人手不足や業務の複雑化、顧客ニーズの多様化など、小売業界を取り巻く課題は年々深刻さを増しています。こうした状況を打開する手段として、今注目されているのがAIの活用です。

発注業務の自動化や接客支援、需要予測まで、すでに多くの企業がAI導入によって業務効率や顧客満足度の向上を実現しています。ただし、AI導入を検討するには、目的に応じたツールの選定や社内体制の整備が欠かせません。

本記事では、国内企業の導入事例をもとに、小売業界におけるAI活用の可能性と課題をわかりやすく解説します。

この記事の監修者
SHIFT AI代表 木内翔大

SHIFT AI代表 木内翔大

(株)SHIFT AI 代表取締役 / GMO AI & Web3株式会社AI活用顧問 / 生成AI活用普及協会(GUGA)協議員 / Microsoft Copilot+ PCのCMに出演 / 国内最大級AI活用コミュニティ SHIFT AI(会員20,000人超)を運営。
『日本をAI先進国に』実現のために活動中。Xアカウントのフォロワー数は12万人超え(2025年6月現在)

SHIFT AIでは、小売業に特化したAIコンサルティングを通じて、貴社に最適なAI戦略の立案から導入支援までを一貫してサポートいたします。また、AIの使い方が学べるeラーニングコンテンツの提供やワークショップを実施しています。興味のある方はぜひお問い合わせください。

小売業界が直面する主要な課題

小売業界が頭を悩ませている代表的な課題を4つまとめました。

深刻な人手不足

小売業界では、少子高齢化や労働環境の厳しさを背景に、深刻な人手不足が依然続いています。特に中小店舗では、採用難により営業時間の短縮やサービスレベルの低下が著しく目立ち、経営そのものが危ぶまれることも少なくありません。

こうした課題に対して、近年では業務そのものを見直し、テクノロジーを活用した抜本的な対策を講じる動きも始まっています。

改善例として、マックスバリュ西日本ではRPAを活用し、レジ集計や帳票作成などの業務を自動化することで、年間4,000時間分の人手を削減する成果を上げました。

このように、限られた人材を本当に必要な業務に集中させる仕組みづくりが、小売業の持続的な成長には不可欠です。AIやRPAの導入は、人手不足の解決策として今後ますます重要になるでしょう。

出典:農林水産省 食料産業局|卸売業・小売業における働き方の現状と課題

在庫管理の難しさ

在庫管理は小売業の収益性を左右する大切な要素です。適切な在庫が確保できていなければ、売れ筋商品の欠品による販売機会の損失や、過剰在庫による値引き・廃棄リスクが発生します。

特に日配品や季節商材のように需要の波が激しい商品では、わずかな予測ミスが大きな損失に直結します。

現場では担当者の経験や勘に頼った発注が多く、ヒューマンエラーによって余剰在庫や欠品が慢性化するケースも少なくありません。

こうした課題を解消するには、販売データや気象情報などをもとにAIが需要を予測し、発注量を自動で最適化する仕組みの導入が効果的です。在庫の精度が上がれば、利益率の向上と顧客満足の両立が叶えられます。

顧客ニーズの変化への対応

現代の消費者ニーズは移り変わりが激しく、たとえ入念に市場調査を行っても、商品やサービスを投入する頃にはすでにニーズが変化している可能性があります。

従来のように、開発からリリースまでに時間をかけていては、競合に先を越されるかもしれません。こうしたスピード重視の時代においては、顧客の声をリアルタイムで収集・分析し、すばやく反映できる体制を整えることが必須です。

例えばAIチャットボットを活用すれば、ユーザーの問い合わせ内容や意見をすぐに収集・可視化でき、商品の改善やサービス向上への反映がスムーズになります。

AIを取り入れることでPDCAサイクルを高速で回し、変化するニーズに対して的確に対応できるようになります。

発注ミスや廃棄ロス

需要を大きく見積もって商品を過剰に仕入れると、売れ残りが発生し、結果として値引きや廃棄処分を余儀なくされます。

これは利益率の低下を招くだけでなく、業務の非効率化や従業員の負担増加にもつながります。特に食品を扱う店舗では、消費期限の短さから廃棄ロスが深刻な問題になっており、近年では環境配慮や社会的責任の観点からも改善が求められています。

こうした課題への有効な対策として注目されているのが、AIによる需要予測です。天候や曜日、過去の販売実績など、さまざまなデータをもとにAIが発注数を算出することで、欠品と過剰在庫の両方を防ぎ、廃棄ロスを大幅に減らせます。

