「活用率は80%あります」
そう聞けば、多くの企業は「生成AI活用が進んでいる会社だ」と思うでしょう。しかし株式会社ビズリーチでは、その数字の裏にある問題に気づいた人物がいました。
「実際には、ほとんどがGoogle検索の延長でした」と語るのは、社内の生成AI推進を担う山内聡子さんです。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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活用率80%の落とし穴。「検索代わり」のAIと思考の分断
山内さんがビズリーチにジョインしたのは2025年の4月のこと。当時、すでに全社で生成AI(Gemini)の導入が進んでおり、ツールやルールの環境はしっかりと整っていました。実際の活用率も約80%と非常に高く、一見すると見事な定着ぶりに見えます。
しかし、その中身を紐解いてみると、実態は「検索による情報収集」としての利用が9割を占めていました。
「数字だけを見ると、一見活用が進んでいると思われますが、実際に蓋を開けてみると、思考は人間が行って、作業だけAIに任せるという形でした。活用しきれているのではなく、思考と作業が分断されている状態だなと強く感じていました」
単なる「調べるためのツール」に留まっているのはもったいない。生成AIを「一緒にモノを作るパートナー」へと引き上げたい。そう感じた山内さんがまず着手したのは「現場の声」を聞くことからでした。
40人との1on1で見えた、誰も手をつけていない「全社課題」
事業開発室に配属された山内さんは、入社直後の1ヶ月間で、各部門の部長陣など40人以上とひたすら1on1を実施しました。そこで浮き彫りになったのが、売上などの事業課題と並ぶ「生成AI活用」への全社的な課題感です。
「1on1を通して、部長陣含めて多くの方が生成AIについて課題を持っていることがわかりました。しかしその一方で、全社横断では推進されていない状態でもあったのです。
事業開発室という特性上、何をやるかを自分で意思決定できる環境だったので、私がこれを推進しようと決めたんです」
入社間もないメンバーに対して、各部署の責任者がフラットに「うちの部署はここが課題なんだよね」とオープンに打ち明けてくれる。そんなビズリーチならではの「人が良く、助け合う企業文化」に後押しされ、山内さんは自ら社内生成AI推進の旗振り役を買って出ます。
ここから、山内さんを中心にビズリーチ社内では生成AI活用が進んでいきます。
現場でのAI推進の第一原則は「足し算ではなく引き算」
生成AIの推進に限らず、全社横断のDX、システム導入において、推進担当者が現場から孤立してしまうケースは珍しくありません。「今のやり方で回っているから変えたくない」「目の前の業務で手一杯だ」という現場の反発に遭うからです。
しかし、山内さんは現場の反発を招かないための明確なアプローチを持っていました。それが「引き算の提案」です。
「既存の業務に『足し算』されたら嫌な気がしませんか? 現場の業務に足し算(フロー等が追加されること)をしてしまうと、『やりたくない』がまず前提としてあると思っています。
もうすでに自分の業務でいっぱいいっぱいで、『そこにAI使いましょう』と上乗せされたら、必ず後回しになったり『やり方を変えるのが面倒』となったりしてしまう。そのため、『この作業全部AIで代替できます』『この煩雑な工程を置き換えましょう』という形で、引き算の提案を心がけていました」
つまり、新たなツールを「自ら学んで使ってね」と押し付けるのではなく、現場の煩雑な作業をAIで代替し、負担を減らす。さらに、その提案をする前の「姿勢」にも山内さんならではの工夫がありました。
「『AIの活用状況教えてください、こんな活用ができますよ』の提示からではなく、『生成AIを部門内でどのように使っていますか?』というヒアリングと、『普段どのような業務をされていますか?教えてください』というコミュニケーションを最初に取らせていただいています。
それこそ私自身が入社したばかりだったのも良かったのかもしれません。
業務について教えてもらいながら、『その業務はAI活用で代替できますよ』と、現場と会話をしながら関係性を作り上げました」
AIの専門家として上段からソリューションを提案するのではなく、現場への深いリスペクトを持ち、「教えてもらう」姿勢を徹底する。これが、現場の心をひらき、共創を生み出す第一歩でした。
組織の心理を変えたのは「若手社員」と「競争心」
