運用型広告をはじめとするマーケティング活動を支援する株式会社イーエムネットジャパンは、テクノロジーの進化をいち早く事業に取り入れ、業界内での競争優位性を築いてきた企業です。
同社が生成AIの全社導入を決定した背景には、クリエイティブ制作における品質の再現性を担保した量産化体制の構築という目先の課題解決だけでなく、広告代理店という業態そのものが直面する役割の変化への強い危機感がありました。
AIを単なる業務効率化のツールとして捉えるのではなく、AI活用そのものをクライアントへの支援価値に変えていくという戦略的な視点が、同社の取り組みの特徴です。
全社員を対象としたAI活用コンテストの開催や非エンジニアによるAIを用いたシステム開発など、組織文化を根底から書き換えるような挑戦を続けています。
今回は企画戦略本部の執行役員である阿部氏に、2023年末の導入から現在に至るまでの歩みと、AIと共に歩む同社の未来像について詳しくお話を伺いました。

株式会社イーエムネットジャパン
企画戦略本部 執行役員
2011年 株式会社イーエムネット(現 株式会社イーエムネットジャパン)に入社後、広告営業・運用に従事。
2019年 広告インハウス支援サービスの立ち上げ、及び大手金融機関のインハウス支援プロジェクトリード。
2020年 広告媒体社とのマーケティングBPO責任者として新規事業立ち上げ。
2022年 執行役員に就任。2026年現在は、経営企画として全社経営課題の抽出と戦略策定に従事。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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未成熟だった社内クリエイティブ制作体制と広告業界の変遷が導いた全社的なAI導入
イーエムネットジャパンが生成AIの全社導入を決断したのは、2023年の終わり頃のことです。その背景には、大きく二つの理由がありました。
一つ目は、事業拡大を見据えたクリエイティブ制作体制の再構築です。これまで特定社員の知見やスキルに依存しがちだった体制を見直し、今後の体制を議論する中で、当時まだ普及途上にあったAI技術に着目しました。
AIを活用すれば特定のデザイナーの知見やスキルに依存しない、持続可能な制作体制を構築できるのではないかという期待が生まれたのです。
クリエイティブ制作は属人化しやすい領域であり、特定の個人のスキルや経験に強く依存する傾向があります。だからこそ、これまで個々人が蓄積してきた知見を集約し、仕組み化することで足元の課題を解決しながら、中長期的にAI活用を前提とした業務設計をすること自体が当社にとっての競争源泉になり得ると考え、導入へと踏み切りました。
二つ目の理由は、広告業界が直面してきた構造的な変化です。2010年代後半から、インターネット広告業界では広告媒体側の機械学習の導入が既定の路線となり始め、一つの大きな潮流を形成していました。
それまで人間が手作業で行っていた入札調整やキーワード設定といった煩雑な業務は次第に自動化され、運用の手間は軽減されていきました。しかしこれは代理店側から見れば、これまで代理店が広告主に対して提供すべき価値の大きな要素であったオペレーション業務から、より高度な戦略策定へと提供価値をシフトさせる必要性に迫られたことを意味します。
AIが普及するほど、運用作業は誰にでもできるものになっていきます。だからこそ、そうした変化を見据え、当社自身がAIを使いこなすことでAIの活用ノウハウを自社内に蓄積していき、身をもって得たノウハウやAIソリューションをクライアントに提供・導入を支援すること自体が、これからの広告代理店の新たな価値になると同社は考えました。
目先のクリエイティブ制作体制の再構築という課題と、業界における自社の立ち位置の再定義という二つの視点が重なり合ったことで、同社はAIの全社導入へと踏み切ることになったのです。
社員一人ひとりの感動体験を重視したAI活用コンテスト
AIの全社導入を決定したものの、ChatGPTが登場して世の中の注目を集め始めた初期段階において、どのようにして社員に浸透させていくかが次の大きな課題となりました。

