エンターテインメントを提供する企業にとって、AIは「便利な道具」でありながら、「扱い方を慎重に選ぶべき技術」でもあります。作品や商品に宿る価値の中心には、企画者の熱量や想いがあり、その部分をAIに委ねれば創造性の輪郭が揺らぎかねないという不安がつきまとうためです。
一方で、企画前の調査、資料作成、翻訳、議事録──創造に直接結びつかない作業も多く、現場の負荷が蓄積しやすいのも事実です。AIはそこを軽くし、本来注ぐべき「考える時間」を取り戻す力を持っています。
この期待と懸念が入り交じる状況で、バンダイナムコグループの株式会社バンダイと株式会社BANDAI SPIRITSは、共同でプロジェクトを立ち上げ、AIを「創造性を奪う存在」ではなく、「創造の余白を生む存在」として組織に根づかせる道を歩みました。
企業ならではの文化を守りながら、AIを味方として育てる。本記事では、その両社ならではのアプローチを株式会社バンダイ メディア部 メディア開発チームの戸松淳氏と株式会社BANDAI SPIRITS EC戦略部 データマネジメントチームの矢部まりな氏にお伺いします。

株式会社バンダイ 株式会社BANDAI SPIRITS(兼務)
メディア部 メディア開発チーム
システム営業を経験後、2016年に株式会社バンダイ入社。版権営業に従事し、その後2018年よりオウンドメディアやYouTubeチャンネルなどデジタルメディアの企画運営を担当。現在は全社データ活用や生成AI推進、LINEアカウント運営に従事。

株式会社BANDAI SPIRITS
EC戦略部 データマネジメントチーム
コンシューマー向けwebサイトの管理・保守に従事。2022年に株式会社BANDAI SPIRITS入社。ECサイトの管理・保守を担当し、現在はデータ戦略や生成AI推進業務に従事。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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「お客様が喜ぶこと」に集中できる環境を目指した
バンダイナムコグループは「Fun for All into the Future」をパーパスとして掲げています。世界中の人々に楽しさと感動を届け、未来に向かって笑顔と幸せを追求していくことを何よりも大切にしてきました。しかし事業が拡大するにつれ、その創造性を発揮するための「時間」そのものが不足し始めていたといいます。
「お客様をワクワクさせる企画を考える時間が足りない、という声が多く上がっていました。実際現場では定型業務に追われて、本当に注力すべき部分に時間を割けていない状況になっていたんです」(戸松氏)
この課題は、特定の部署に限ったものではありませんでした。メディア部でも、EC戦略部でも、プロダクトに関わる現場でも、同じ悩みが共有されていたのです。
「楽しいものをつくる会社なのに、楽しい企画を考える時間が足りない」──その矛盾は、組織全体の問題として浮かび上がっていました。そこでバンダイ、BANDAI SPIRITSが選んだのが、生成AIによる「時間の再設計」でした。
AIを使って業務を効率化すること自体が目的ではありません。
「定型業務はAIに任せ、人が『お客様が喜ぶこと』に集中できる環境をつくりたかった」(戸松氏)
そう語る戸松氏の言葉に、バンダイ、BANDAI SPIRITSのAI活用の本質が表れています。定型業務をAIに任せることで、人が本来向き合うべき「どんな体験ならお客様に喜んでいただけるのか」という問いに、再び時間とエネルギーを注げる状態をつくること。それこそが、パーパスを実現し続けるために必要だと考えたのです。
会社が違っても課題は同じ だからこそ横断組織で動く
企画の時間が失われていく状況を前に、バンダイとBANDAI SPIRITSは、従来の部署ごとに独立・完結するやり方では限界があると気づき始めていました。どの部署も自分たちなりに工夫をしていた。しかし、定型業務は部署を越えて発生し、似た課題がそれぞれの現場で個別に発生している状態になっていたためです。