現場にヒアリングをする際、山内さんが強力なパートナーとして選んだのは「新卒入社の若手社員」たちでした。入社翌月の2025年5月には、若手のエンジニアやデザイナーと小さなチームを組成し、商談準備や採用支援といった「現場のKPIに直結する課題」の解決に乗り出します。
「若手メンバーと一緒に現場に入り込んで、業務をまず教えてもらって、要件定義から検証まで一貫して全部やらせてもらいました。若手メンバーと動くことで、彼らも業務理解が深まります。
それ以上に新卒入社の若手社員と一緒に取り組むことで、中途入社のメンバーも『自分たちもできるはず。それならやろう』という空気が作れる点が大きいと思っています」
「自分たちも負けずに生成AI活用推進していかなきゃ」というポジティブな連鎖を生み出す。これには社内心理を突いた明確な狙いがありました。
さらに、この波及効果を会社全体へ広げるため、事業部の月次締め会(最終営業日の集会)という場を活用します。各部門の「生成AI活用率」を集計し、ダッシュボード化して社員の前で公開したのです。
すると、最初は「今のフローを変えてまで生成AIを活用しきれそうにない……」と生成AI活用に難色を示していた部署にも、劇的な変化が起こりました。
「個別に生成AI活用についてお話したタイミングでは『自部署の業務でAI活用は難しい』と言っていた部署の方から締め会の直後にDMが来ました。聞いてみると、『自部署の活用率を上げたいので、協力してもらえませんか?どうしたら実現できますか?』と、現場から生成AIの活用について逆アプローチしてくれたんです」
他部署の成果や数字を可視化することで、「うちも負けていられない」という健全な競争心や悔しさを刺激する。単なるツールの導入にとどまらず、人間の心理や企業文化を巧みにハックすることで、現場自らが「AIを使いたい」と動き出す仕組みを見事に作り上げた瞬間でした。
社内のAI推進を「イベント」に変える
また、山内さんは自身の現場への向き合い方だけでなく、会社としての文化も活用しています。
生成AIの活用事例を社内で募る「事例発表会」や「コンテスト」は多くの企業が実施していますが、現場にとっては応募のハードルが高く、一部のITリテラシーが高い層だけの盛り上がりに終わってしまうことも少なくありません。しかし、ビズリーチが社内で開催した生成AIコンテストには、実に40〜50件もの応募が集まりました。
その裏には、意図的に仕掛けられた「お祭り化」の戦略がありました。
「前提として、弊社には『お祭り文化』のような部分があります。期末や締め会で『みんなで頑張ろう』と、社員間で手を取り合ってイベント化をすることが多いです。
そのなかで生成AIコンテストも開催したのですが、多くの参加者が集まりました。
コンテストでは、個人参加だけでなくチーム参加でも良いとハードルを下げたり、『失敗しても全然OK』というメッセージを出したりしました。心理的安全性と本気度の両立を設計したことが、皆さんに応募いただくきっかけになったのかなと思います」
コンテストの審査員には経営層クラスも並んだことで、会社を挙げたイベントへと昇華しました。また、楽しみながら持続的・自発的に学び続ける文化もこのコンテストと同時に醸成され、社内で事例やプロンプトを共有するSlackコミュニティには1,000人以上が参加しているといいます。
さらに、各部署に「AIエバンジェリスト(推進担当)」を20部門以上にわたって配置。彼らにスポットライトを当て、部署ごとの勉強会も山内さんではなく現場のエバンジェリストが自ら講師を務める仕組みを作りました。トップダウンで「やらされる」のではなく、現場が主役となって自発的に動く土壌を築き上げたのです。
現場のメンバーが主体的に作るからこそKPIに直結する成果を創出する
こうした現場主導の文化が根付いたことで、ビズリーチでは実際に圧倒的な成果が生まれ始めています。その象徴とも言えるのが、「prAIrie-dog(プレーリードッグ)」という取り組みです。
これは、誰もが安全に使えるSlack上のワークフローで利用可能な、生成AIプロダクト多産プロジェクトです。最大の特徴は「開発の主役がエンジニアではない」という点にあります。
「エンジニアが主導で開発するのではなく、あくまでも現場が主役です。prAIrie-dogのチーム自体は3人しかいない小さなチームなので、基本的には現場が課題を定義して、使い方の設計をして、プロンプト作成まで担います。
もちろん放置するわけではなく、担当チームが一緒に入ってプロンプトの書き方を教えたり、業務分解をしたりしますが、基本的には実装の最後の部分だけをエンジニアが担う形に分けています」
