「AIに広告クリエイターの仕事が奪われる」

SNSで飛び交うそんな議論に、いち早く自分たちの答えを出し、実践を積み重ねている会社があります。東急グループの総合広告会社、株式会社東急エージェンシーです。

2023年、AI推進を開始。2024年7月にAI推進部を正式に立ち上げ、チャット型AIの社内展開やユースケースの型化を進めてきました。

同社が行き着いた哲学はシンプルです。「AIは確率論で確度の高い答えを出せる。しかし、アイデアの視点を変え、ひねりを加え、ジャンプさせるのは人間にしかできない」──この確信が、すべてのAI活用の根幹にあります。

本記事では、AI推進を統括するグロースデザイン局の神通靖彦氏と、AI推進部長の小川哲氏に、広告業界におけるAIとの向き合い方を伺いました。

神通 靖彦氏

東急エージェンシー グロースデザイン局長

AIの専門組織化前からAIに関わり、現在はグロースデザイン局でAI推進部を統括している。


小川 哲氏

東急エージェンシー グロースデザイン局 AI推進部 部長

営業職からAI推進部長へ転身。2024年7月の部発足とともに現職に就き、AI未経験という出発点を強みに、社内浸透を牽引している。


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生成AI元年に誕生した「AI推進部」

2023年当時、東急エージェンシーにはAIを専門に扱うチームは存在していませんでした。

神通氏

「生成AI元年ということもあり、私の方で情報収集をしながら社内のAI推進をしていこうというのが2023年に始まりました。会社としてAIに取り組むためのプロジェクトを部門化して、今は小川と一緒にやっているという形です」

2024年7月に正式組織化されたAI推進部。部長に就いた小川氏は、それまで営業畑を歩んできた人物でした。

小川氏

「AIをほぼ使ったことがない状態で今の部署に来ました。ただそれがいいところで、AI使っていない人の気持ちを分かりながら、どうやったらみんなが使ってくれるか、どういうところが引っかかりそうかを考えながら進められる。分からない人間のメリットだと思っています」

AIには難しい「アイデアジャンプ」が、人間の価値になる

広告業界でAIとどう向き合うか──この問いに対して、小川氏は独自の哲学を持っています。

AIは確率論に基づいて「確度の高い答え」を出すことには長けている。しかしクリエイティブの現場では、その答えをそのまま使うだけでは不十分だといいます。

小川氏

「よく我々は『アイデアのジャンプ』と言うんですが、一見普通のものを少し視点を変えたり、ひねり方を変えたり、別の切り口に転換するようなアイデアワークが我々の業界にはよくあります。AIが出してくる答えを人が変化させたり、少しひねりを加えたりすることが、特に広告の現場においては重要だと思っています」

クライアントへの提案において「これは新しい」「生活者にヒットしそうだ」という予感を生み出すのは、現状のAIには難しい。だからこそ、人間がAIの出力に示唆を与える役割が際立ってくるといいます。

この哲学は、神通氏が語る「オーケストレーション」という言葉にも表れています。

神通氏

「これまでは従業員同士がオーケストレーションして仕事を進めていました。これからはAIも従業員の仲間の1人として仕事に入ってくる。人間とAIがオーケストレーションしていく形になると思っています」

広告会社の仕事は、戦略立案からコピーライティング、アートディレクション、メディアプラン、PRまで、多くの専門職が分業して1つの案件を作り上げる構造です。

その「合奏」の中にAIが加わることで、従来の協働のあり方そのものが変わり始めています。

果たして、5億円のテレビCMをAIの判断に委ねられるか?

「AIでクリエイターの仕事は奪われるのか」という問いに対して、小川氏は二項対立で捉えていません。

クリエイティブ開発のプロセスは効率化が進む。それは脅威ではなく、いいことだという立場です。一方で、現在のAIの能力では全てをAIに任せることには限界があるとも語ります。

小川氏

「5億円のテレビスポットを投下するCMのクリエイティブの判断を、AIに委ねますかと言われたら、AIの判断でいいというクライアントは多分1人もいないと思います。そこに対して本当にそれが正しいかどうかを判断するためには、人間の感覚的素養が要求される局面だと感じています」