出典:消費者庁消費者教育推進課 食品ロス削減推進室|食品ロス削減関係参考資料

小売業界におけるAIの導入事例10選

ここからは、小売業でAIを導入している企業を10選ご紹介します。

  1. セブンイレブン
  2. ローソン
  3. ファミリーマート
  4. イトーヨーカ堂
  5. カインズ
  6. ライフ
  7. トライアル
  8. ヤマダ電機
  9. ビックカメラ
  10. ウエルシア

1.セブンイレブン|発注自動化

セブン‐イレブン・ジャパンでは、2023年から全店舗でAI発注システムの導入を進めています。従来の設定発注では、在庫数が一定以下になるとストア・コンピューターが自動で発注数を計算する仕組みでした。しかし、設定数の入力が手動であったことや、在庫が減ってからの対応になるため、品切れのリスクがあったのです。

新たに導入されたAI発注では、過去の販売実績に加え、天候や曜日の傾向など多岐に渡るデータをもとに需要を予測し、適切な在庫数を事前に算出できるようになっています

結果、発注作業にかかる時間は約4割削減され、従業員は売場づくりや品揃えの改善が可能になりました。

出典:店内作業効率化の取り組み

2.ローソン|広告配分を最適化

ローソンでは、店舗ごとの販促活動をより効果的に行うために、AIを活用した広告予算配分システムを導入しています。店舗周辺の人口動態やユニークユーザー数、店舗の立地や特性、広告予算などをAIに入力することで、最適な広告手法と予算配分を自動で提案できるシステムです。

これまでスーパーバイザーが判断していたため、宣伝効果にばらつきがあり、結果として販促費の無駄や売上機会の損失が生じることもあったようです。

新システムでは専門知識がなくても、新聞折込だけでなく、YouTubeやポスティングなども含めた広告プランを設計できるため、販促効果の向上と業務効率化の両立を実現しています。

出典:<参考資料>AI活用により広告配分を最適化11月オープンの新店からAIツールを導入

3.ファミリーマート|人型AIアシスタント

株式会社ファミリーマートでは、店長の業務支援を目的に、人型AIアシスタント「レイチェル/アキラ」を全国約7,000店舗に導入し、2024年7月からは生成AIを搭載して対応力が一段と向上しています。

業務マニュアルの音声検索機能により、レジ操作や緊急時の対応などを即座に確認できます。さらに、これまでスーパーバイザーが手作業で調べていた過去の割引・クーポン施策の販売実績も、AIが瞬時に抽出・表示することが可能に。

販売計画や売場づくりにスピーディに反映できるため、店舗運営の質と効率に大きく貢献できた成功例です。

出典:店長業務をサポートする人型AIアシスタント生成AI搭載により業務マニュアルの音声検索が可能に

4.イトーヨーカ堂|需要予測システム

イトーヨーカ堂では、全国132店舗においてAIを活用した商品発注システムの運用を開始しました。対象となるのはカップ麺や冷凍食品、牛乳など約8,000品目にのぼり、価格や陳列状況、気温や降水確率、曜日ごとの来客傾向といったさまざまなデータをAIが解析し、最適な販売予測数を発注担当者に提案します。

2018年から実施したテスト導入では、発注業務の時間を平均3割削減でき、営業時間中の品切れリスクも大幅に低減されました。これにより、発注担当者は生まれた時間を接客や売場づくりに活用でき、店舗全体のサービス向上にもつながっています。

出典:発注業務を効率化し、接客や売場づくりをより強化「AI(人工知能)発注」の仕組みを全店に導入

5.カインズ|ロボット案内

カインズでは、顧客体験の向上を目的としたデジタル戦略を積極的に推進しています。中でも注目されているのが、カインズ朝霞店で試験導入された売場案内ロボットです。

店舗内に設置されたロボットは、上部のタッチパネルで商品カテゴリを選ぶと、該当する棚や通路まで利用者を先導します。非接触型の案内によって、商品が見つからないという煩わしさを軽減するだけでなく、楽しさや驚きを伴った購買体験を提供することにもつながりました。

コロナ禍を機に非対面ニーズが高まる中、こうしたデジタル施策は顧客満足度を高める手段として他の小売企業にとっても注目すべき取り組みといえるでしょう。

出典:ホームセンター業界初 売り場案内ロボット試験導入開始 2020 年11 月3 日グランドオープンのカインズ朝霞店で初登場

6.ライフ|AIによる発注数予測

スーパーマーケット大手のライフコーポレーションでは、AIによる需要予測を活用した発注自動化サービス「AI-Order Foresight」の導入を全店舗の生鮮部門に拡大し、2024年4月から本格稼働を開始しています。

