ChatGPTをはじめとする生成AIの急速な進化は、ビジネスの世界に大きな変革をもたらしています。一方で「導入後の活用が進まない」「セキュリティ面が不安」といった課題に直面する企業も少なくありません。

情報漏洩のリスク、誤った使い方によるトラブルなど、生成AIによく見られる課題が全社的な展開を阻む壁となっているのです。

こうした状況の中、パナソニックグループの一翼を担うパナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社は、生成AIの活用を全社展開で取り組んでいます。その中心として活動するのが、同社の橋川氏と小畠氏です。

橋川氏は社内におけるAIの活用状況について、こう話しました。

「社内AIツールの導入やAIコミュニティの運営など、さまざまな働きかけによって、AIを活用する人が徐々に増えてきました。ただ、まだまだ改善できる部分もあります」 一人でも多くの従業員がAIに触れ、活用してもらうためにできることは何か。道半ばではありつつ、これまでの取り組みや過程を振り返っていただきました。

橋川昌和
橋川氏

パナソニック オペレーショナルエクセレンス(株)
情報システム部門 情報システム本部
ビジネスITソリューション部 エキスパート

システムインテグレーター、総合部品メーカーの情報システム部門、外資系コンサルティング会社を経て、2018年にパナソニック(現パナソニック ホールディングス)に入社。本社技術部門のITインフラの戦略・企画を経て、2023年よりPX-AIの戦略・企画を中心に、グループ全体の生成AI活用推進を担当。業務部門を中心に、生成AIを用いたプロセス変革に取り組んでいる。

小畠久輝
小畠氏

パナソニック オペレーショナルエクセレンス(株)
情報システム部門 情報システム本部
ビジネスITソリューション部 エキスパート

2005年に松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)に入社し、デジタル放送受信用LSIの開発に従事。2015年よりコーポレート研究部門を支援するIT部門に異動し、研究開発の加速や新規事業創出を目的としたIT戦略の企画・導入を担当。2025年からは生成AI活用推進チームに参画し、先端のAI技術を活用した業務革新のグループ内普及に取り組んでいる。

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部門を絞らず、まずは全員が生成AIを触ってみる

二人の所属する会社は、パナソニックグループの経理・人事・知的財産・物流・情報システム・ブランド・調達などの専門領域のサービス提供と連携により、オペレーションの高度化、効率化、高速化を推進しているパナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社。以前からパナソニックグループの各事業会社では、生成AIの活用が進んでいたと語ります。

「冷蔵庫の食材をカメラで認識し、レシピを提案するAI技術など、多様なAI技術が各事業会社で開発され、製品に実装されてきました。ただ、グループ全体の業務効率化といった観点から見ると、その領域にはAIが活用されていませんでしたね」

その後、社会全体で瞬く間にAIが普及。時代の変化にいち早く反応したのが、パナソニック ホールディングスのグループCEOの楠見雄規氏と、グループ CIO、グループ CTROの玉置肇氏でした。

「楠見、玉置をはじめ、経営層はAIの活用が重要なテーマだと捉えていました。AIを積極的に活用しなければ、事業の成長が頭打ちになるという危機感もあったはずです。

このような背景から、当社では部門を限定せず、まずは全社でAIに触れる機会をつくりました。グループ全体で活用しようということですね」

情報システム本部に所属する橋川氏と小畠氏をはじめとした4名で、全社でのAI活用の推進が始まりました。

「最初はPX-AI(社内向け生成AIツール)を触ってみて、徐々に慣れていく過程からのスタートでした。そもそもAIを使って何ができるのか、日々の業務がどう変わるのか、使って実感してもらうことが必要でしたから」

AI活用につながる2つの取り組みを実施

AIを使いこなせるかどうかは個人差が出ます。また、「どう使えばいいのかわからない」「とっつきにくい」といったイメージを持つ人も、決して珍しくありません。

そこで同社は、独自のAIアシスタントサービスである「PX-AI」を提供し、AIに触れるための壁を取り払っています。

「PX-AIは、OpenAI社のGPTモデルをベースとした、社内向け生成AIツールです。実際のChatGPTと比較して簡素化、簡略化したもので、より身近にAIを体感できます。

