生成AIを事業に組み込む議論の多くは、業務効率化や自動化に偏りがちです。しかしプラットフォームを持つ企業にとって本質的に問われているのは、ユーザーとブランドの出会い方や、そこから生まれる体験価値そのものをどう変えていけるかです。
化粧品・美容の総合サイト「@cosme」を中核に、メディア、EC、店舗を横断した事業を展開してきたアイスタイルでも、いまAIをその文脈で捉えています。AIエージェント、@cosme copilot、データコンサルティングといった取り組みを通じて目指しているのは、業務の効率化そのものではなく、ビューティーの世界に関わるすべての人が、よりよい意思決定や出会いを得られる状態をつくることです。
今回は同社の執行役員兼ブランド体験ユニット長・天野博之氏とAIイノベーション戦略室 室長・花野井俊介氏に、AIを事業の中でどう位置づけ、どのような価値へつなげようとしているのかを伺いました。

株式会社アイスタイル
プロダクト・データユニット AIイノベーション戦略室 室長
株式会社アイスタイルにて2025年よりAIイノベーション戦略室 室長を務め、生成AIを中心とした全社的なAI活用を推進。AIに関する社内の相談・構想段階から、サービス企画・設計・開発・運用、ガバナンスやインフラ選定、データ分析までを横断し、戦略と現場を接続する役割を担う。

株式会社アイスタイル
執行役員 兼 ブランド体験ユニット
アイスタイルデータコンサルティング株式会社
代表取締役社長
2019年アイスタイル入社。2022年、アイスタイル執行役員に就任。現在はアイスタイルのBtoB領域全体を管轄しながら、@cosmeのデータを活用したマーケティングコンサルティング事業を立ち上げ、2025年4月にアイスタイルデータコンサルティング株式会社を創業。同社代表取締役社長に就任。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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AIは横断的な体験価値を高めるために活用する
アイスタイルがAIを事業の中でどう位置づけているのかを考えるうえで重要なのは、AIを単独の新規事業として見ていない点です。天野氏によると、メディア、EC、店舗といった既存事業は、それぞれ単体で見れば競争の激しい領域にあります。だからこそ重要なのは、個々の事業を別々に強くすること以上に、それらを横断した体験価値をどう高めるかだといいます。
そのため、AIエージェントやイベント、SNS強化も、新しい事業を始めるというより、既存の接点をどうつなぎ直し、生活者にとってより自然な体験をつくるかという文脈で整理されました。たとえば、まだ@cosmeに接点のない人にとってはAIやSNSが入口になり、すでに口コミやアプリを使っている人にとっては、そこからECや店舗へと体験が広がるきっかけになる。つまりAIは、点在する接点のあいだをうまくつなぎ、ユーザーを横断的な体験へ導くための手段として捉えられているのです。
この考え方の背景には、「AIで何ができるか」ではなく、「ユーザーやブランドにどんな体験を届けたいか」を起点にしている姿勢があります。AIを主役に据えるのではなく、あくまで体験価値を主役に置き、その接続性を高めるために使うことなのです。
AIエージェントは目的を達成するための機能価値
アイスタイルがAIエージェントをどう捉えているかを象徴しているのが、「AIは機能価値」という考え方です。ここでいう機能価値とは、AIそのものが価値の中心にあるのではなく、ブランドやユーザー、そして自社が本来やるべきことを、よりよく実現するための手段だという意味です。
ブランドにとっては商品価値を磨くための補助線になり、ユーザーにとっては膨大な情報の中から自分に合うものを探しやすくする。アイスタイル自身にとっては、分析や施策立案にかかる時間を圧縮し、その先にある体験づくりへより多くの時間を振り向けるための基盤になる。AIエージェントは、そうした目的を支える便利なツールとして位置づけられています。
その考え方がよく表れているのが、ブランド各社向けに提供する口コミ分析AIエージェント「@cosme copilot」です。ブランド各社はこれまで、大量の口コミを確認し、Excelに貼り、加工し、共有するという作業に多くの時間をかけてきました。AIエージェントは、その作業を単に代替するためだけにあるのではありません。そこで生まれた余白を顧客理解や商品価値の磨き込み、マーケティング改善に振り向けられるようにすることに意味があります。
つまりAIは、「人の代わりに全部やる」ものではなく、「人が本当に向き合うべき仕事へ戻るための装置」として捉えられていたのです。
価値があるのは「要約」ではなく、信頼できるデータから導かれる仮説
アイスタイルがAI活用を進めるうえで重視しているのは、その出力の土台になるデータがどれだけ信頼できるか、そしてそのデータからどれだけ意味のある仮説を立てられるかです。
