ソーシャルメディアマーケティング支援を主力事業とする株式会社ホットリンクは、社員の約9割超が日常業務で生成AIを活用し、X広告の運用に関する業務でコミニケーションコスト44%削減、作業時間39%削減という具体的な成果を上げています。

この高い成果の背景には、スピードを最優先したトップの即断と、AI活用を5段階に体系化した「AI活用ピラミッド」があります。

本記事では、同戦略の全貌と、現場の「無意識の壁」を乗り越えるために実践された俊敏な「ギアチェンジ術」を、中心的な役割を担うお二人に伺います。

※本記事に記載されている情報は、記事公開時点のものです。

山本 真照

株式会社ホットリンク 執行役員 CTO(最高技術責任者)

開発本部を管掌し、全社的なAI推進を技術面から統括。経済学博士の知見を活かし、技術と事業の「橋渡し役」を担う。

大野 俊太郎

株式会社ホットリンク 執行役員 経営企画担当

コンサルティング本部長などを経て現職。全社的な事業推進と経営企画の立場から、AI推進の組織的な仕組みづくりと現場への浸透を牽引。

※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。

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トップの即断即決が生んだAI推進の初期衝動

ホットリンクが全社的なAI導入を本格化させたのは、生成AIブームの初期段階、2024年4月頃でした。

山本氏

「2022年12月頃にChatGPTが出た直後から、経営陣の中で『AIによるディスラプトが大きく進んでいくだろう』という確信を持ちました」

この確信は、同社がR&D組織を持ち専門的な知見があったこと、そして取締役会でAIによる業務の大転換が起こるという危機感が共有されていたことに基づいています。

大野氏

「トップが即座に決断し、実行するという状態になったのは、当社の規模が影響した側面もあるかもしれませんが、経営層のコミットメントとスピード感が、当社の生成AI活用における最大の特長です」

情報リスクを抑えながら踏み切った“決断”

ホットリンクでは、2023年4月から全社員にChatGPTの有料の個人プランを付与しました。当初、ChatGPTには法人契約の仕組みがありませんでした。

多くの企業がセキュリティやROI(投資対効果)を慎重に検討する中で、ホットリンクは敢えてスピードを最優先する決断に踏み切ったのです。

山本氏

「当時は法人契約の整備が進んでいなかったため、各従業員の個人契約と経費精算による費用補填という形で、迅速な利用開始を実現しました」

大野氏

「『まずは実行しよう』と、相応の予算を一気に投じる決断をしたのは、あれはやはりすごい英断だったと思っています」

当然、さまざまな懸念はあったものの、そのリスクをAIセキュリティ管理チーム(現AI推進部)が中心となって最小限に抑え込みました。

大野氏

「『クライアント情報をそのまま入力しない』『オプトアウト設定を確実に行う』といった利用ガイドラインをAIセキュリティ管理チームを中心に迅速に策定し、従業員へ周知徹底した上で利用を進めていったのが、初期の大きなきっかけです」

AI活用の現在地と未来を可視化する「AI活用ピラミッド」の全貌

AI活用を進める中で、次のステップとして浮上したのが「体系化」の必要性でした。

経営企画を担当する大野氏からは、全組織が動く中で、「誰がどの領域をやっているのか」「我々はAI時代にどういった目標を持っているのか」という目線合わせの必要性が強調されました。

この課題意識のもと、CEOとの対話を通じて2025年春に生まれたのが、ホットリンクが描くAI活用の全体像を5つのフェーズで示した「AI活用ピラミッド」です。

フェーズ定義(担う役割)目的
01AIの組み込み(業務効率化)既存業務の一部をAIで強化し、効率化と品質向上を実現する。まずは“負荷の高い作業の置き換え”から始める段階。「日常的にAIを活用する」という意識と行動を従業員に埋め込む。
02AIエージェントの作成(業務フロー再設計)“AIがいる前提”で業務全体を再設計し、AIを主体的な実行者として組み込む。プロセスを根本から作り替える段階。
03AIによる価値創造(新規事業)AIエージェントや技術そのものを価値提供手段として活用し、新規サービス・事業を生み出す。
04エージェントの複業化(生産性の極大化)一人の人が複数のAIエージェントを扱い、人的リソースを変えずに生産性と提供量を飛躍的に伸ばす。
05AIによる業務進行の自律化(究極の未来像)AIエージェントが業務進行の管理や日々の判断を自律的に担う。
山本氏

「すべてを一律に足並みを揃えて進めるよりも、領域ごとに『この分野はすでにフェーズ02に進んでいる』という形で、目標に対して反復的に向き合い、常に上を目指していくアジャイルな推進こそが実態に即しています」

大野氏

「なお、フェーズ05はあくまで『業務進行の自律化』としての究極像を示したものであり、『何をやりたいのか』という最終的な意思決定までAIに任せることを目指しているわけではありません」

AI活用率96.4%を実現した、ホットリンクの“組織変革”の現在地

ホットリンクが取り組む「AI活用の基盤整備(フェーズ1)」を象徴するのが、全業務の60%でAIを活用することを目標に掲げた「AI60」プロジェクトです。

山本氏

「全業務の60%にAI活用を定着させるというプロジェクトを推進しました。この目標はすでに達成しており、最終的には70%近くまで利用が拡大しています」

この成果は、社内アンケートでも裏付けられています。 2025年10月実施の最新調査では、社員の 96.4% が「週3回以上(=ほぼ毎日または週3〜4回以上)」でAIサービスを利用しており、利用の定着と高い浸透率が明らかとなっています。