同氏が提示するのは、マーケティングのゴールとメディア・コストに応じた使い分けです。

ブランディングのためのTVCMには、思い描いた世界観を完全に再現するフィルムクラフト(実写制作)が求められます。一方、投下コストが少なく期間も短いSNS動画であれば、生成AIで制作するほうがコストパフォーマンスに合う場合もある。

目的とコストに応じた選択が、今後さらに広がっていくと見ています。

生成AI活用の壁を解消するための「ユースケースの型化」

現在の社内浸透率について、小川氏は率直に語ります。

小川氏

「チャット型のAIサービスを導入していますが、使っている人の割合で言うと半分より多いか少ないかくらいのイメージです。業務プロセス全体にAIを組み込んで継続的に使っていくところまで至っている人は、そこまで多くないというのが正直な認識です」

浸透を阻む壁として小川氏が挙げるのは、プロンプトエンジニアリングへの「アレルギー」です。自然言語で指示するだけとはいえ、「なんかプログラムっぽい」という感覚を持つ社員は少なくないといいます。

その対策として同社が取り組んできたのが、ユースケースの型化です。

小川氏

議事録作成やリサーチといった汎用性がありそうな活用ケースを特定のチームと一緒に型として作り、それを社内に『このプロンプトをそのまま入れれば使える』という形で提供してきました。あまり考えずに機能が果たせる、という入口を作ることが大事だと思って、1年半ほどはそういった形で進めてきました」

今後の方針としては、個人レベルの活用促進にとどまらず、業務標準化やエージェント的なプラットフォームの整備を見据えているといいます。

各部門の課題をAI推進部が並走しながら解決する「小さなプロジェクト」を積み重ね、組織全体の底上げを図っています。

平均値を外す力が、AI時代の武器になる

AIによって空いた時間をどう使うか──この問いに対して、神通氏の答えは明快でした。

神通氏

「広告業界って仕事が好きな人が多いので、時間が空いたらまた違うことを始めてしまいます。単純に業務時間が2〜3時間減りましたという話にはならなくて、AIを使うことでより本質的な、本来的な業務に集中する比率が増えたという形で業務改革が進んでいるというイメージが近いと思います」

効率化で生まれた余白を、より高度な創造と判断に充てる。それが同社のAI活用の目指す姿です。

では、その「本質的な業務」において、人間が鍛えるべき能力とは何か。神通氏は「審美眼」という言葉でこう表現します。

神通氏

正しいもの、美しいもの、そしてちょっと正しいんだけどこっちの言い方の方がいいと判断できる能力。それこそが人間の心をくすぐったり動かしたりするものだと思います。ど真ん中が必ずしも正しいわけじゃない。ちょっと外したところが意外とヒットしたりする。そういうものを見つける目線や価値観が、AI時代にアイデアを作ることに関しては非常に求められているんじゃないかと思います」

桜と桃が混じり合ったピンク色の花が、純粋な一色よりも美しく見えることがある。「きっちりがっちり」の正解ではなく、少しの混じりけや意外性にこそ人の心は動くものです。

神通氏が語ったその感覚は、AIが「平均値のど真ん中」を出してくる時代だからこそ、そこからあえて外す判断力と審美眼が人間の最大の武器になることを示しています。

東急エージェンシーの実践は、広告業界だけでなく、あらゆるクリエイティブ職の未来像を指し示しています。

東急エージェンシーから学ぶ3つのポイント

  1. AIは「確度の高い答え」を出す。しかしアイデアをひねるのは人間にしかできない
    確率論で動くAIは平均値に収束しやすい。クライアントの心を動かすアイデアの「ジャンプ」や「ひねり」は、人間が示唆を与えることで初めて生まれる。この哲学が、同社のAI活用の根幹にある。

2. 使い分けの基準は「マーケティングのゴール・メディア・コスト」
フィルムクラフトが必要な高予算のTVCMと、短期・低コストのSNS動画では、AIの活用度合いが変わる。目的とコストに応じた使い分けの設計が、クリエイティブ業務のAI活用には不可欠。

3. 空いた時間を「本質的な業務」に向けるという設計
時短が目的ではなく、AIで効率化した分をより高度な判断・創造に充てる。この方針を組織として共有することが、AI推進の成否を分ける。

広告業界におけるAI活用は「効率化か、人間の仕事を奪うか」という二項対立ではありません。

人間が「アイデアをひねる力」を磨き続けることで、AIとの共創が初めて機能する。東急エージェンシーの実践は、そのことを静かに示しています。

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