この構造を変えるために立ち上がったのが、両社横断の「トイホビーデータ利活用プロジェクト(RIPRO)」でした。点在していたデータを一つの基盤に集約し、分析・可視化の力で全社の意思決定を支えるという、いわば「組織を横串で通す仕組み」です。
「会社・部署は違っても、課題は同じだったんです。だからこそ横断で動く意味がありました」(矢部氏)
RIPROの特徴は、トップダウンではなく、現場からの「ボトムアップ」で生まれた点です。現場の「もっと効率的に動きたい」「もっと創造的な仕事に集中したい」という切実な声が、そのままプロジェクトの軸になったといいます。
「現場が困っているからこそ、自然と集まってチームが形成されました」(戸松氏)
この横断チームは、株式会社バンダイナムコネクサスとも密接に連携し、誰でもデータ活用ができる状態を目指し、会社最適の視点でDXを前に進めてきました。そしてこの「横断で支える文化」こそが、後に生成AIを全社へ広げるための強固な土台となります。
部署の課題を部署で解決するのではなく、会社全体の生産性と創造性を底上げするために協働する。そんな価値観がRIPROの誕生とともに芽生え、それがAI活用の推進力へとつながっていきます。
「使いたくなるUI設計」に注力した生成AI
生成AIを全社に広げるためにRIPROチームが最初に着手したのは、あらゆる部署・職種が「迷わず触れる入口」をつくることでした。
それがChatGPTやGemini、画像生成AIなどの複数モデルを安全に使える全社チャットボットです。AIを社内導入時、最初に生まれた課題は「AIって難しそう」という心理的抵抗でした。
この壁を超えるために、チームは徹底的に「使いたくなるUI」の設計に注力します。キャラクターを用いたポップな画面、4コマ漫画の操作ガイド、用途別のモデル選択。生成AIを、システムではなく「社内の頼れるアシスタント」として位置付けるための工夫が随所に盛り込まれています。
「無機質な画面だと使われないと考え、弊社の文化に合う「親しみやすさ」を本気で作り込みました」(戸松氏)
また、誰でも安心して使えるよう、セキュリティとガイドラインにも細心の注意が払われました。利用前には必ず同意画面が表示され、定期的な注意喚起ポップアップで、ハルシネーションへの警戒、著作権、情報漏洩リスクを継続的に意識づける仕組みを導入。
「難しそうという不安をなくすには、とにかく慣れてもらうしかないと考えています。そのためには『安全で、多様なモデルを自由に触れる場』が必要でした」(矢部氏)
結果、このチャットボットは全社の「AIの入り口」として大きな役割を果たし、企画、翻訳、議事録、アイデア創出など日常業務の様々な場面で浸透していきました。入口が変われば、文化が変わる。その象徴が、このチャットボットが果たした大きな役割だったのです。
とにかく丁寧に説明することを優先した草の根運動
「困っている現場があって、それに応える形でAIを提案したんです。トップダウンじゃないからこそ、みんなが前向きに受け入れてくれました」(矢部氏)
両社において、生成AIが社内浸透したのはUI設計だけではありません。
RIPROチームは全事業部を行脚しながら、担当者に一人ひとり丁寧に説明する「草の根運動」を徹底しました。単なる説明会ではなく、部署ごとの事情に寄り添い、小さな疑問を解決し、使い方の相談にも乗っています。
結果、ほとんどの部署で「まず触ってみる」という文化が自然に醸成されました。
「会社が違うから難しい、ではないんです。事業部ごとに『やりたいこと』が違うだけ。だから、とにかく丁寧に説明することを優先しました」(戸松氏)
バンダイ、BANDAI SPIRITSのAI活用の広がりには、華やかなキャンペーンも、大規模予算も存在しません。あるのは、現場に寄り添い、対話を繰り返し、ひとつずつ不安を取り除く「草の根」の積み重ねです。この静かな熱量こそが、AIを「組織に根づく文化」へと変えていきました。
AIは創造の起点を増やす存在
生成AI導入時、多くの企業で聞かれるのが「AIに仕事を奪われるのでは」という不安が付きものです。しかしバンダイ、BANDAI SPIRITSでは、その心配の声はほとんど上がらなかったといいます。
同社には、企画・デザインの根底には「魂を込める」という文化が根付いていました。アイデアや熱量、商品に宿る「熱量」は人間にしか生み出せない、という揺るがない価値観が浸透しています。
