リンクアンドモチベーションは、従業員エンゲージメント市場のベンダー別売上金額およびシェア9年連続No.1(※)を誇る「モチベーションクラウド」を軸に、組織変革コンサルティングを展開する企業です。

「私たちは モチベーションエンジニアリングによって 組織と個人に変革の機会を提供し意味のあふれる社会を実現する」というミッションのもと、企業の組織課題に向き合い続けてきました。

その同社が今、自社の生成AI活用において際立った成果を上げています。

コンサル・クラウド事業の全社員515名が日常的にAIを活用し、年間71,000時間の業務時間削減と数千万円規模の外注コスト回避を実現。しかし変革を牽引する柴戸純也氏は「活用率はもう追っていない」と語ります。

効率化の先にある、本当の変革とは何か。組織変革のプロフェッショナルが自らの組織で実践した、AI時代の新しい組織論を伺いました。

※出典:ITR「ITR Market View:ワークプレイス最適化市場2025」従業員エンゲージメント市場 ベンダー別売上金額シェア(2017〜2025年度予測)https://www.lmi.ne.jp/news/release/detail.php?id=1001

柴戸 純也氏

株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員 CTO

2000年にIT業界に入り、フリーランスを経て2社で執行役員を歴任。うち1社は上場まで導く。2018年、リンクアンドモチベーションがソフトウェア組織を立ち上げるタイミングで、1人目のエンジニア社員として入社。現在はプロダクト開発、社内外のDX推進、エンジニア採用を統括する。

※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。



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経営判断ではなく「確信と実感」から始まった

リンクアンドモチベーションの生成AI活用は、経営判断から始まったわけではありません。

2022年11月、ChatGPTが公開された直後から、柴戸氏は個人的に使い始めました。部署も作らず、予算もつけず、自らの判断で興味のある社員数人と試行錯誤を重ねたといいます。

柴戸氏

「よく聞かれるんですが、経営課題に格上げすべきだと上申したわけではありません。先に触って、チームでPoC(試作と検証)を繰り返して、成果が見え始めて初めて報告しました。順番としては、経営判断ではなく、個人とチームの『確信と実感』から始まりました」

様子見に回れば遅くなる──その感覚は、過去にインターネット、スマートフォン、クラウドの波を見てきた経験に裏打ちされたものでした。

とはいえ、あらゆる新技術に手を出すわけではありません。VR(仮想現実)には手を出さなかった柴戸氏が生成AIの活用を選んだ理由は、自社事業との「相性の良さ」でした。その理由を3つ挙げています。

1つ目は、コンサルタントの暗黙知をソフトウェアに組み込めるようになったこと。 経験に基づく微妙な調整など、これまで実装が難しかった領域に生成AIなら手が届くといいます。

2つ目は、納得感の醸成という領域にアプローチできるようになったこと。 相手のコンテキストに合わせた言葉選びやストーリーができます。そのため、正しい答えを出しつつ相手に納得して動いてもらえるようになったといいます。

3つ目は、複雑なコンテキストから予兆検知できること。組織の問題が起きてから対処するのではなく、AIが予兆の段階で検知し、先回りして改善できる。これは同社がずっと目指してきた姿だといいます。

柴戸氏

「問題が起きてから直すのではなく、予防医学のように先回りする。僕たちがずっとやりたかったことでした」

AIが単なる「効率化の道具」ではなく、「組織の動きを根本的に変える土台なる技術だと確信したからこそ、自らの判断で動き始めたのです。

AI活用率の落とし穴。「人間が楽になる」から「AIが動く」へ

試行錯誤を経て、効率化の成果はすぐに出ました。しかし、ここで柴戸氏は想定外の壁にぶつかります。

柴戸氏

「効率化は2023年に始めてすぐに成果が現れました。すごいじゃないかと思ったのですが、3ヶ月後に現場に聞いたら、『浮いた時間で、ゆっくりご飯が食べられるようになった』と言われたのです。効率化は進んでも、組織のアウトプットは何も変わっていませんでした」

