生成AIの導入効果は、作業時間の短縮や業務効率化で語られがちです。しかし実際に浸透が進んだ組織では、それだけにとどまらない変化が起きています。社員がAIを特別なものではなく日常のツールとして捉えるようになり、学び合いが生まれ、業務そのものの見直しへとつながっていく。そうした変化が、組織の中で少しずつ積み重なっていきます。

化粧品・美容の総合サイト「@cosme」を中核に、生活者とブランドをつなぐ多様な事業を展開する株式会社アイスタイルも、そのひとつです。同社は「生活者中心の市場の創造」を掲げ、社内でも有志によるAIラボと人事研修を両輪にしながら、生成AI活用を広げてきました。そこでは、一部の先進層だけが使うのではなく、社員が自ら学び、実践し、それを周囲へ共有していく流れが育ちつつあります。

今回は同社でAIラボの立ち上げと推進に携わるAIイノベーション戦略室 室長・花野井俊介氏、人事の立場から浸透設計を担う執行役員 CHRO・勝並明子氏に、生成AI活用が組織にもたらした変化と、その背景にある考え方を伺いました。

花野井 俊介氏

株式会社アイスタイル
プロダクト・データユニット AIイノベーション戦略室 室長

株式会社アイスタイルにて2025年よりAIイノベーション戦略室 室長を務め、生成AIを中心とした全社的なAI活用を推進。AIに関する社内の相談・構想段階から、サービス企画・設計・開発・運用、ガバナンスやインフラ選定、データ分析までを横断し、戦略と現場を接続する役割を担う。

勝並 明子氏

株式会社アイスタイル
執行役員 CHRO

青山学院大学法学部卒業。大手製造業に新卒入社。創業期よりアイスタイルの成長に事業サイドから寄与。複数の部門経験を経て、2023年から組織人材面から事業成長に向き合うべく人事部門を管掌。現在は執行役員兼CHROとして、事業目線を重視しながら採用・人事施策・人材マネジメント、組織カルチャー推進を担う。

※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。

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制度設計より先に、自主活動として始めた「AIラボ」

アイスタイルのAI活用が特徴的なのは、最初から全社制度として設計されたわけではなく、社員による自主活動として立ち上がったことです。イノベーション戦略室室長の花野井氏は入社直後に社内の明るさや自由に意見を言いやすい空気にカルチャーショックを受け、「この会社ならAIを楽しく学ぶ場をつくれるのではないか」と感じたといいます。AIを怖いものではなく、皆で面白く使いこなしていくテーマとして共有したい。そうした思いが、AIラボ立ち上げの出発点になりました。

花野井氏が最初に動いたのは、制度化や正式プロジェクト化ではなく、社内コミュニケーションを活性化するチームへの相談でした。そこで「面白そうだからやりましょう」と受け入れられ、動画配信や週1回のニュース発信など、小さな活動からスタートしていきます。

この背景には、アイスタイルにもともと根付いていた文化もありました。

同社にはTableauの勉強会や新規事業の検討など、社員が自主的に取り組める部活動制度がもともと根付いていました。勝並氏によると、花野井氏の入社で「AIの先生が来た」と社員が盛り上がり、「教えてください」と自然に人が集まる状態になっていったそうです。制度ではなく自主活動として始めたことも、スムーズな立ち上がりにつながりました。

実際、花野井氏は反対意見も覚悟していたそうですが、返ってきたのは「アイスタイルっぽい」という反応だったといいます。制度より先に自主活動として始めたことが社員にとって「やらされるAI活用」ではなく、「自分たちで育てるAI活用」として受け止められたことがその後の広がりにつながっていきました。

AIラボと人事研修の「両輪」で、活用の裾野を広げる

一方で、AIラボのような自主的な学びの場だけでは、どうしてもうまくAIを活用できていない層もありました。アイスタイルではそのギャップを埋めるために、人事主導の研修を組み合わせる形で浸透を進めていきました。

勝並氏によると、人事研修の狙いは単にAIツールを使える人を増やすことではありません。目指していたのはAIを活用して業務の中身そのものを変えていく視点を持つ人を増やすことでした。個人の時短や効率化にとどまらず、業務フローを見直し、それを組織全体の生産性向上へつなげる。そのために、コーポレート部門のマネージャー以上を対象に、トライアルとして研修を始めたといいます。

研修ではいきなり生成AIを触るのではなく、まず自分の業務フローを整理するところから始めました。どの作業に時間がかかっているのか、どこに繰り返しがあるのかを可視化したうえで、その改善余地をAIと一緒に考えていく。そのような順を追った設計によって、当初は「プロンプトって何ですか」「改行の仕方がわからない」と話していた参加者も、自分の業務に即した形でAI活用を考えられるようになっていったそうです。実際には、GAS(Google Apps Script)を使った業務自動化に踏み出す例も生まれており、基礎的な戸惑いを越えた先に、具体的な変化が生まれ始めていました。

