画像・映像・イラストといったビジュアルコンテンツのマーケットプレイスを運営するピクスタ株式会社は、2015年頃からAI(機械学習)を導入し、サービスの中核である検索機能の改善を続けてきました。

近年、生成AIが急速に普及する中で、同社のAI活用領域はプロダクトの枠を超え、社内業務の効率化、そして開発組織の働き方にまで波及しています。特に、全社的なAI推進体制を構築し、AIを「力を合わせて共に働く人材」のように捉え組織全体の変革を図ろうとしているのが特徴です。

本記事では、執行役員CTOの小張氏へのインタビューに基づき、同社が歩んできたAI活用の道のりと、これから目指すAI時代の新しいクリエイター支援、そして組織変革のリアルな状況をご紹介します。

小張亮
小張氏

ピクスタ株式会社
執行役員CTO 兼 PIXTA VIETNAM Co.,LTD. 代表

1984年7月生まれ。2007年8月ピクスタ株式会社に入社。エンジニアとしてPIXTAの企画開発運用全般を担当し、2011年より開発部長としてエンジニア採用やシステムリニューアルに関わる。海外事業部長を経て、2015年よりベトナムに移住し、2016年5月に初の海外開発拠点となるPIXTA VIETNAM Co.,LTD. を設立、General Directorに就任。2020年1月に執行役員就任。PIXTAのシステムを支えつつ、新サービスの開発や機械学習・ディープラーニングの活用による新たな価値の創出に取り組んでいる。2023年5月に執行役員CTOに就任。

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AI導入の起点は「検索体験を良くしたい」という強い課題意識

ピクスタでAI活用が本格化したのは2015年頃のことです。ベトナムに開発拠点をつくった際、その中に小規模なAIチームを置き、まずは検索精度の改善に取り組みました。マーケットプレイスにとって、ユーザーが欲しい画像へ正確に到達できるかどうかは事業の根幹に関わるため、改善が求められる重要な領域でした。

当時は英語版・中国語版など海外展開を進めていたこともあり、キーワードの翻訳精度に課題がありました。写真につけられたキーワードを元に検索が行われるため、翻訳精度はユーザー体験に直結します。そこで、機械学習を用いた翻訳改善や、自動サジェスト機能が導入されていきました。

その後、素材を探すユーザー向けに類似画像のレコメンドなど、人間が対応すると工数が大きい部分をAIで補い、ユーザーとクリエイター双方の利便性を高める方向でプロダクトを進化させています。

クリエイティブ領域だからこそ直面するAI活用の課題

画像・映像・イラストといったビジュアルコンテンツを扱うピクスタでは、検索精度の改善にAIを活用しています。しかし、クリエイティブ領域には独自の難しさがあり、技術的な実装が進んでも、“人が求めるものに正確に辿り着く”という点ではまだ課題が残ります。

ビジュアルは言葉で完全に言い表しにくく、ユーザーが思い描くイメージをテキストに落とし込む段階でニュアンスのズレが生じます。人によって言葉の選び方も違い、検索キーワードと求める画像の間にしばしばズレが生まれるのです。そのズレを埋めるため、類似画像の提示やレコメンド機能を組み合わせ、ユーザーが必要な素材に辿り着きやすい仕組みが整えられています。

それでも、言語とビジュアルのギャップは完全には埋まりません。検索の裏側でどれほど高度なモデルが動いていたとしても、ユーザーが「こういう雰囲気の写真が欲しい」と考えたときに、ピタリと一致する結果を返すのは容易ではないのです。

小張氏

「欲しい画像を言葉にするとき、人によって表現が全然違うので、曖昧なイメージを検索キーワードに落とし込む段階でズレが起きやすいんですよね。うちのデータベース側の理解とユーザーの頭の中が一致すればいいんですが、そこがズレてしまうことが多くて、変換がすごく難しいと感じています」

さらに、クリエイティブ領域におけるAI活用は権利関係にも高い壁があります。アップロードされた作品を審査する際、著作権や肖像権に関わる判断においてはミスが許されません。

AIは一定の精度で判断を支援できますが、100%の安全性は確保できません。そのため「AI」「既存のルールベースのシステム」「人間による最終チェック」を組み合わせ、複層的な審査体制を維持しているのが現状です。

同社は「どんな技術が登場しても、クリエイターが創造性を発揮しやすい環境をつくる」という考えを軸に、日々変化するAIを実務で使うための仕組みを丁寧に育て続けています。