浮いた時間は、次の価値創出には向かわず、自然と別の業務に吸収されていったのです。

他にも問題がありました。例えば「毎日上司に送る報告メールをAIで自動作成しよう」と考えたとします。

しかし結局、人間が確認して送信ボタンを押すという作業は残ったまま。自動化したことで通知の数だけが増え、むしろ確認作業のボトルネックになってしまったのです。

柴戸氏はここに根本的な問題を見出します。「自動化しよう」と考える時、人間はつい「自分の作業を楽にする」ところまでしか発想が及ばない

「自分がその業務からまるごといなくなる」という発想には至らないのです。

柴戸氏

「個人が楽になることと、組織が楽になることは違う。本来AIを活用するにあたっては、AIがその報告を自動でやるには?とか、AIがこの報告をなくすためには?と、主語を人間からAIに変えなきゃいけない。でも、多くの場合主語は人間のまま。このままではまずいなと思いました」

この経験を経て、柴戸氏は「活用率」を追うことをやめます。ただし、活用率を追うのが無意味だったわけではありません。後述するように、試行錯誤の段階では活用率も重要な指標です。柴戸氏が問題視したのは、技術理解が進んだ後も活用率だけを追い続ける状態でした。

代わりに導入したのが「変革率」と「AI自走率」。どれだけ業務を置き換えたか、浮いた時間で役割がどれだけ変わったかを指標に据えました。

10倍の生産性で、10倍の価値を

活用率から変革率への転換。その根底にあるのは、「目的地を先に決める」という思想です。

柴戸氏

「結局いろんな会社を見て思ったのは、目的地がない場合にそうなりやすいということ。浮いた時間で何をしたいのか。例えば、浮いた人数を別の業務に配置換えする。新規プロジェクトに人を回す。空いた時間を、これまで手が回らなかった改善に使う。そもそも10倍の生産性にして人を減らしたいのか、10倍の売上にしたいのか。目的地を設定していないことが、最大の要因なのではないかと思いました」

「浮いた時間で何をしたいのか」という問いに対して、柴戸氏の答えは明確です。

柴戸氏

「10倍の生産性になって9人いらなくなるという考え方と、10倍の価値を届けるという考え方がある。僕たちは完全に後者です」

実際に同社が設定している「目的地」は具体的です。

  • 受注から納品までのリードタイムを3分の1にし、浮いた時間を新規顧客開拓チームに再配置する
  • 提案書作成を週15時間から3時間に短縮し、顧客と接する時間を2倍にする
  • 社内問い合わせ対応の80%をAIによる完全自動判断・実行にし、人間は残り20%の例外対応に集中する

こうして「浮いた時間が砂に撒いた水のように消えない状況」を先に作ってから、はじめて変革に着手するのです。

柴戸氏

「目的地が決まっている会社って、DXとは呼んでいないんですよ。新規事業開発やビジネスモデル刷新などと呼んでいる。DXと呼んでいる時点で、目的地のない変革になってしまっていると思います」

あの人ができるなら、もできる」。全社浸透を動かした伝染の設計

では、全社員515名のAI活用をどう実現したのか。柴戸氏は「まず大前提として、いきなり変革率にはしないこと」と語ります。

柴戸氏

試行錯誤するフェーズでは、活用率を追った方がいいと思います。目的を置きすぎると合理的になりすぎて、試行錯誤なんてしないことが正解になる。まず自分たちにとってこの技術で何ができるのかを発見、体感するのが先です」