天野氏は、「口コミを単純に要約してしまえば、1件1件の口コミが持つ価値を毀損し、結果的に他のSNSと同質化してしまう可能性がある」と話します。だからこそ、アイスタイルは対生活者へのAIの使いどころを慎重に見極めています。
その前提にあるのが、同社が20年以上蓄積してきたデータの質です。花野井氏は、「同社では口コミを1件ずつ丁寧に確認し、一定の基準でチェックしながら蓄積してきました。単に量が多いだけではなく、質を守り続けてきたことが、AI時代の競争優位につながる」と話します。さらに、データが美容領域に特化していることも大きな強みです。総合ECのように多様な商材が混在するのではなく、「美容に関心を持つ人」の行動が長い時間軸で見える。ジャンルの特化という強みがあるからこそ、単なる要約ではなく、ブランドやユーザーにとって意味のある仮説を立てられるのです。
アイスタイルがAI活用によって実現しようとしているのは、そうした信頼できるデータをもとに、「なぜ売れたのか」「なぜ選ばれなかったのか」という問いに、これまでより高い解像度で答えられるようにすることです。多くのブランドが見えているのは購買結果までで、その前段にある比較検討や、生活者がどのような文脈で商品を選んだのかまでは十分に把握できていないケースが少なくありません。
@cosmeでは、ユーザーが何を比較し、どの情報を見て、最終的に何を買い、その後どう感じたのかまで一気通貫で捉えられるため、「何と比べられて選ばれたのか」「なぜ他社に流れたのか」を分析しやすい環境があります。AIは、そのプロセスをより素早く可視化し、ブランドにとっての示唆へと変換する役割を担っているのです。
この価値は、商品開発にもマーケティングにもつながります。思いがけない使われ方が口コミから見えてくれば、商品の訴求ポイントを見直すヒントになるかもしれませんし、他社商品との比較から自社の訴求文の弱さが見えてくることもある。
AIが価値を生むのは、要約そのものではなく、信頼できるデータを土台に人では見きれなかった構造を素早く捉えられるようになる瞬間です。アイスタイルが目指しているのは、データを見る時間を減らすことではなく、データから意味を引き出し、次の一手につなげる時間を増やすことだといえます。
AI時代に必要なのは役割の再定義ではなく体験の細分化
天野氏は、「AI時代に必要になるのは再定義よりも、体験の細分化です」と語っています。生活者の情報収集や購買行動は多様化しており、同じ店舗に来る人でも、何となく探したい人と、明確な目的を持って来る人では求める体験が異なります。だからこそ、「店舗はこうあるべき」「ECはこう使われるべき」と一律に決めるのではなく、それぞれの目的や状態に応じて、体験をより細かく設計していく必要があるという考え方です。
その中でAIは、生活者ごとの目的や状況に応じた接点をつくるための手段として機能します。たとえば、とにかく早く自分に合う商品にたどり着きたい人には、マッチング精度を高めた導線が価値になるかもしれません。一方で、肌の悩みを相談したい人にとっては、人と話しながら選ぶこと自体に意味があります。同社は、すべてをAIで置き換えるのではなく、AIで効率化できる部分と、人が介在することで価値が高まる部分を見極めながら、接点ごとの体験を細かく調整しようとしていました。
ただし、ここで重要になるのが、「何を変えるか」と同じくらい、「何を変えないか」を明確にすることです。天野氏は、「AIが進化するほど、@cosmeプラットフォームに蓄積された真実の情報を守ることが重要になります」と語っています。生活者の口コミや商品情報は、単なるデータではなく、ブランドとユーザーのあいだにある信頼の土台です。ここが揺らげば、AIによってどれだけ便利な体験をつくれても、プラットフォームとしての価値は失われてしまいます。
だからこそアイスタイルでは、AIを使うことで価値が高まる領域と、AIで安易に触れるべきではない領域を丁寧に分けて考えています。膨大なデータを整理し、比較や分析のスピードを上げることはAIが得意な役割です。一方で、1件1件の口コミが持つ文脈や、生活者がその言葉に込めた意味までを一律に圧縮してしまうと、情報の質を落としかねません。
AI時代だからこそ、便利さのために削ってはいけない価値を見極める必要がある。その前提があるからこそ、アイスタイルはAIを単なる効率化ツールではなく、体験価値を細かく磨き込みながら、同時にプラットフォームの信頼を守るための手段として位置づけているのです。
ガバナンスは「整えてから使う」ではなく、「使いながら更新する」
生成AIの活用を進めるうえでは、情報の信頼性やブランド毀損、倫理面など、事前に考えておくべき論点が少なくありません。アイスタイルでもそれらは重要なテーマですが、花野井氏は最初に完璧なルールを作り切ってから動くのではなく、「対外的にご迷惑をおかけしないラインは守りつつ、時代とともに進化していくAIに使う側もついていく必要があります」と話します。技術の変化が速いからこそ、まず安全性の基準を持ちながら使い始め、運用の中で必要なルールを更新していく考え方です。
