世界をリードする電子部品メーカーとして知られる株式会社村田製作所は、社内のDXおよび生成AI活用において先進的な取り組みを行っている企業です。
同社が生成AIの全社導入に踏み切った背景には、技術革新をいち早くビジネスの成長に繋げようとする現場の自発的な動きと、組織的にガバナンスを確立させる必要性がありました。
その中心を担うのが、全社横断的な活用推進組織「生成AI CoE(Center of Excellence)」です。
同社は国内の全間接従業員約2万人を対象とした大規模なAI研修を実施するなど、全社的なリテラシー向上とAI活用文化の醸成に注力した結果、利用者の70%以上が業務で日常的にAIを使いこなすという、極めて高い浸透度を実現しました。
今回は、データ戦略推進部市民開発推進2課のシニアマネージャーを務める榎本氏に、AI推進組織立ち上げの背景から5段階の利活用レベルの定義、AI活用の最終ゴールまでを伺いました。

株式会社村田製作所
データ戦略推進部市民開発推進2課 シニアマネージャー
大学院修士課程修了後、IT企業にて電力・ガス会社向けのシステム開発・保守、ソリューション企画・提案に従事。村田製作所入社後、IT戦略企画や人材育成企画を経て、SCM計画系システムの導入・保守を担当。現在は、生成AI活用推進を中心に、Microsoft 365 Copilotや市民開発ツールの企画・展開・運用をリードし、DX加速とデジタル業務改革を推進している。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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個人の自発的なAI活用から組織的推進へ
村田製作所における生成AIの活用は、データサイエンスやAIの知見を持つ従業員が生成AIの登場を早期に察知し、ビジネスにおける巨大なインパクトを直感したことからスタートしました。
彼らが自発的に検証を進めていったことが、現在の全社展開の土台となっています。しかし、個々の従業員がバラバラに動くままでは、組織として最大の効果を得ることはできません。
そこで、知見を一つに集約し、戦略的に舵を取るために「生成AI CoE(Center of Excellence)」が設立されました。
生成AI CoEの役割は多岐にわたりますが、その本質は必要なリソースを集中させ、専門知識を集約することにあります。生成AIという進化の激しい分野においては、常に最新の知見を取り入れながら社内の業務にどう適用できるかを模索し続ける必要があるからです。

「生成AIにはどうしても誤った使い方をしてしまうリスクがあるので、組織的にルールやガイドライン、ガバナンスを効かせて推進していく必要があります」
こうした土台づくりをしっかりと行うことで、全社員が安心してAIの恩恵を受けられる環境を整えました。
全従業員のリテラシーを底上げするAI研修の全貌
新しい技術を導入する際、最も大きな壁となるのが従業員一人ひとりの意識やスキルの差です。村田製作所では、生成AIを浸透させるために国内の間接従業員全員を対象としたAI研修を実施しました。

「間接従業員の半分を超える人数が受講を完了しており、利用率の向上にかなり大きな効果があったと考えています。AI研修はツールの使い方だけでなく、生成AIとどう向き合うべきかというマインドセットから具体的な業務への組み込み方までを体系的に学べる内容になっています」
全3回の研修は、生成AIの基礎知識やハルシネーションへの理解、プロンプトの工夫について学び、実際に自分たちの業務で試してみた結果を参加者同士でシェアするという非常に実践的なプロセスを辿ります。
受講者が国内の間接従業員の半数を超える規模でありながら、個々の業務に役立てられる内容にしたことが高い受講率と活用率に結びついています。
研修を通じて「会社として生成AIを推進していく」という明確なメッセージが全従業員に伝わり、リテラシーの底上げが実現されました。

業務プロセスの変革をもたらすパートナーとしてのAI
生成AIの導入は従業員の働き方や思考のプロセスそのものに変革をもたらしています。

「従業員の方から話を聞いたりアンケートをとったりしていると、“AIによって発想力が向上した”という声をよく耳にします。企画やアイデア出しといった面で、生成AIは非常に大きな効果を発揮していると思います」
また、具体的な業務プロセスにおいても従来は多くの手作業を要していた業務が、生成AIの活用によって抜本的に見直されています。