ただし、技術で何ができるかわかった段階を過ぎても活用率だけを追い続けると、試作と検証を繰り返すだけで本格的な業務改革に踏み出せない状態に陥ってしまうといいます。

また、試行錯誤のフェーズを経て、いざ全社に広げようとしたとき、2つの壁が立ちはだかると言います。

1つは「いいものを作っていい雰囲気を出しても、なかなか使う人が広がらない」こと。もう1つは「エンジニアが現場の業務を知らないまま作ったツールが使われない」こと。

この壁を突破したのが、「ITに不慣れな社員をDX推進者に任命する」という一手でした。

柴戸氏

「浸透していく上で本当に大事なのは、ITスキルではないなと思いました。隣にいたITに不慣れな社員ができたら、『私もできるかも』と思うんですよ。これが結構大きな分岐点でした」

営業畑の部長がAIを使いこなし始めると、その姿が周囲への何よりの説得力になりました。

勉強会や経営からの期待表明など、他社がやるような施策も一通り実施しましたが、最も効いたのはこの「伝染」の設計だったといいます。

さらに、現場を知る社員が推進者になったことで、もう1つの壁も解消されました。

柴戸氏

「1,300個作って200個弱が定着しているが、現場社員が推進者に入って以降は使われずに消えるツールの発生率が大きく下がりました」

組織の予防医学が「仕事って楽しいよ」を実現

生成AIが当たり前になった先に、リンクアンドモチベーションはどんな会社を目指すのか。柴戸氏が描く未来像は、「組織の予防医学」でした。

組織の状態をリアルタイムで把握し、問題が重症化する前に予兆を検知して、従業員一人ひとりが改善できる世界。膨大なデータから即座に打ち手を導き出せるAIだからこそ実現できると柴戸氏は語ります。

同社が提供する組織診断サービスをAIで進化させ、スマートフォンのOSのようにクライアント企業の組織の動きを常時支える土台を目指しています。肩が凝ったからちょっと整体に行く、という感覚で組織の状態を整えられる世界を、プロダクトを通じて実現したいといいます。

どれだけ優れたプロダクトがあっても、それを使いこなすのは一人ひとりの人間です。柴戸氏がそこで大事にしているのは、個人の「好奇心」でした。

完璧を目指して立ち止まるより、毎日楽しみながら試し続ける。自分なりの偏愛をAIとぶつけながら使い倒せる人間が、この時代の主役になるといいます。

柴戸氏

「数年前にイベントで学生に話をした時、一番驚かれたのは『仕事って楽しいよ』と言った時でした。社会人の悩みランキングの中身や学生が抱く『働く』という印象を、僕たちの力で変えていきたいです」

好奇心を持った個人がAIと組み、自らの環境を変えていける時代。「仕事って楽しいよ」は、もはや一個人の感想ではなく、実現しうる未来像になりつつあります。

リンクアンドモチベーションから学ぶ3つのポイント

1. DXと呼ぶ前に、目的地を決める
「浮いた時間で何をするのか」を先に設計しなければ、効率化の成果は砂に撒いた水のように消える。DXと呼んでいる時点で、目的地のない変革になっている可能性がある。

2. 活用率ではなく、変革率を追う
試行錯誤フェーズでは活用率を追うべきだが、技術理解が進んだ段階では「業務をどれだけ置き換えたか」「役割がどれだけ変わったか」という変革率・自走率に指標を切り替える。個人の便利さではなく、組織の変革を測る。

3.「あの人ができるなら、もできる」という、伝染する経路を設計する
IT部門への丸投げでは、業務に合わないツールが大量に生まれるだけで終わる。現場を知る社員をDX推進者に据え、「身近な人間の成功体験」を伝染の起点にすることが、本当の意味での全社浸透を生む。

リンクアンドモチベーションのAI活用は、効率化の数字ではなく、「何のために効率化するのか」という問いそのものを軸に設計されています。

「活用率を追うのをやめた」という判断の裏には、目的地なき変革に対する明確な問題意識と、組織変革のプロフェッショナルとしての矜持がありました。

浮いた時間を人間にしかできない価値に再投資し、組織の状態を予防医学のように予兆段階から改善していく。AI時代における組織のあり方を、自らの身体で実験し続ける同社の姿勢は、変革を志すすべての企業に問いかけを投げかけています。

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