このサービスは、販売実績や天候、特売情報など複数のデータをAIがデータ分析し、3週間先までの発注数を自動で提示するもので、従業員は異常値の確認を中心に業務を行うスタイルに移行できるようになっています。

経験の浅いスタッフでも精度の高い発注が可能となり、人手不足の現場でも安定した運用が可能になった事例です。

出典: ライフ全304 店舗の生鮮部門に AI 需要予測による発注自動化サービス「AI‐Order Foresight」を適用

7.トライアル|レジ機能付きスマートカートとAIカメラ

ディスカウント業態を展開するトライアルグループでは、次世代型店舗として「スマートショッピングカート(SSC)」を導入し、買い物体験の刷新を図っています。

顧客は商品をカゴに入れる際にカート上のバーコードリーダーでスキャンし、そのまま専用ゲートを通過するだけで決済が完了。レジに並ぶ手間を省けると同時に、レジ要員の削減にもつながります。

さらに、店内各所にはAIカメラが配置され、商品の陳列状況の把握や来店客の行動分析に活用されており、防犯を超えた店舗運営の効率化が進められています。

同社では2025年までに店舗の完全無人化を目指しており、AIによる省力化と顧客利便性の両立に挑戦しています。

出典:レジ機能がついたショッピングカート、店内の至るところにAIカメラ 目指すは完全無人化…IT駆使した「スマートストア」の挑戦

8.ヤマダ電機|夜間修理受付業務の自動化

家電量販大手のヤマダ電機は、夜間の出張修理受付にAI音声応答システム「Terry(テリー)」を導入し、営業時間外の問い合わせ対応を自動化しています。

従来、夜間の受付は対応が難しく、利用者の不便さが課題とされてきましたが、音声認識精度と実用性の高さが確認されたことを受け、本格運用に踏み切りました。

これにより、アプリやWebによる24時間受付体制に加え、音声通話による夜間対応が可能となり、より多様な顧客ニーズに応える体制が整っています。

今後は、昼間の回線混雑時における補助対応としての活用も検討されており、繁忙期のサービス品質維持にもつながる取り組みとして注目されています。

出典:AI 音声自動応答システムによる夜間出張修理受付業務開始のお知らせ

9.ビックカメラ|訪日客対応AIチャットボット

ビックカメラでは、訪日外国人観光客への対応強化を目的に、AIチャットボット「AiME」を活用した店舗案内サービスの実証運用を池袋本店で開始しました。

商品の在庫状況や価格、売れ筋情報、店舗サービスなどを多言語で自動応答する仕組みで、スタッフを介さずとも必要な情報を即座に取得できる点が特徴です。

来店客は自身のスマートフォンからQRコードを読み込むだけで利用可能となっており、言語の壁を超えたスムーズな買い物体験が実現できます。

出典:人工知能チャットボット「AiME」でインバウンド対策  店舗案内サービスの実験運用をビックカメラ池袋で開始

10.ウエルシア|AIカメラで万引き防止

ドラッグストアチェーンのウエルシアでは、限られた人員体制の中でも顧客対応力と防犯機能を両立させるために、AI技術を活用した監視システム「AIガードマン」を導入しました。

このシステムは顔認証によって個人を識別するのではなく、万引きの兆候を示す行動パターンをAIが検知し、スタッフにリアルタイムで通知する仕組みです。

プライバシーへの配慮を保ちつつ、店内の死角を補い、声かけによる未然防止につなげています。スタッフが少なくても安全管理を強化できるこの仕組みは、人手不足が深刻化する現場において、効率とサービス品質を両立する有効な手段として注目されています。

出典:【小売業特別レポート】NTT東日本「AIガードマン」買物客の行動をAIで検知し声がけにつなげる~店舗の「万引き防止」や「接客向上」に効果~

AI活用による小売業のメリット

小売業がAIを導入することのメリットをご紹介します。

業務効率の向上

AIの導入により、小売現場では業務の自動化と効率化が急速に進んでいます。これまで人手に頼っていたレジ打ちや在庫確認といった作業を、AIが担うことで省力化が実現され、従業員はより重要な業務に集中できるようになります。

