に送り出してきたカシオ計算機株式会社。
同社は2023年より生成AIの本格的な活用に踏み出し、「安全性」「倫理」「実用性」の3つを軸に全社的な変革を進めています。
AIをどのように取り入れ、今後どう活用範囲を広げていくのか。カシオの事例からは、これまで真摯にものづくりに挑んできた同社だからこその堅実さと挑戦心が伺えました。
本記事では、デジタルイノベーション本部サービス開発部部長の笹沢氏に伺ったAI導入の現状と課題、全社基盤整備とガバナンス、そして「G-SHOCK」をはじめとする自社製品におけるAI活用の考え方をご紹介します。

カシオ計算機株式会社
デジタルイノベーション本部
サービス開発部 部長
新卒でITベンダーに入社し、通販サイトや販売管理システムなど幅広い開発を経験。2016年にカシオ計算機へ入社し、マーケティング基盤の構築に携わり、グローバル共通化を推進。2025年よりサービス開発部部長として、クラウド・AI活用や共通基盤、社内外向けのサービス基盤の構築をリードし、カシオのDXを推進。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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社内AI活用のはじまり──ChatGPTの台頭がもたらした危機感
カシオがAI活用を強く意識し始めたのは、2023年の上半期です。ChatGPTの登場をきっかけに、「今後は会社でも使っていかないとまずいのでは」という雰囲気が社内に広まり、同年下半期には社内のAIチャット基盤の開発が始まりました。
もともと同社では、製品の販売予測や画像識別にAIをPoCとして試行していましたが、そこからさらに一歩踏み出すべく、R&D部門とデジタルイノベーション本部が連携して基盤化に着手していきました。
まずは関係者からPoCを始め、「どうすれば便利で安全に使えるか」を中心に設計を進めました。

「PoC自体はR&D部門が元々作っていたプロトタイプを移植するという形で、わりとスムーズに構築できたと思います。一方、ガイドラインの作成には苦労しました」

倫理とルールを先に整える──“安心して使えるAI”へのこだわり
カシオはAI活用の基盤づくりと並行して、ガバナンス体制を早期に整えました。
2023年には社内の横断組織「AIガバナンス委員会」を立ち上げ、法務部と連携して「人間の尊厳や多様性を尊重」「開発や利活用においては透明性を重視」といったAI倫理規定を策定しました。
また、生成AIによる出力を鵜呑みにせず、必ず人間がレビューを行うといったガイドラインを整えたことも同社の特徴です。

「我々開発側は“どんどん使っていきたい”という気持ちがありますが、ガバナンスの観点ではリスクをしっかりと見極める必要があります。たとえば、生成AI画像をそのまま社外向け資料に使うと、やっぱり何かしらのリスクやトラブルが発生する可能性がありますよね。人間によるレビューをどこまで入れるかという線引きには非常に気を使いました」
AIの本格導入と同時に“どう運用するか”という明確なルールを設けたことが、同社の安定した社内浸透につながっています。
社内定着と社員の意識変化──AIを仕事の相棒に
現在、カシオでは全社員が利用可能な社内AIチャット「CASIO AI CHAT」を運用しています。

チャットの利用率や社内アンケートの結果から業務効率化への寄与が確認され、多くの部署で定着が進んでいることがわかりました。
CASIO AI CHATは文章作成や要約、翻訳、アイディア出しなど幅広い業務に用いられていますが、中でも多く利用されているのはプログラミングのサポートです。
同社ではプログラムの自動生成が可能なGitHub Copilotを導入していますが、コーディング業務においても社内基盤であるCASIO AI CHATを活用する社員が多いといいます。
また、カスタマーサポートのようなフロント業務でも活用が広がり、AIは仕事の相棒という捉え方が浸透しつつあります。
年齢や性別による活用の傾向はほとんどなく、「AIで自分の仕事のスピードやクオリティを上げたい」と考える感度の高い人が中心となって積極的に利用している状況です。
マーケティング領域への展開──AIと人が共創する新たな発信基盤
カシオの生成AI活用は前述の事例に留まりません。マーケティング領域においては、今まさに利用の拡大期を迎えています。
現在は、お客様向けショッピングサイトにおける「レコメンドの最適化」を進めており、外部のソリューションを活用してユーザーの行動履歴や属性データをもとにAIが自動で商品をレコメンドする仕組みを導入しています。
さらに、マーケティング担当者の間ではCASIO AI CHATを活用したコンテンツ作成やアイディア出しも進み、記事やキャッチコピーの下書き作成では作業効率が大きく向上しています。
一方で、「すべてをAI任せにしない」という姿勢も徹底されており、最終確認や表現の調整は人が担う運用体制を整えています。
人が担う価値の再定義──AI時代に残る「対面の温かさ」
カシオはコンシューマー向け製品を数多く手がけているため、修理対応や店舗での接客など、人の温かみを求められる場面が少なくありません。