エンジニアの働き方を大きく変えた生成AIの登場

生成AIの登場によって、ピクスタの開発組織は以前とは違う形に変化しつつあります。特に新規プロダクトではコードを書く段階からAIが深く関わるようになり、エンジニアの時間の使い方にも明確な変化が生まれているといいます。

小張氏

新規プロダクトの開発初期は、ほぼすべてのコードをAIで書くケースも出てきています。そうしたケースでは、エンジニアはAIに渡す仕様書をどう書くかに時間を使っています。事業側の意図を把握し、技術的な要件も含めて、AIが開発しやすいように整理するという作業です」

コーディングが減る一方、エンジニアが担う役割はより上流の作業へと移行し、AIに渡す仕様書や指示内容をどう構造化するかに重点が置かれはじめています。

AIが生成したコードのテストも自動化されつつありますが、最終的な責任は必ず人が負います。そのため、どの段階で確認を入れるべきか、どこまでAIに任せてよいかという判断が不可欠です。エンジニアは設計と検証の境界を探りながら、AIの働きを最大限引き出す役目を担っているのです。

さらに、生成AIのサポートによって担当領域の幅が広がりつつある点も特徴的です。これまでは「フロントエンド」「バックエンド」など役割が明確に分かれていましたが、AIの支援を受けて専門外の領域に踏み込むエンジニアが増えています

コミュニケーション面でも事業側との対話が増えるなど、生成AIの存在がエンジニアリングの幅だけでなく、働き方のスタイルにも変化をもたらしています。

社内業務で始まった生成AIの定着と静かな変化

生成AIが一般に広まるにつれて、ピクスタ社内でも実務ベースでの活用が加速しています。専任組織がまだ立ち上がっていない段階でありながら、各部署が自分たちの業務に合わせてAIツールを試し始め、以前とは違うワークフローが少しずつ形になっているといいます。

ここで特に変化を感じるのが、会議の議事録作成や問い合わせ対応のフローです。これまで時間を取られていた地道な作業が、AIツールと連携することで手早く進むようになり、担当者の負担が軽くなっています。

小張氏

「問い合わせ対応では、Slackに組み込まれたLLMがユーザーのメッセージを理解し、内容に応じて適切な部署に振り分けられるようになっています」

開発部門でもCursorやGitHub Copilotなど複数のツールが併用され、作業によって使い分けるスタイルが定着しています。さらに最近は非エンジニアでも、CursorとNotionと組み合わせて業務効率化を目指す動きなども見られます。

社内に点在する成功例をどう全社に展開していくか、また共有の仕組みをどう整えるかが、同社が今後向き合っていく課題となっています。

全社的なAI推進体制をどう築くか 立ち上げ前夜のリアル

現在、社内では全社的にAI活用を推進するための新たな組織づくりを検討しています。

この構想の中心にあるのは、「エンジニアだけでは実現できない」という認識です。多様な業務を支える実際の担い手は、非エンジニアを含むさまざまな職種の社員であり、彼らが自分の業務プロセスをAIと組み合わせて改善できる状態をつくる必要があります。

小張氏

各部署それぞれに業務の知識を持っている人がいて、その人たちが自分の仕事をAI前提でアップデートしていくことが重要だと考えます。エンジニアだけで全部を作るのは現実的ではないので、使いこなせる人を各部署に増やしていきたいと思っています。全員のレベルを同じ高さに合わせるのは難しいので、まずは部署ごとのイノベーター的な人がちゃんと動ける環境を整えていければと思っています」

すでに法務主導で作成したガイドラインが存在し、利用可能なAIツールを整理しています。しかし、技術進化が速く、現場で迷うケースも発生します。安全と活用促進を両立すべく、法務部門も都度、ガイドラインを見直しながら取り組んでくれています。

計画やロードマップはまだ初期段階にありますが、小張氏は「2026年は、全プロダクト及び各種オペレーション業務へのAI活用を実現させる年」と語ります。先行導入しているプロダクトやチームでの成功事例を他事業にも横展開させながら、実装に向けた実証実験に取り組んでいこうとしています。そのために組織においても、AI推進する専門体制を整え、全社的なアップデートをサポートしていこうとしています。

AIと人が協働する未来に向けて描く姿

インタビューの終盤、小張氏は企業としての視点と個人としての視点を交えながら、これからの協働の在り方を語りました。どちらの視点にも共通していたのは、AIを「組織の動き方そのものを変えていく存在」と捉えている点です。