「導入にあたっては、まず“AIで何ができるのか”を理解してもらうことが必要だなと思っていました。2024年からは社内でAIの勉強会を実施し、全社員に触れてもらうところから始めて、こんなことができるんだと感動体験を実感してもらうことに重きを置いて進めました」
阿部氏が注力したのは、社員がAIに対して能動的に向き合える環境づくりでした。
中でも特に大きなインパクトをもたらしたのが、複数回にわたって実施された「AI活用コンテスト」です。これは単なるアイデア出しの場ではなく、社員一人ひとりが実際に手を動かしてAIの可能性を体感できるような内容でした。
コンテスト後には特定の業務プロセスをAIで効率化しようとする動きが現場から自発的に生まれるようになり、AIは会社から課された義務ではなく、自分の仕事を楽にし、価値を高めるための必要不可欠なリソースであるという意識が社内に根付いていきました。
非エンジニアがAIでシステムを構築する自走型開発組織へ
イーエムネットジャパンの取り組みの中でも特筆すべき事例が、非エンジニアによるシステム開発です。
社内の業務改善システムを構築するには通常エンジニアの工数が必要ですが、同社のエンジニアリソースは限られていました。
そこで2026年にはAI活用における全社横断組織としてAI活用推進チームを発足し、特定の業務課題を持つ組織や社員に対してAI活用推進チームが伴走することにより、AIに開発方法を問いながら実装を進める「バイブコーディング(Vibe Coding)」の手法を取り入れつつ、エンジニアリソースを割くことなく業務課題を解決できるようなシステムを構築するという挑戦を始めました。

「エンジニアに頼りきりになるのではなく非エンジニアが業務システムを開発するとなった時に、AIにその開発方法も聞いて、開発を実装していくということをやり始めています」
直近の事例としては、リーガルチェックの簡易システムがあります。これまでメールベースのやり取りに依存し属人化していた法務相談のフローをWEBアプリ化しました。
リーガルチェック状況のステータス把握をリアルタイムで確認できるようにしたことで、相談依頼者と法務担当者におけるコミュニケーションコストを削減できるようにしたことに加え、相談内容と対応方法の情報を一元管理してそれをナレッジに組み込んだ上でAI活用することで、当社としてのリーガルチェックの対応に一貫性を持たせることができるようにシステムを構築しています。
開発を担ったのは、プログラミングの経験を持たないAI活用推進チームの社員です。AI活用推進チームはバックオフィス担当者に「何があれば便利か」を丁寧にヒアリングし、その要望をAIとともに形にしていきました。
この取り組みが示すのは、ひとつのシステムを完成させたという成果以上に、AIがあれば技術的な障壁を超えて誰もが課題解決の担い手になれるという可能性です。
非エンジニアが開発方法をAIに問いかけ、出力されたコードを実装していくプロセスは、開発の民主化を体現しています。
複数のAIツールはコストとセキュリティで使い分ける
AIを全社的に活用する上で避けて通れないのが、セキュリティとコストのバランスです。イーエムネットジャパンでは、国内AIツールベンダーのプラットフォームと、Google Workspaceに付随するGeminiを用途に応じて使い分けています。

「元々は国内AIツールベンダーだけを使っていたのですが、我々がGoogle Workspaceを活用していたこともあり、2025年からGeminiも併用し始めました。国内AIツールベンダーの契約形態を考慮し、利用規模に応じたコストパフォーマンスの最適化を図る観点から、Geminiで事足りる場合はそちらを使用しています。一方、すでに業務フローに取り込んでいるものや、複数のLLMを選択してアウトプットの品質検証を行う時には引き続き国内AIツールベンダーをメインに据えています」
セキュリティ面では、既に自社環境として整備され、セキュリティポリシーが守られているGoogle Workspace内でのAI活用を前提にすることで、高いセキュリティレベルを維持しています。バックオフィス業務などで扱う機密情報についても、使い慣れたセキュアな環境下で安全にAIの恩恵を享受できる体制を整えています。
法務チェックや財務分析といったセンシティブなデータについても、ガバナンスを効かせながらAI活用できる体制を構築しています。AIの技術の進化は本当に速いため、今後も新しいAI活用基盤を適宜検討していく必要があると考えていますが、ROIの観点とセキュリティ観点を十分に考慮した上で今後も当社にとって最適なAI活用方法を模索できればと考えています。
人的資本の価値を再定義し、AIと共に事業の持続的成長を目指す
AIの導入により営業提案資料の骨子作成などオペレーティブな業務は大幅に効率化されましたが、同社はAIが人間を代替するとは考えていません。