例えば、画像認識を活用した商品棚の自動チェックでは、陳列ミスや品切れを即時に検知し、補充作業のタイミングを最適化できるのが魅力です。

また、AI搭載のセルフレジの導入により、レジの待ち時間が短縮され、顧客満足の向上にもつながるでしょう。

顧客満足度の向上

AIを活用することで、顧客一人ひとりの購買履歴や嗜好データをもとに、パーソナライズされたサービスを提供することが可能になります。

具体例としては、誕生日に合わせた特別キャンペーンの自動配信や、過去の購入傾向に基づいたおすすめ製品の提案などを行うことで、顧客は「自分のためのサービス」と感じやすくなり、満足度とロイヤリティの向上に直結します。このような体験は、他社との差別化にもつながる重要な施策です。

データ分析による戦略的意思決定

AIは、売上データや顧客行動、天候や時期といった膨大な情報を素早く正確に分析できるため、小売業における戦略的意思決定に役立ちます。

適切な在庫量の確保や需要に応じた商品補充、さらには効果的なプロモーション施策の立案が可能になります。勘や経験に頼った判断から脱却し、客観的データに基づく経営判断が実現できることは、競争の激しい市場において大きな優位性となります。

AI導入に伴う課題と対策

AI導入に伴って、どのような懸念点があるのかを知っておくことが大切です。ここからは、AI導入の課題と対策のポイントを詳しく解説します。

初期投資と維持コスト

AI導入において避けて通れないのが、初期投資とその後の維持コストです。例えば、需要予測AIを活用する場合、既存のPOSシステムと連携させるための開発コストや、複数店舗への展開を見据えたシステム構築のために初期段階で多額の資金が必要です。

さらに運用開始後もソフトウェアの定期アップデートやトラブル対応、店舗スタッフへの継続的なトレーニングが求められ、人件費や教育コストも発生するでしょう。

ただし、正しく投資すれば長期的にはマーケティング効率の向上やDX推進、人手不足の解消により大きなコスト削減効果を生み出す可能性もあります。ビジネス属性に応じた最適な設計と段階的な導入が必要です。

AI人材の確保と育成

AIを効果的に活用するには、顧客データの分析や在庫の最適化といった高度な業務を支える専門的な知識を持った人材の確保が不可欠です。しかし現在、AI人材はあらゆる業界で需要が高まり、優秀な人材の獲得競争が激化しています。

特に中小企業にとっては、最新の技術トレンドや機械学習モデルを理解し、現場とスムーズにコミュニケーションを取れる人材を採用・育成するハードルは高いのが実情です。

そのため、自社に専門人材を常駐させるのが難しい場合は、ノーコード型のAIツールを活用したり、専門ベンダーのAIソリューションを導入することで、必要な機能を外部に委託しながらも戦略的なAI活用を進める手段が有効です。

セキュリティリスクの管理

AIの導入には、セキュリティリスクの管理が避けて通れない課題です。購買履歴や決済情報といった大量の個人データをAIが分析・管理する際には、外部からの不正アクセスやサイバー攻撃による情報漏洩のリスクが常に存在します。

これらの問題を未然に防ぐためには、システムへのアクセス権限を厳格に管理することに加え、多要素認証(MFA)や暗号といった高度なセキュリティ対策を講じる必要があります。

今後の小売業界におけるAIの展望

今後の小売業界において、AIは業務効率化の手段にとどまらず、産業全体の構造を変える中核的な存在になると予想されます。少子高齢化による労働力不足が進行する中、人間の力だけでは対応しきれない現場課題を補完する形で、AIの導入はますます加速していくでしょう。

主に、サプライチェーンの最適化や価格設定の自動化、需要予測に基づく動的な在庫管理など、あらゆる領域で人工知能が用いられ始めています。

こうした技術の活用は、競争力のあるサービス提供や顧客満足度の向上につながり、小売業が持続的に成長するためのポイントになります。今後は、AI活用のニュースや事例が増える中で、それらをどう自社戦略に取り入れるかが重要な分かれ道となるはずです。

まとめ:小売業にAIを活用して業務効率化を進めよう

小売業界では、AIの導入が一部の先進企業だけでなく、今や業界全体にとってなくてはならない戦略となりつつあります。発注の自動化や接客支援、在庫管理、マーケティングなど、業務のあらゆる場面でAIが活躍し、効率化と顧客満足の両立を実現しています。

一方で、初期投資や人材不足、セキュリティリスクといった課題もあり、効果的な活用には慎重かつ戦略的な導入が欠かせません。こうした複雑な判断が求められる中、AIの導入から運用までをトータルで支援する専門パートナーの存在が大きな差を生みます。

SHIFT AIでは、小売業の実情に即したAIコンサルティングを通じて、貴社の課題解決と持続的な成長を力強くサポートいたします。相談は無料なので、お気軽にお問い合わせください。