勝並氏はこうした浸透には役割分担が必要だと捉えています。AIラボのような場が意欲の高い人をさらに引き上げる役割を担う一方で、人事研修はまだ最初の一歩を踏み出せていない人をスタートラインに立たせる役割を担う。その二枚重ねの構造があったからこそ、上だけが伸びるのでも、全員が同じペースで足踏みするのでもない、現実的な浸透設計が可能になっていたのです。

つまり、アイスタイルのAI活用は有志の熱量だけに頼ったものではありませんでした。自発的に学び合うコミュニティと置いていかれがちな層を支える人事研修。その両輪を回すことで、AI活用を一部の先進層だけのものにせず、組織全体のテーマへと広げていったのです。

小さな成功体験の共有が、次の一歩を生む

アイスタイルでAI活用の浸透を後押ししたのは、ツールそのものよりも日々の実践が自然に共有される環境でした。勝並氏は通常業務が忙しい中でも浸透を進める工夫について、「AIを学ぶ時間を別にとるのではなく、日々のちょっとした学びのシェアをたくさん積み重ねていくことかなと思います」と語ります。AIラボのSlackや全社会議での共有は、まさにその象徴でした。

実際、アイスタイルでは「AIを使ったこと」そのものを隠さず共有する文化が根付き始めています。たとえば人事のワークショップ運営で、参加者の組み合わせをAIで調整した際にも、「ここはAI使ってますっていうのをめちゃくちゃ言うようにしています」と勝並氏は話します。完成物だけを見せるのではなく、どう使ったのかまでオープンにすることで、「AIはこういう場面で使っていいんだ」という認識が社内に広がっていったのです。

花野井氏もこうした共有が人を呼び込む実感を持っています。「『花野井に聞けば教えてくれる』という空気が広がって、だんだん人が人を呼び込んでいった感覚があります」と語るように、最初は限られた人の相談から始まった動きが、口コミのように周囲へ波及していったといいます。教科書的な説明よりも、身近な社員が実際に使っている姿のほうが、次の利用者にとっては強い後押しになります。

勝並氏はこうした浸透のあり方を「トップダウンとかじゃなくて、カルチャーをみんながうまく使ってるっていうことかなと思います」と表現しています。会社が一方的に「使いなさい」と促すのではなく、社員同士が「それどうやったの」「自分もやってみたい」と聞き合い、フィードバックし合う。その日常的なシェアの積み重ねがAI活用を一部の詳しい人だけのものではなく、組織全体へと広げていく原動力になっていました。

AIラボを常連だけの場にしない。初心者も入りやすい空気づくり

AI活用のコミュニティは、盛り上がるほど一部の常連だけの場になりやすい側面があります。アイスタイルでも、その点は強く意識されていました。勝並氏は活動が一部の人に閉じないようにするために大切なのは、「常連面をしないこと」だと語ります。特定のメンバーだけの馴れ合いのような雰囲気が生まれた瞬間、初心者は疎外感を覚えてしまう。だからこそ、常連も初心者もフラットに扱う空気を保つことが重要だったといいます。

花野井氏もAIラボのSlackチャンネルが自分の発信専用の場ではなく、皆の気づきをシェアする場であってほしいと考えていました。「AIラボのSlackは僕が発信する場だと思ってる人がすごく多いんです。でも本当はみんなでこんなのもあったよって、気づきのシェアの場みたいな感じにしたい」と語っており、情報を受け取るだけの場ではなく、誰もが気軽に書き込める場へ育てていきたい意識があったことがうかがえます。

そのために意識していたのが、「ここに入っていいのかな」と思わせない空気づくりでした。花野井氏は、「そもそもハードルを感じないで参加できる空気作りかなとは思ってます」と話しています。最初の一歩でためらわせないことが、結果として継続的な参加につながる。だからこそ、周囲で困っている人がいれば「僕に声をかけてください」と声をかけたり、自由に発言してよい前例を意図的につくったりしていたそうです。

勝並氏もまたこうした空気は制度でつくるものではなく、文化として育てるものだと捉えています。初心者も経験者も同じ場で学び合える状態を保つことが、AI活用を一部の先進層だけのものにしないための前提になるからです。アイスタイルが守ろうとしていたのは、AIに詳しい人が目立つ場ではなく、「まだよくわからない人でもいていい」と思える安心感でした。その空気があったからこそ、AIラボは学びの場であると同時に、社内の変化を支える入口にもなっていたのです。

目指すのは「全員活用」。AI前提で業務フローを見直す段階へ

アイスタイルが目指しているのは、一部の先進層だけがAIを使いこなす状態ではありません。勝並氏は現時点で特に重視しているゴールについて、「まずは当たり前のようにAIが業務で活用されている状態」だと語ります。さらにその先には、「社員全員がAIを十分に業務で活用している状態」をつくることを見据えており、2026年の目標としても掲げているといいます。