「定型業務に関してはどんどんAIに代替していった方が良いでしょう。ですが、AIで代替したら人は要らなくなるのかと言えばそんなことはありません。そもそも何をやるべきなのかというイシューの策定であったり、他者にスムーズに動いてもらうための細やかな合意形成や、感情に寄り添った交渉といった、人だからこそ発揮すべき価値は今まで以上に求められるのではないかなと思っています」
一方で、AIの進化スピードへの対応が現在最大の課題です。情報のキャッチアップと検証を怠れば成長機会を逃しますが、手を広げすぎれば中途半端になるリスクもあります。
限られたリソースの中でAIと向き合い続けるバランスを模索しながら、同社はAI活用を人事評価に組み込むことも検討するなど、AIを企業文化として定着させる取り組みを進めています。
同社が目指すのは、広告運用にとどまらないコンサルティング型パートナーへの進化です。生成AIの普及によって広告戦略の立案から施策実行までが民主化される中、これまで手がけてきた顧客マーケティング機能のインハウス支援を軸に、マーケティング戦略全体や事業戦略へのAI活用支援へと領域を拡張していく考えです。
イーエムネットジャパンに学ぶ5つのポイント
イーエムネットジャパンのAI活用は、広告業界というテクノロジーの変化が激しい領域で、会社として提供すべき価値や役割を必死に問い直してきた結果生まれたものです。
しかし、同社の取り組みの本質は“最新モデルの導入”ではなく、“現場が自ら課題を見つけ、AIを道具として使いこなす文化づくり”にあります。多くの企業に通じる再現性の高い実践を、5つのポイントに整理しました。
- 導入のきっかけを「現場の危機感」と結びつける
同社がAI活用を加速させたのは、クリエイティブ制作における品質の再現性を担保した量産化体制の構築という明らかな課題と、広告業界における代理店の役割の変化という構造的な危機感があったからです。AI導入を会社の存続に関わる戦略として位置づけることが、トップと現場を動かす強い力になります。 - 「感動体験」を最優先に全社員をAIに触れさせる
AI導入を浸透させる際、同社は一方的な教育ではなく、活用コンテストを通じた「体験」を重視しました。社員が自ら手を動かし、「こんなことができるんだ」というポジティブな驚きを得ることが、その後の自発的な業務改善へとつながります。 - 非エンジニアによる「自走型」の開発体制を築く
非エンジニアによる「現場主導型」の開発体制を築く/専門的なエンジニアリソースに依存せずとも、AIを活用すれば現場の社員が自らシステムを構築できることを証明しました。AIに聞きながらコードを書く、あるいは仕組みを作るというプロセスを許容し推奨することで、社内のあらゆる部署が課題解決の主体となれる環境が整います。 - ガバナンスと効率を考慮したツールの「ハイブリッド運用」
すべての業務をひとつのツールに集約するのではなく、コストやセキュリティ、用途に合わせて複数のプラットフォームを使い分けることが重要です。Google Workspaceのような既存インフラを最大限に活かしつつ、高度な検証には専門ツールを使うという、冷静なコスト意識とリスク管理の両立が求められます。 - AI時代に合わせて自社のサービスモデルを「再定義」する
AIによって既存の業務が効率化されることを前提に、同社は広告運用代行から、マーケティング全体の戦略支援やインハウス支援へと役割を拡大しました。AIで代替可能な部分を認め、その分空いたリソースを人間にしかできないイシュー策定や高度な判断にシフトさせています。
もちろん、ここで紹介した取り組みは、イーエムネットジャパンの企業文化や事業特性があってこそ実現できたものでもあります。
重要なのは、「仕組みそのものを真似ること」ではなく、自社の目的や文化に合った形でAIの活用を設計することです。AIを導入すること自体がゴールではなく、社員一人ひとりが自然に使いこなせる環境を整えることが本当の成果につながります。
しかし、実際に自社でこれを実践しようとすると、
「うちの組織に合ったAIの活用方法は?」
「社内に広げるには、どんな人材が必要?」
「成果をどうやって可視化すればいい?」
といった壁に直面する企業も少なくありません。多くの組織が同じ悩みを抱えています。
私たちSHIFT AIは、こうした「導入したが定着しない」という課題解決を得意としています。
貴社の文化や業務内容に合わせた浸透施策の設計から、社員のスキルを底上げする伴走型研修、活用成果を“見える化”する仕組みづくりまで、AI活用の定着に必要なプロセスを一気通貫で支援します。
「AIを導入したのに現場で使われていない」「成果をどう評価すればよいかわからない」そんなお悩みをお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちの支援内容をご覧ください。
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「生成AIを導入したけど、現場が活用できていない」「ルールや教育体制が整っていない」
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