経営の面では、効率化を目的とした活用だけでは不十分になってきています。AIを人材のひとりのように捉え、人間が持つ判断力や創造力と組み合わせることで、より大きな価値を生み出す必要があると考えています。

一方で、事業やサービスの現場では、クリエイターが本来の創作に集中できる環境づくりが大きなテーマとなっています。撮影や描画といった核心部分に力を注ぎ、タグ付けやレタッチなど負荷の高い工程はAIが補助する未来を思い描いているとのことでした。

小張氏

「AIを単なる道具ではなく、人と同じように価値を生む存在として扱えれば、組織の在り方が大きく変わると思っています。クリエイター目線でも、任せられる作業はAIに任せ、本来発揮すべきクリエイティビティに集中できる環境が理想と考えています。また、生成技術の発達により表現の幅が広がり、求められるスキルも変わってきています。クリエイターも、主体は“人”でありながら、ツールとしてAIを使いこなす力は今後大事になると感じています」

同社が見据える未来は、AIに仕事を奪われるというイメージとはかけ離れています。AIと人がそれぞれの強みを支え合いながら創造性を高めていく世界を思い描き、そこに向けて静かに歩みを進めているように感じられます。

ピクスタから学ぶ「真似するべき」5つのポイント

ピクスタの取り組みの本質は、「人が本来注力すべき価値創造を最大化すること」にあります。多くの企業に通じる再現性の高い実践を、5つのポイントに整理しました。

  1. 課題の根幹である「ユーザー体験」の向上からAI導入を始める
    ピクスタがAIを最初に本格活用したのは、「ユーザーが求める素材に正確に辿り着けるか」という事業の根幹に関わる課題を解決するためでした。どんな企業であっても、AI導入を目的とするのではなく「成果の向上」と「コアな課題解決」に重点を置くことが、持続的な活用の第一歩です。

  2. 「人の判断力」と「AIの生成力」を組み合わせて働き方を変革する
    同社では、新規プロダクトのコードの大部分をAIが生成しています。人間のエンジニアはAIに何をさせるかという設計や、最終的な責任と判断を担う方向にシフトしています。AIに生成・実行を任せ、人は問いと検証、責任を伴う判断に注力することで、両者の強みを掛け合わせ、より高度な成果を目指すことができます。

  3. 非エンジニアを巻き込み、業務をAI前提にアップデートする
    全社的なAI推進体制の構想において、同社はエンジニアだけで仕組みを作るのは現実的ではないと認識しています。重要なのは、各部署で業務知識を持つ非エンジニアの社員が、自らの業務をAI前提でアップデートすることです。AI活用を一部の専門家任せにするのではなく、現場の知恵とAIを組み合わせることで、本当に効果のあるワークフロー変革が実現します。

  4. 自発的な成功事例を可視化し、「イノベーター」が動ける環境を整備する
    現在、同社内では各部署が自発的に議事録の要約や問い合わせの自動振り分けなど、多様な取り組みを進めています。無理に全社員のレベルを揃えるのではなく、成功事例が自然と広がる文化を優先しています。良い事例を共有し、ガイドラインや環境を整えることが、組織全体のAI活用を牽引する仕組みとなります。

  5. AIを「クリエイターの創造性の味方」として位置づける
    同社が提供するサービスでは、AIを「クリエイターを支援するパートナー」として位置づけています。タグ付けやレタッチのような負荷の高い作業をAIに任せれば、クリエイターが本来の創作活動に集中できるようになります。そうした変化を踏まえ、クリエイターを支える仕組みを改めて見つめ直しながら、AIと人がともに成長していく未来を思い描いています。

もちろん、ここで紹介した取り組みは、ピクスタの企業文化や事業特性があってこそ実現できたものでもあります。

重要なのは、「仕組みそのものを真似ること」ではなく、自社の目的や文化に合った形でAIの活用を設計することです。AIを導入すること自体がゴールではなく、社員一人ひとりが自然に使いこなせる環境を整えることが本当の成果につながります。

しかし、実際に自社でこれを実践しようとすると、

「うちの組織に合ったAIの活用方法は?」
「社内に広げるには、どんな人材が必要?」
「成果をどうやって可視化すればいい?」 

といった壁に直面する企業も少なくありません。多くの組織が同じ悩みを抱えています。 

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