「生成AIがパッと簡易的にまとめてくれる部分はAIに任せ、人間は別の工程に注力する。そうした形で業務プロセスそのものが変わってきていると思います。従業員の話を聞く限り、AIは自分の潜在的な力を引き出して拡張してくれる存在だと感じている方が多い印象です。個人の能力を広げるパートナーとして機能し始めているようで、非常に面白い変化だと感じています」
AIとの協働を通じて従業員一人ひとりが自らの役割を再定義し、より創造的で高度な仕事へとシフトしていく流れが生まれてきています。
AIの利活用レベルを5段階で設定
村田製作所は従業員のAI活用状況を定量的に把握するために、下記のような5段階のレベルを定義しました。
レベル1: AIは自分には全く無関係だと感じている
レベル2: 興味はあるが、まだ使ったことがない
レベル3: 使ったことはあるが、継続的な業務利用はしていない
レベル4: 必要な場合は常に業務で活用している
レベル5: 業務プロセスに完全に組み込まれ、日常的に使用している

「利活用レベルを5段階に分けていて、一番上のレベル5は完全に業務プロセスに組み込まれて日常的に使用されている状態、レベル4は必要な場合には使っているという状態と定義しています。明確な基準を設け、組織の現在地を可視化して次のステップへと導くための指針としています」
同社はさらに、利活用レベルを中期経営計画における社内指標の一つとして設定しました。2027年度までにレベル4以上の従業員を一定の割合まで引き上げるという目標を掲げ、半期に一度のアンケートでその進捗を定期的に把握しています。
すでにレベル4以上の従業員が70%という驚異的な活用率を達成できているのも、このような定量的な管理と明確な目標設定があったからこそです。
従業員にとっても自分がどのレベルにあり、何を目指すべきかが示されることで、自発的な活用を促す動機付けになっています。
社内報にAIツールを紹介する漫画風記事を掲載
どれほど優れたツールや研修を用意しても、それを使いたいと思う心理が働かなければAIの浸透は進みません。
一例として、村田製作所では、生成AIに対する「難しそう」というイメージを払拭するために、社内報にAIツール紹介の漫画風記事を掲載するというユニークな施策を取り入れました。
この取り組みは、もともと別の市民開発領域で成功していた手法を生成AIにも応用したもので、親しみやすさと理解しやすさを最優先に設計されています。

「漫画風記事でのツール紹介は、まずはこんなものがあるよと知ってもらうために、短時間でさっと読めて理解しやすいものがいいんじゃないかというアイデアから生まれました」

また、社内イントラにはポータルサイトやコミュニティが立ち上がり、社員が自発的にAI活用事例やプロンプトを投稿できる環境が整っています。そこでは、議事録作成のコツからエグゼクティブ向けの文章作成といった、具体的ですぐに真似できる事例が溢れています。
さらに、投稿には「いいね」ボタンが押せるようになっており、「いいね」数がランキング表示される仕組みを採用することで、投稿者のモチベーションを高めると同時に、良質なナレッジが自然と集約される仕掛けを作っています。
社員が楽しみながら自然に学んでいけるような環境が、組織全体の活用をさらに加速させています。

Need to Shareへの変革とデータの民主化
村田製作所が生成AI活用の先に見据えているのは「Need to Know(知る必要がある人だけが知る)」から「Need to Share(必要になり得る人へ共有する)」への組織文化の抜本的な改革です。
情報を特定の人間や部署が抱え込むのではなく必要に応じて共有し、それをAIの力を使い最大限に活用することを目指しています。これが実現すれば、社内のあらゆるデータを横断的に活用した、より迅速かつ的確な意思決定が可能になります。
しかし、Need to shareには常にセキュリティやプライバシーのリスクが付きまといます。そこで重要になるのが、厳格なセキュリティと活用のバランスです。
同社では、ガバナンスのチームと技術導入のチームが密に連携し、どのデータがどこまで共有され、どのようにAIに使われるべきかを常にアップデートし続ける体制を敷いています。

「Need to Shareに移行していくことで幅広い知見を集めて活用できるようになり、より最適な情報から迅速な意思決定ができるようになると考えています。ただ、セキュリティのバランスをどう取るかというところが、一番の課題ですね」
単にルールで縛るのではなく、安全性を確保したうえで、いかにデータの価値を全社員に解放するか。この困難な挑戦に真正面から取り組むことで、同社はデータドリブンな経営の基盤をより強固なものにしようとしています。
最終的なゴールはAIが空気のように当たり前となること
今後の展望として榎本氏が掲げるのは、AIエージェントが業務プロセスの中に自然に組み込まれた世界です。AIが便利ツールの枠を超え、自律的なエージェントとして働くようになれば、人の働き方はさらに大きく変化します。