現場自身が「今すぐ解決したい課題(求人票の改善や返信率の向上など)」を持ち込み、自ら要件を定義するため、開発されたAIプロダクトはダイレクトに部門のKPI改善に直結します。通常の開発なら数ヶ月かかるものが、最短1ヶ月以内でリリースされるという圧倒的なスピード感も特徴です。
結果として、これら現場発の取り組みを集約したところ、全社で「約4000時間の業務削減」と「約1億円規模の価値創出」という目覚ましいインパクトに繋がっていました。
AIを活用する組織から「AIネイティブな組織」へ
泥臭いヒアリングから始まり、新卒の巻き込み、お祭り化、そして非エンジニア主導のアプリ開発へ。着実にステップを上がってきたビズリーチのAI活用。山内さんの見据える未来はさらに先を行きます。
「1年後はもうAIが横にいる、パートナーとして存在しているのが当たり前の状態になっていると思います。思考と作業の分断ではなく、業務フローの中にすでにAIが組み込まれている状態。そこを私たちは目指すべきだと思っています」
そして、3年後、5年後を見据えたさらに大きなパラダイムシフトへの挑戦も、すでに始動しています。それが2026年2月に設立された「AI Product Studio室」の存在です。
「AI Product Studio室では、人間がAIを使う開発ではなく、『AIが考えてプロセスを実行し、人間はあとの判断と責任を担う』というAI駆動開発の手法にすでに挑戦しています。単なる業務効率化ではなく、生産性を10倍、20倍の世界観に持っていく。これが開発だけでなくビジネス側でも変わってくると思っています。プロダクト開発が高速化し、ビジネス側もそれに合わせて変わっていくことで、3年後や5年後には、組織構造そのものがAI前提の『AIネイティブな組織』にきちんとなれると思っています」
「現場の業務を引き算する」という現場への深い寄り添いからスタートし、未来の「AIネイティブ組織」へと変貌を遂げようとしているビズリーチ。熱意ある一人の推進者の行動が、全社を巻き込む大きな革命へと繋がった見事な事例です。
そして何より生成AI活用の成否は、ツールではなく「推進の設計」に左右されます。ビズリーチの事例は、そのことを非常にわかりやすく示していました。

株式会社ビズリーチ
事業開発室 プロジェクト推進チーム
筑波大学卒業後、2016年にSBヒューマンキャピタル株式会社へ入社。CS部門立ち上げやマーケティング、経営戦略、事業開発、DX推進など幅広く従事。2025年4月より株式会社ビズリーチ事業開発室へ入社。現在は社内のAI活用推進や採用マーケティングを中心に、次世代の顧客価値創出プロジェクトに従事している。
ビズリーチのAI推進について:https://www.bizreach.co.jp/ai/
ビズリーチの事例から学ぶ、現場を動かすAI推進5つのポイント
ビズリーチにおけるAI推進の軌跡は、単なるツールの導入にとどまらず、いかにして「人の心」と「組織の文化」を動かすかという、非常に実践的なヒントに溢れていました。
トップダウンでの押し付けや、一部のITリテラシーが高い層だけの取り組みに終わらせないために、今回の事例から私たちが学べる重要なポイントを5つにまとめます。
- 「足し算」ではなく「引き算」から始める
現場の業務に新たなツールや作業を上乗せするのではなく、まずは「面倒な作業をAIで代替する(引き算する)」提案を行い、心理的ハードルを下げる。 - 現場の業務に対する深い理解とリスペクトを持つ
AIありきで解決策を提示するのではなく、「まずは業務を教えてください」と現場の懐に入り込み、ともに課題を紐解いていくスタンスを徹底する。 - 小さな成功体験から、ポジティブな連鎖を生み出す
新卒入社の若手社員とのプロジェクトなどで明確な成功事例を作り、部門ごとの活用率を可視化することで、「自分たちもやらなきゃ」という健全な競争心を刺激する。 - 現場が主役になれる「お祭り化」の土壌を作る
生成AIコンテストの開催や部門ごとのAIエバンジェリストの任命など、心理的安全性を保ちながら、現場自らが楽しみ、主役として動ける環境を整える。 - 非エンジニアが自走できる開発の仕組みを持つ
「prAIrie-dog」のように、現場自身が要件定義からプロンプト作成までを行い、KPIに直結するAIアプリを圧倒的なスピードで生み出す体制を構築する。
特にビズリーチ社における山内さんの推進姿勢や熱量は多くの企業にとってのモデルケースになるでしょう。同時に、組織全体のAIリテラシーや意識を底上げする「仕組み」も重要です。
この熱量と仕組み、あなたの会社では揃っていますか?