AIで何ができるのかという漠然とした疑問から、PX-AIで何かを試すという具体的なアクションにまでつなげていきました。AIに抵抗を持つ人も一定数いましたが、そういった人でも使いやすい仕様になっています」

AIに触れる機会の創出と同時に、利用時のガイドラインも策定。安心、安全な利用も実現させています。

「情報システム本部がグループ内でのガバナンスに関わる関係部署(技術・知財・法務・情報セキュリティ・ITなど)と連携し、AIの利用に関するルールを慎重に検討しました。また、利用時のガイドラインも策定し、万が一の事態を防ぐように注意しています。

AIをどう活用してほしいのか、どのような利用は避けるべきなのかを明確化したことで、より使いやすくなったのではないでしょうか」

コミュニティによる助け合い

AI活用を全社的に浸透させる上で、ツールやガイドラインの提供だけでは難しい部分があります。そこで実施したのが、コミュニティの場を活用する取組みです。

従業員がAI活用に関する疑問や困りごとを投稿し、それに対して有識者、あるいはAIに詳しい従業員が回答するコミュニティをつくりました。いわゆる助け合いの場ですね。

AIの進化は凄まじいものがあり、キャッチアップも大変です。変化についていけずに疑問が増えてしまうと、AIを使うモチベーションも下がりかねません。ですので、みんなで助け合い、AIについて触れる場を設けようと考えました」

当初は従業員から寄せられる疑問に対し、コミュニティ運営メンバーだけですべて答える労力を危惧していた橋川氏。しかし、その心配は杞憂に終わりました。 「先端技術に詳しいプロフェッショナルや、ボランティア精神にあふれた多くの従業員が、質問に対して自発的に回答してくれるんです。結果的に私たちの負担も少なくなり、この風土には助けられました」

さらに、投稿の傾向にも変化が現れたと話します。

「以前は、AIに強い関心を持つ方の投稿がメインでした。ただ、最近は初めてAIに触れる従業員からの質問も増えていて、さらに盛り上がっている感覚があります」

コミュニティには2万人近くの社員が参加しており、AIの最新情報や活用事例の共有も活発に行われています。

1人あたりで月間5.3時間の業務効率化を実現

さまざまな取り組みが功を奏し、社内でのAI活用率が徐々に向上。グループ全体では約7〜8割の従業員が生成AIを利用しているといいます。

「パナソニックグループ全体の従業員数が約21万人で、日本国内の約9万人を対象とした分析によると、およそ7万人が一度は生成AIに触れたという結果が出ました。この結果は、多くの従業員がAI活用を自分事として捉え、取り組み始めている証と言えます」

AI活用の社内人口が増加した結果、本来の目的だった業務効率化の実現も、着実な成果が出始めています

「2025年3月時点のデータでは、1人あたりで月間5.3時間、利用者全体で月18万時間の業務時間削減に成功しました。1ヶ月で60分の削減に成功した割合も、月を重ねる度に増えている状況です」

「今後さらにデータを取っていけば、効率化の時間がさらに増える可能性も十分にあります」

これからのさらなる成果についても、橋川氏と小畠氏は自信を覗かせました。

リスクマネジメントの観点から、AI倫理委員会を発足

AIの業務活用にとどまらずAI搭載製品・サービスを数多く社会に届けているパナソニックグループでは、AI技術特有のリスクに早い段階から着目。リスクをどのように管理し、低減するかを重要なテーマととらえ、「責任あるAI活用」を実践するためのAI倫理委員会を2022年に本格的に立ち上げました。

AI倫理委員会は、パナソニックグループの全事業会社を横断した取り組みで、技術部門に加えて法務、知財、ITなど、関連分野のエキスパートが参画しています。ルールやガイドラインの検討、リスクの把握、社員教育など、多角的な視点からAI活用に関するリスクとその低減策を検討、議論しています。