ただし、ここでいう「全員活用」は、全員が高度なスキルを身につけることを意味しているわけではありません。花野井氏も最終的には分科会のようにテーマごとに学びや実践が広がっていく未来を見据えつつも、まずは誰もが日常業務の中で自然にAIを使える状態をつくることが重要だと考えていました。販売職を含め、さまざまな職種の社員がAIの支援を受けながら仕事を進める。その状態が実現すれば、活用は一部の専門職のものではなく、組織全体の当たり前になっていきます。

勝並氏がさらに強調するのは、その先にある「業務フローそのものの見直し」です。今の業務をただ楽にするだけでなく、「そもそもこの作業は必要なのか」「最初からAIを前提に組み直したほうがよいのではないか」と考えられる状態に引き上げていきたいと話します。実際、すでに同社では新しい業務を考えるときに「どこが自動化できるか」を前提に設計する感覚が生まれ始めているといいます。誰がやっても同じになる作業はAIへ、ホスピタリティやケアが必要な部分は人へ。そうした役割分担の考え方が、少しずつ業務設計の中に入り始めているのです。

花野井氏もアイスタイルでは「変えてよいもの」と「変えてはいけないもの」の線引きが比較的明確だと語ります。ユーザーやブランドに対して届ける価値はむしろ磨き続けるべきであり、その周辺にある、必ずしも人が担わなくてもよい業務からAIで変えていく。その感覚が社内で共有されていることが、AI活用を単なる効率化で終わらせず、業務の再設計へつなげる土台になっていました。

アイスタイルが目指す未来は、「みんなが使えるようになる」ことそのものではありません。その先にある、AI前提で業務フローを見直し、人がより価値の高い仕事に向き合える状態です。AIを当たり前に使うことはゴールではなく、組織の仕事のあり方を更新していくための入り口として位置づけられていました。

アイスタイルから学ぶ6つのポイント

生成AI活用の成否を分けるのは、ツールそのものではなく、それを組織にどう根づかせるかという設計です。アイスタイルの事例には、自主的な学びの場づくり、心理的ハードルを下げる工夫、全社へ広げるための運用設計など、他社にも参考になる視点が多く含まれていました。ここからは、そのポイントを6つに整理します。

1. 制度化の前に、自主的に始められる場をつくる
アイスタイルでは、最初から全社制度としてAI活用を始めたわけではありませんでした。まずは有志による「AIラボ」という自主活動として立ち上げたことで、スピード感を持って始めやすくなり、社員にとっても「やらされる施策」ではなく、「自分たちで育てる場」として受け止められました。

2. 最初に広げるべきは、知識より「AIは怖くない」という感覚
導入初期に重視されていたのは、高度な活用ノウハウを教えることではなく、AIに触れる心理的ハードルを下げることでした。まずはカジュアルに触れられる場をつくり、「難しそう」「自分には関係ない」という感覚をほぐしたことが、その後の実務活用の土台になっています。

3. 先進層を伸ばす場と、底上げする場を分けて設計する
AIラボのようなコミュニティだけでは届かない層に対して、人事主導の研修を組み合わせていたのも特徴です。意欲の高い人をさらに引き上げる場と、最初の一歩を支える場を分けて設計することで、活用が一部の人に閉じず、組織全体へ広がりやすくなっていました。

4. 常連と初心者をフラットに保つ「空気の設計」
学びの場は盛り上がるほど一部の常連の場になりやすい。アイスタイルでは「常連面をしない」「ハードルを感じさせない」を明文化し、初心者がいつでも入れる空気を意図的に守っていました。コミュニティの磁力を保ったまま裾野を広げるには、この空気の設計が不可欠です。

5. 浸透を加速させるのは、日々の「小さな成功体験」の共有
AI活用を広げるうえで有効だったのは、ツールの説明よりも、身近な社員の実践共有でした。Slackや全社会議で日々の活用事例を発信することで、他の社員にとっての具体的な利用イメージが生まれ、「自分も使ってみよう」という流れができていました。

6. 目指すべきは、AI活用そのものではなく業務フローの見直し
アイスタイルが見据えているのは、全員がAIを使うこと自体ではありません。その先にあるのは、AIを前提に業務フローを見直し、人が本来注力すべき仕事へ時間を振り向けられる状態です。AI活用を「時短」で終わらせず、仕事のあり方そのものを問い直す視点が重要だと示しています。

企業の生成AI活用は、単にツールを導入すれば進むものではありません。実際には、誰が最初の一歩を踏み出すのか、どのように学び合いを生み出すのか、そしてその動きをどう全社へ広げていくのかといった、組織側の設計が成否を分けます。アイスタイルの事例から見えてくるのは、まさにその点でした。

しかし、実際に自社でこれらを実践しようとすると、

「既存のルールが壁になって進まない」
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といった悩みに直面することも多いでしょう。多くの企業が、導入後の定着という高い壁に挑んでいます。

私たちSHIFT AIは、こうした「AI導入後の定着と成果創出」に関する課題解決のパートナーとして、多くの企業を支援しています。

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