「情報の収集や一次分析、定型的な業務フローの実行といった、いわば“作業”の多くをAIエージェントに任せられるようになれば、人間はより戦略的な判断や、新たな価値を生み出すための創造的な思考に全てのエネルギーを注ぐことができるようになります」
村田製作所では、すでにそのための基盤づくりに向けた検討を開始しており、生産性や意思決定スピードの向上にとどまらず、市場変化への迅速な対応や、製品・サービス領域でのイノベーション創出による非連続な成長の実現を目指しています。
インタビューの最後、榎本氏は生成AI活用戦略における最終的なゴールについて次のように語りました。

「生成AIの活用が業務の中に自然に浸透していけば、我々のような活用推進組織の役割も、将来的には変化していくと考えています。普及や定着を支えるフェーズから一歩進み、次の新しいデジタルイノベーションに取り組めている状態が、最終的な目標です」
PCやスマートフォンが特別なものではなく、誰もが当たり前に使いこなす生活の一部になったように、生成AIもまた業務の中で意識することなく使われる「空気」のような存在になるというゴールを描いています。
村田製作所に学ぶ5つのポイント
村田製作所の生成AI活用は、現場の熱量と組織の規律、そして緻密に設計された教育施策が見事に融合した事例です。
製造業という堅実さが求められる業界でありながら、これほどまでにダイナミックな変革を推進できている本質を、5つのポイントに整理しました。
1.個人の自発的な動きを組織の力へ統合する
同社の歩みは、現場社員がAIのインパクトを直感し、自発的に検証を始めたことからスタートしました。その熱量を個人の活動で終わらせず、リソースを集中させ戦略的に舵を取るための専門組織へと昇華させたことが、全社展開に向けた強固な土台となりました。
2.AI研修で全社員の意識とスキルを底上げする
間接従業員全員を対象としたAI研修を実施し、マインドセットから具体的な業務への組み込み方までを体系的に伝えています。これにより「会社としてAIを推進する」というメッセージを浸透させ、社員一人ひとりがAIを自分事として捉える環境を構築しました。
3.活用レベルを定量化し、中期経営計画における社内指標の一つとして設定する
AIの利活用レベルを5段階で定義し、単なる努力目標ではなく中期経営計画における社内指標の一つとして設定しました。半期に一度のアンケートで進捗を定期的に把握し、組織の現在地を可視化することで、自発的な活用を促す動機付けと着実な成果に繋げています。
4.「楽しみながら学べる」仕掛けを作る
「AIは難しそう」という心理的ハードルを下げるため、漫画風記事によるツール紹介や、事例やプロンプトへの「いいね」表示など、多面的なコミュニケーションを重視しています。無理に押し付けるのではなく、社員が自発的にナレッジを共有したくなる文化を育んでいます。
5.AIを「個人の力を拡張するパートナー」と位置づける
AIを便利ツールの枠におさめず、人間の発想力を引き出し、潜在的な力を拡張する存在として捉えています。定型的な作業をAIエージェントに任せ、人間は創造的な思考や戦略的判断に集中するという未来の働き方を明確に示すことで、前向きな変革を後押ししています。
もちろん、ここで紹介した取り組みは、村田製作所の企業文化があってこそ実現できたものでもあります。
重要なのは、「仕組みそのものを真似ること」ではなく、自社の目的や文化に合った形でAIの活用を設計することです。AIを導入すること自体がゴールではなく、社員一人ひとりが自然に使いこなせる環境を整えることが本当の成果につながります。
しかし、実際に自社でこれを実践しようとすると、
「うちの組織に合ったAIの活用方法は?」
「社内に広げるには、どんな人材が必要?」
「成果をどうやって可視化すればいい?」
といった壁に直面する企業も少なくありません。多くの組織が同じ悩みを抱えています。
私たちSHIFT AIは、こうした「導入したが定着しない」という課題解決を得意としています。
貴社の文化や業務内容に合わせた浸透施策の設計から、社員のスキルを底上げする伴走型研修、活用成果を“見える化”する仕組みづくりまで、AI活用の定着に必要なプロセスを一気通貫で支援します。
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