また、AI倫理リスクを社員が各自でチェック可能なシステムが提供されており、極めてリスクの高い案件については、AI倫理委員会が部門横断のリスクレビューを設定し、対応案を検討する仕組みになっています。

リスクマネジメントの観点から、AI倫理委員会が果たす役割は大きいと語ります。

委員会の存在により、従業員がより安心して、AIツールを業務に活用できるようになったと思います。すでに体制があったことで、AI活用の心理的な障壁が低減されたと感じます」

パナソニックグループ全体のAI活用を倫理的かつ安全に進めるため、「縁の下の力持ち」としてAI倫理委員会が機能しています。

AIエージェントを活用し、好循環を生み出す

同社は「全従業員がAIを使える環境」のその先を見据えています。今後の展望について伺いました。

「現状は従業員がAIに対して指示を出し、それに応じた回答や生成物を得るという、いわばAIに仕事を依頼する形が中心です。しかし、将来的には、AIが自律的に業務を遂行するAIエージェントの活用を目指しています

例えば、経理システムなどの既存システムと連携し、AIが自らデータを分析・処理した上で、新たな業務プロセスを提案・実行するといったレベルです。このフェーズまでたどり着くことができれば、さらなる業務効率化が実現できると思います」

では、そのフェーズに向けては、何が必要となるのでしょうか。

「私たちがAI活用を推し進めるのではなく、従業員が主体的に動くことを期待したいです。各従業員が積極的に取り組むことで、いい循環が生まれると考えています。

AIエージェントの観点から言えば、業務プロセスをどう変えればさらにいいものができるのか、私たちにどんどん相談してもらえると嬉しいです。そこから良いソリューションができると思っていて、好循環を回せるとベストですね」

全社展開のその先へ。橋川氏と小畠氏の挑戦は、まだまだ続いていきます。

パナソニック オペレーショナルエクセレンスの事例から学ぶ「真似すべき」5つのポイント

  1. AIに触れやすい環境をつくる
    独自のAIアシスタントサービス「PX-AI」を導入し、AI活用への心理的ハードルを下げた。
  2. 部署を限定せずに全社で取り組む
    全従業員を巻き込む観点から、特定の部署に限定せず、全社でAI活用を進めた。
  3. AI利用時のガイドラインを作成し、リスクマネジメントを徹底する
    「使ってはいけない場面」なども定義し、安心・安全なAI活用を推進した。
  4. 気軽に質問できる環境を整える
    疑問が発生した際も気軽に投稿できるよう、コミュニティを充実させた。
  5. トップ自らが方針を示し、全社にメッセージを届ける
    AIの重要性を明確に打ち出し活用を後押しする姿勢を示したことで、従業員にも生成AI使ってみようという意欲が生まれた。

パナソニックグループが進めてきた取り組みは、特定の部門に限定せず、全従業員が活用できる環境づくりを軸に据えた点に大きな特徴があります。

「PX-AI」による間口の広い仕組みづくり、コミュニティによる助け合いの文化、ガイドラインやAI倫理委員会による安全性の担保など、どれも多くの企業で応用できる実践例といえます。

AIエージェント活用を見据えて主体的な利用を促す姿勢も、全社的な定着に向けたヒントになるでしょう。

一方で、いざ自社で取り組もうとすると、

「どこから整備を始めればいいのか判断しにくい」
「ガイドラインや安全性の確保まで踏み切れない」
「利用を広げても、成果の見え方が曖昧になってしまう」

といった課題に直面する企業も少なくありません。

SHIFT AIでは、こうした「導入したが広がらない」「安全性と活用の両立が難しい」といった悩みに寄り添い、組織に適した定着プロセスを一緒に設計しています。

利用ルールや研修体系を整える段階から、現場の理解度に合わせた伴走支援、成果を可視化する仕組みづくりまで、企業規模に応じて柔軟にサポートします。

「AI活用の裾野を広げたい」「全社展開へ一歩踏み出したい」という企業の皆さまは、ぜひ一度、私たちの支援内容をご覧ください。

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