加えて、バックオフィス部門や派遣・アルバイトにもAI利用が広がっており、全社一体での“AI日常化”が進んでいることが特徴です。

X広告の運用に関する作業時間39%短縮の衝撃

現在注力するフェーズ02(“AI前提”の業務フロー統合)では、すでに明確な工数削減効果が表れています。

同社が開発した「X広告運用システム」では、

  • 社内コミュニケーションコストが 44%減
  • 出稿作業時間が 39%減

という目覚ましい成果を達成しました。このシステムは生成AIを活用し、わずか2か月という短期間での開発・導入によって実現されたものであり、その迅速な立ち上げ自体が大きな強みです。

このような結果は、単なる“効率改善”に留まらず、業務設計や運用スタイルそのものを “AI前提” に書き換える力が、組織にもたらす価値を明示するものです。

AI浸透を阻んだ最大の壁──「自分ごとではない」という無意識の思い込み

AI活用を全社に広げる上で、ホットリンクが最初に直面した最大の障壁は、明確な反発ではなく、現場に根付いていた「自分の仕事にはAIは関係ない」という無意識の思い込みでした。

山本氏

「無意識にAIを排除しているのです。使いたくないわけではないのですが、『自分の仕事には関係ない』とどこかで思ってしまっている。この無意識の壁を取り除くことには、少々苦労しました」

こうした“見えない壁”を越えるには、トップが掲げたメッセージを繰り返し伝えるだけでは不十分でした。

“AIドリブンで考える”ことを現場で実践できるように、具体的な活用例を示しながら、少しずつ 「AIが前提の働き方」 へ意識変革を促す取り組みが始まったのです。

強制力とキーマンの両輪で突破──ギアチェンジが生んだ自走組織

導入初期(2024年4月)は「やってみましょう」という呼びかけにとどまり、AIを「毎日(週に5回以上)」利用している社員は10〜20%台に留まっていました。そこでホットリンクは、推進のギアを大胆に切り替えます。

  1. 評価制度にAI活用を組み込み、強制力を高める
  2. キーマンを育成し、成功例を現場に“橋渡し”していく

スキルや感度の高い部長層を中心に、実務で成果を出している現場の推進リーダーを明確化し、成功体験を全社へ横展開することで、AI活用が「義務的なもの」から「成果に直結する方法」へと社内意識が切り替わっていきました。

大野氏

「考えてから動くべき時と、考えずに動くべき時がある。課題が変わるたびにギアを変えて、フェーズごとに動き方を変える必要がありました」

推進体制を、AI推進部が一括管理する中央集権的な体制から、本部ごとに推進を担う地方分権的な体制へと変更しました。これにより、AI活用を自ら主導・推進する状態へと進化しています。

こうしてホットリンクは、 「AIは自分の仕事とは関係ない」という無意識の壁を打ち破り、 組織全体が自走して変化を生み出すフェーズへと到達したのです。

未来のビジョン──AI前提の組織文化が目指すもの

フェーズ01・02で実現してきた業務効率化の先には、より本質的な課題解決があります。

ホットリンクは、2026年以降、高レベルの成果に繋がっている思考や判断の再現に焦点を移し、AIを前提とした価値創造のフェーズへ進む計画です。

山本氏

「成果に直結する本質的な思考は何か、という部分を、掘り下げていくことが、次のポイントになると思っています」

特に注目しているのは、マネジメント領域です。

たとえば、優秀な本部長やマネージャーが、課題をどう整理し、何を基準に意思決定しているのか。

その “思考のテンプレート”や“業務の整理体系”をAIで再現し、組織全体の判断力と実行精度を底上げする「デジタルツイン」構想を進めています。

山本氏

「極端な話、優秀な本部長のAIの分身(デジタルツイン) があれば、部下はそれを見たり、そのAIに壁打ちしたりすればいい」

しかし、AIが業務の多くを自律的に進めるフェーズ05の世界になっても、人の役割は依然として重要だとお二人は語ります。

AIが意思決定しても、人が担う役割は消えない

AIが最適化を担うようになっても、「何をやりたいのか」を定める意思そのものは、人に委ねられ続けるといいます。

大野氏

「(AIが最適化しても)結局、何をやりたいのかという話は人の思考や思いに関わる。そこはどこまで行っても人間だと思います」

山本氏

「人間だからこそヘマをしたり、予想外のことが起きたりする。その“ノイズ”から新しい価値が生まれることもある。そういう可能性が残り続けると思うんです」

つまり、AIが業務を最適化し、意思決定を代替する未来は、人間の創造性を最大化するための“余白”をつくる未来でもあります。

ホットリンクが目指すのは、“人 × AI”が共創し、組織全体が常に進化し続ける状態なのです。

ホットリンクから学ぶ3つのポイント

ホットリンクの取り組みは、AI活用を単なるツール導入で終わらせず、“文化として根付かせる” ために必要な3つの示唆を私たちに与えてくれます。

  1. フレームワーク化と体系設計
    AI活用を段階的に進行。 現在は 「AI活用ピラミッド」 として体系化し、全社で共有することで、推進の基準軸と前進の方向性を明確にする。
  2. スピードとトップリード
    ROIを過度に気にする前に、トップが意思決定し、即座に実行する。スピードが、変革を止めずに前進させるエンジンとなる。
  3. 課題解決型のギアチェンジ
    現場の 「無意識の壁」 を認識し、評価制度への組み込みや体制の地方分権化 など、仕組みとして変革を支えることで、自走型組織へと変化させていく。

これらの取り組みは、特別な技術投資に依存せず、多くの企業でも応用できる再現性の高いノウハウです。

SHIFT AIでは、貴社の文化や業務内容に合わせた浸透施策の設計から、社員のスキルを底上げする伴走型研修、活用成果を“見える化”する仕組みづくりまで、AI活用の定着に必要なプロセスを一気通貫で支援します。

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