「AIは優秀なアシスタント。でも正しいかどうか、適切かどうかを判断するのは必ず人間です」(矢部氏)
生成AIを使うことで定型業務が効率化され、一定の余白が生まれます。それは多くの企業が望む未来図ですが、実際には「余白の使い方が分からない」という声も少なくありません。
しかし、バンダイ、BANDAI SPIRITSではその余白が「創造性の再点火」につながっています。
実際にAIを使う主要領域は、議事録や叩き資料、翻訳、リサーチなど、「創造に向かう前段の業務」。企画担当者は、これまで時間を奪われていた定型作業から解放され、そのぶん「企画を練る時間」に集中できるようになりました。
バンダイ、BANDAI SPIRITSでAIは創造性を代替するのではなく、むしろ「創造の起点を増やす存在」として活用されているのです。
「定型業務をAIに活用することで『新しい企画を考える時間が増えた』という声が圧倒的に増えました」(戸松氏)
実際、社内アンケートの回答結果でも、「新たな企画への挑戦」に充てている社員がほとんどでした。これは、もともと同社に「新しいことにチャレンジする」文化が根付いているからこそ生まれた現象です。
企画、商品開発、プロモーション──。普段の業務に追われて後回しにしていたアイデアを形にする時間が確保され、社員の「やりたかったこと」に再び灯りがともります。
「みなさん本当はやりたかったことが、ずっと心の中にあったんだと思います。余白ができたことで、みんな一気にそっちに走り出した感じですね」(矢部氏)
AIが生んだ時間は、単なる「業務削減」では終わりません。バンダイ、BANDAI SPIRITSでは、それが「創造の深度」を広げる燃料となり、新しいアイデアが次々と生まれる土壌へと変わっています。
AIが奪うのではなく、可能性を広げる。その共通認識があるからこそ、バンダイ、BANDAI SPIRITSのクリエイター文化はより強固になり、AIも自然とその一部として溶け込んでいったのです。
守るべきものが多い自覚がガバナンスを醸成する力になる
生成AIを全社に展開するうえで、バンダイ、BANDAI SPIRITSが特に重視したのが著作権・情報安全性の担保です。
企業として多くの版権元と関わり、キャラクターIPを扱う同社だからこそ、一般企業以上に慎重な姿勢が求められます。最も象徴的なのは、画像生成AIに自動で付与される「Do Not Copy」のウォーターマークです。生成された画像をそのまま外部利用できないようにし、誤用や誤解を未然に防ぐ仕組みを徹底しています。
「IPビジネスをしている以上、著作権は一番厳しく判断しなければならない領域です。誤って外部に出たら、弊社だけの問題ではなくなります」(戸松氏)
ファクトチェックの重要性、情報の妥当性確認、著作権侵害の禁止。AIは便利である一方、誤用すれば企業としての信用を大きく損なうリスクがあります。バンダイ、BANDAI SPIRITSはそこを曖昧にしない。むしろ積極的に「安全の文化」を根づかせる姿勢をとっています。
ワクワクを生み出す企業だからこそ、守るべきものは多い。その自覚が、AI活用とガバナンスを両立させる力になっています。
主役は「人」であり、AIは「エンジンのひとつ」
バンダイ、BANDAI SPIRITSが描く未来の姿は、AIが主役になる世界ではありません。あくまで主役は「人」であり、「創造性」であり、「お客様のワクワク」です。AIはその価値を最大化するための、大きなエンジンのひとつに過ぎません。
いまRIPROチームが重視しているのは、AI活用を「組織全体のレベルアップ」につなげることです。複数モデルを横断して最適なAIを選ぶ体制、ガイドライン・安全性の強化、重複投資をなくす仕組み、ナレッジ共有──。これらを全社で整え続けることで、AIは単なる一時的なブームではなく、組織文化としてさらに根づいていく。
「AIに任せるところと、人が魂を込めるところ。その線引きを全員が理解したとき、もっと強いクリエイティビティが生まれると思っています」(矢部氏)
AIは人を置き換える存在ではありません。AIがあることで、人が「より人らしい仕事」に集中できるようになります。