実際には、個人情報の扱い、学習に使われない設定の確認、より安全な環境の検討などを進めながら、情シスやテクノロジー部門、CISOとも連携して判断しています。しかも同社は海外展開をしているため、日本国内だけでなく各国の法制度やルールとの整合も見据える必要があるとのこと。
花野井氏も、「1年後に完璧なガバナンス体制が整うのでそれまで待ってください、とはとても言えない状況です」と語っており、止まらずに進むための現実的な体制づくりを重視していることがうかがえます。
つまり、アイスタイルにとってガバナンスは、AI活用のブレーキではなく、推進力を保ちながら信頼も守るための土台です。変化の速い技術を前に、ルールもまた固定化するのではなく、使いながら磨いていくものとして捉えている。その姿勢に、同社の実践的なAI推進の特徴が表れていました。
多くの人を巻き込んでBeautyの世界をアップデートしていく
アイスタイルがAI活用を通じて目指しているのは、自社だけが便利になることではありません。天野氏は、「Beautyの世界をアップデートすることは、アイスタイルだけでは実現できません」と語ります。
生活者、ブランド、流通、マーケティングなど、ビューティーの世界には多くのプレイヤーが関わっており、その誰か一社だけで変えられるものではない。だからこそ、同社が持つ商品情報や生活者情報を活かしながら、関わる人たち全体の視野や解像度を上げていくことが重要だと捉えています。
その中でAIは、ユーザーとブランドの出会い方をより良くし、双方の関係を深めていくための媒介です。ユーザーがより自分に合った商品に出会いやすくなること、ブランドが生活者の声をより深く理解できること、そしてアイスタイル自身もその接点をよりよく設計できること。
それぞれの変化が重なってはじめて、Beautyの世界全体が少しずつアップデートされていきます。その発想の先にあるのが、「Beautyの世界をアップデートしながら、多くの人を幸せにする」というミッションの実現です。
アイスタイルから学ぶ5つのポイント
ここからはアイスタイルの取り組みから学ぶ5つの重要ポイントを整理します。
1. AIを別事業ではなく、体験価値の「横断レイヤー」に位置づける
AIを単独の新規事業として立ち上げるのではなく、既存事業(メディア・EC・店舗)の接点をつなぐ手段として捉える。これにより、AIが事業戦略から浮かず、本来届けたい体験価値の延長線上で機能する。
2. AIエージェントは「機能価値」として捉える
AI自体を価値の中心に置くのではなく、ブランド・ユーザー・自社が本来やるべきことをよりよく実現するための補助線と捉える。何でも任せるのではなく、何を短縮し何を人がやるかを見極める前提が、活用の質を決める。
3. 価値の源泉は「要約」ではなく「信頼できるデータからの仮説」
AIに情報を要約させること自体が価値ではなく、信頼できるデータを土台に「なぜ売れたのか」「なぜ選ばれなかったのか」の仮説を素早く立てられることに本質がある。データの質を守り続けてきた前提が、AI時代の競争優位を決める。
4. 役割の「再定義」ではなく、体験の「細分化」で考える
「店舗はこうあるべき」「ECはこう使われるべき」と一律に決め直すのではなく、生活者の目的や状態に応じて接点ごとの体験を細かく設計する。AIで効率化する部分と人が介在する部分を見極めた、メリハリのある設計が必要になる。
5. ガバナンスは「整えてから使う」ではなく「使いながら更新する」
完璧なルールができるまで止まるのではなく、一定の安全基準を持ちながら使い始め、運用しながら更新する。技術の変化が速いほど、ルール自体もまた進化させ続ける前提が必要になる。
AI活用の成否を分けるのは、ツールそのものではなく、それを事業や組織にどう組み込むかという設計です。AIを既存事業をつなぐレイヤーとして位置づけ、目的達成のための機能として使うこと、信頼できるデータを土台に仮説を立て、体験を細かく設計すること、そして運用しながらガバナンスを更新していくこと。
こうした視点がAI活用を一過性で終わらせず、事業価値につなげる鍵になります。
しかし、実際に自社でスピード感を持って進めようとすると、
「既存のルールが壁になって進まない」
「現場のニーズをどうやってAIに繋げればいいかわからない」
「成果を正当に評価する仕組みがイメージできない」
といった悩みに直面することも多いでしょう。多くの企業が、導入後の定着という高い壁に挑んでいます。
私たちSHIFT AIは、こうした「AI導入後の定着と成果創出」に関する課題解決のパートナーとして、多くの企業を支援しています。
貴社の組織文化や既存の業務フローを深く理解した上で、どのようなステップでAIを浸透させ、どのような評価軸を設けるべきか、実務に即した具体的な戦略をご提案します。
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