「チャットでパパッとやりとりしてすぐに購入したり修理したりすることを望む方もいれば、そうでないお客様もいらっしゃると思うんですよね。丁寧にコミュニケーションを取ることは、うちの製品を好きになってもらうキッカケにもなりえます。あくまでも私個人の考えですが、お客接点という意味でも対面での接客やサポートは残るのではないでしょうか」

今後の展望──AIで広がる“人に寄り添うものづくり”
カシオは現在、グローバル市場でのマーケティングデータ統合を進めています。4〜5年かけてECプラットフォームを統一し、データ連携基盤を整備しました。
そして現在は世界中のファンとつながるコミュニティづくりを進めております。今後は、顧客の趣味嗜好や製品への関心をより深く理解し、これらをAIが解析し、将来的にはお客様一人ひとりに最適な情報を自動配信する仕組みを目指しています。
さらに、新規事業領域ではAI技術を取り入れた製品開発が加速しています。代表的なのが、AIペットロボット「Moflin(モフリン)」です。2024年11月に販売を開始したMoflinは、感情表現を学習し、人々に癒しを与えるAIロボットとして国内外で注目を集めています。
また、G-SHOCKの新モデル「GMW-BZ5000」では、開発工程に生成AIを導入。過去の膨大な試験データを解析し、耐衝撃構造の最適化を実現しました。

こうした製品群は、単に便利さや効率を追求するものではなく、AIを通じて人の感性や創造性を広げていく存在として位置づけられています。
同社は、テクノロジーの進化を人の豊かさにつなげるという理念のもと、AI時代においても“人に寄り添うものづくり”を続けています。

カシオの事例から学ぶ「真似すべき」5つのポイント
- まずは基盤整備から始める
安全に使える環境を整え、社員が自発的に活用できる状態を作り出した。 - ガバナンスと技術開発を同時に進める
AI倫理規定を明文化し、法務部と連携しながら“安全な活用文化”を根づかせた。 - AIを“共に考える存在”として位置づける
置き換えではなく支援役。AIと人が協働することで業務の質を高めている。 - “小さな成功”を積み重ねる
レコメンドの最適化やコンテンツ生成など、実務レベルの活用から成果を蓄積している。 - AI活用を製品価値へつなげる
AIを製品づくりそのものに組み込み、新たなブランド価値を生み出している。
基盤整備・倫理規定・文化醸成・製品開発という多層的な視点で進めるカシオのAI活用は、極めて戦略的といえるでしょう。
「AIは人を補完する存在であり、判断の主役は人間である」。その明確な哲学があるからこそ、カシオは堅実でありながらも、確実に次のステージへ進もうとしています。
AIを単なる効率化の手段としてではなく、価値創造の源泉として捉える──そこに、カシオ流AI活用の本質があります。
カシオの事例が示すのは、生成AIの活用を成功させるには“安全に使える仕組みづくり”と“社員が自発的に使いこなす文化づくり”の両立が欠かせないということです。
しかし、実際に自社で取り入れようとすると、
「どこから整備を始めればいいのか?」
「ルールと実践のバランスをどう取るか?」
「全社にどうやって浸透させるか?」
といった課題に直面する企業が少なくありません。
私たちSHIFT AIは、こうした「導入はしたものの定着しない」「社員がうまく使いこなせない」といった課題の解決を得意としています。
ガバナンス整備や活用ルールの設計、社員の意識を変える研修支援、AI活用効果を可視化する仕組みづくりまで、AIを“文化として根づかせる”ためのプロセスをトータルで支援します。
「安全に使える環境を整えたい」「社員の活用をもっと広げたい」──そんな課題をお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちSHIFT AIの支援内容をご覧ください。
法人向け支援サービス
「生成AIを導入したけど、現場が活用できていない」「ルールや教育体制が整っていない」
SHIFT AIでは、そんな課題に応える支援サービス「SHIFT AI for Biz」を展開しています。
AI顧問
活用に向けて、業務棚卸しやPoC設計などを柔軟に支援。社内にノウハウがない場合でも安心して進められます。
- AI導入戦略の伴走
- 業務棚卸し&ユースケースの整理
- ツール選定と使い方支援
AI経営研究会
経営層・リーダー層が集うワークショップ型コミュニティ。AI経営の実践知を共有し、他社事例を学べます。
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- トップリーダー交流
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AI活用推進
現場で活かせる生成AI人材の育成に特化した研修パッケージ。eラーニングとワークショップで定着を支援します。
- 業務直結型ワーク
- eラーニング+集合研修
- カスタマイズ対応
本メディアでは、企業の生成AI活用に関するリアルな取り組みを取材しています。
また、社内での挑戦や工夫を共有することで、業界内での認知や採用・ブランディングにもつながります。
成功事例だけでなく、途中段階の取り組みや試行錯誤も大歓迎です。
※取材・掲載に費用は一切かかりません。
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