その結果、より深く、より大胆に、より自由な発想が生まれる。そして最終的には、バンダイナムコグループのパーパス「Fun for ALL into the Future」──「未来に向かって、世界中の人に楽しさと感動を届ける」の実現を目指しています。
人とAIが補完しあうことで、クリエイティビティの限界が広がり、バンダイ、BANDAI SPIRITSらしい「未来のワクワク」がつくられていく。その未来は、すでに静かに動き始めていました。
バンダイ、BANDAI SPIRITSから学ぶべき5つのポイント
「現場起点」「文化起点」という視点から、 バンダイ、BANDAI SPIRITSのAI活用から学ぶべきポイントを整理していきます。
1.「AI導入=効率化」ではなく「時間の再設計」と捉える
バンダイ、BANDAI SPIRITSのAI活用で最も重要なのは、AIを「業務削減ツール」として語っていない点です。
同社が向き合ったのは、
・残業時間を減らすこと
・人件費を削ること
ではありませんでした。
焦点を当てたのは、人が本当に向き合うべき仕事への時間を創出することです。
定型業務をAIに任せることで生まれた余白は、
・新しい企画を考える
・アイデアを深掘りする
・本来やりたかった挑戦に手を伸ばす
といった「創造の時間」に再投資されています。
2.ボトムアップで生まれた横断チームが、AI活用の土台になった
バンダイ、BANDAI SPIRITSのAI活用は、最初から「生成AIを導入しよう」という話ではありませんでした。出発点は、データ利活用を通じて、縦割り組織を横断したいという現場の問題意識です。
「トイホビーデータ利活用プロジェクト(RIPRO)」は、
・部署ごとに似た課題が個別に発生している
・重複投資・重複開発が起きている
という構造的な非効率」を解消するために生まれました。
この「横断で支える文化」があったからこそ、生成AIも特定部署の施策ではなく、全社の基盤として展開できたのです。
3.AIの入口は「技術」ではなく「体験」で設計する
RIPROチームが最初に力を入れたのは、高度なAI活用ではありませんでした。
最優先したのは、誰もが迷わず触れる入口」です。
・複数モデルを選べるチャットボット
・キャラクターを使った親しみやすいUI
・4コマ漫画による使い方ガイド
AIを「難しいシステム」ではなく、「社内の頼れるアシスタント」として体験させる設計が徹底されていました。
4.「AIは魂を込める工程には立ち入れない」と明確に線引きする
バンダイ、BANDAI SPIRITSでは、「AIに仕事を奪われる」という不安はほとんど広がりませんでした。理由はシンプルです。AIが入らない領域を、最初から明確にしていたためです。
・判断
・表現
・企画に込める熱量
これらは「人がやるべき仕事」として、社内で共通認識が形成されています。AIはあくまで
創造に向かう前段を支える存在であり、創造そのものを代替する存在ではありません。
5.ワクワクを生み続けるために、ガバナンスを最優先した
エンタメ企業にとって、著作権・IP・情報管理は事業の根幹です。バンダイ、BANDAI SPIRITSはこの点を後から整えるもの」ではなく「最初から組み込むもの」として扱いました。
・画像生成へのDo Not Copy
・利用前のガイドライン同意
・チャットボットでの定期的な注意喚起ポップアップ
・勉強会でのリスク共有
安心して使える環境があるからこそ、現場は前向きにAIを活用できます。
バンダイ、BANDAI SPIRITSの事例が示しているのは、「AIを入れたから変わった」のではありません。
文化に合ったAIを選び、現場起点で広げ、創造性を守る線引きをし、安心して使える土台を整えた結果として、AIが「創造を支えるインフラ」になったのです。
***
これはエンタメ企業に限らず、「人の価値が中心にある組織」すべてに応用できる示唆といえるでしょう。
しかし、実際に自社でこれを実践しようとすると、
「うちの組織に合ったAIの活用方法は?」
「社内に広げるには、どんな人材が必要?」
「成果をどうやって可視化すればいい?」
といった壁に直面する企業も少なくありません。多くの組織が同じ悩みを抱えています。
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