この記事の監修者

田中孝幸

コーポレート本部 R&B企画部 マネージャー 「ReTabell」プロジェクトリーダー

2005年 味の素㈱入社。血液中のアミノ酸バランスで健康状態や病気のリスクを解析するサービス「アミノインデックス®」の創設メンバーとして長年従事。その間、九州大学大学院生物資源環境科学府博士課程修了(農学博士)、京都大学大学院医学系研究科プロジェクト研究員兼任を経て、現在は、社内起業制度A-STARTERSを活用し「ReTabell (リタベル)」プロジェクトリーダーとして同事業全般を統括。

加齢や薬の副反応に伴う体調や嗜好の変化によって食欲不振や味覚の変化が起き、十分な栄養を摂れないことはQOL(生活の質)の低下に直結する深刻な問題です。こうした課題は近年、医療現場や介護領域でも深刻な社会課題として認識されつつあり、より効果的な解決策が求められています。

この社会課題に対し、食品メーカーである味の素株式会社と製薬メーカーである第一三共株式会社が手を取り合い、AIを活用した栄養指導・食事相談支援サービス「ReTabell」(リタベル)を展開しています。

異なる分野で培ってきた知見とネットワークを融合させた異色のタッグは、いかにしてこの革新的なサービスを生み出し、普及を進めているのでしょうか。

今回は「ReTabell」プロジェクトを牽引する味の素株式会社の田中孝幸氏に、プロジェクトの背景や開発プロセス、AI活用の秘訣などを伺いました。

医療現場の食に関する課題解決のために生まれた「ReTabell」

ーーはじめに、田中様のご経歴を教えてください。

2005年に新卒で味の素に入社し、入社後は研究職に従事していました。現在は、新規事業の開発を目的とするものが中心で、健康状態や病気のリスクを解析するサービスを開発したこともあります。

社内起業制度を活用し、現在は「ReTabell」のプロジェクトリーダーとして、同事業全般を統括する立場です。

ーー「ReTabell」(リタベル)の概要を教えてください。

ReTabellは、「再び」を意味するReと「食べる」を組み合わせて名付けました。医療従事者(医師、看護師、薬剤師、栄養士など)の患者さんに対する利他(リタ)的行動を支援しながら、無理なく手軽に「再び食べる喜びや感動」を応援するサービスです。

具体的には、口腔環境の変化、化学療法、手術、妊娠、高齢等の影響で摂食の悩みを抱えている方々とその介助者・医療従事者、これらの方々を顧客とする法人(医療施設・企業)向けのサービスです。「しっかり食べて栄養を摂りたいが体調・嗜好が変化して思うように食べられない」「具体的に何を食べれば良い?」「どんなことに気を付けたら良い?」と悩む患者さんやこのような悩み相談を受ける医療従事者の方々に活用いただいております。

ReTabellのサービスは、AI技術を活用し、ウェブサイトを通じて提供されます。食欲不振や口の痛み、味覚障害などの医療現場でよく聞かれる食の悩みに対して、栄養関連の学会ガイドラインに準拠したレシピ情報や食事に関するヒントを提供するのが特徴です。

例えば、味がしないときにはいきなり食べるのではなく口をゆすいだり、お酢やソースを少し効かせると食べやすくなったりするなど、食べるうえでの工夫も提示します。弊社が保有する1万2000件以上のレシピと関連ガイドラインを学習したAIを活用することで、医療現場でよく聞かれる食の悩みに対応できるようにしています。

ーー「ReTabell」を開発する背景には、どんな思いがあったのでしょうか?

Retabellの画面 (出典:リタベル公式サイト

私たちの調べでは、何らかの原因で「食べること」に困っている方が、国内に1000万人以上いることが明らかになりました。しかし、こうした方々が多忙な医療現場で食の相談をしても、支援を受ける機会が限られるという現状があり、何とかしたいと考えていたのです。

医師は栄養に関する専門知識が限られている場合が多く、仮に栄養士がいたとしても、個別の相談に対してガイドラインに準拠したレシピを調べて回答するには、30分ほどの時間を要します。そのため、多忙な医療現場では対応できる機会が限られていました。

そういった課題を解決する手段として、AIの活用を決めたのです。人間よりもAIのほうが、膨大なガイドライン情報を正確かつ迅速に要約し、情報を提供できると考えました。

サービス設計においては、ユーザー側の負担を極力減らすことにこだわっています。全国約250カ所の病院へのヒアリングを通じて、医療現場で起こる摂食の悩みは、10個の症状に体系化できることが判明しました。

ユーザーは自分の症状に該当するボタンを押すだけで、食べられそうなもの、気を付けるべきことが『3秒』で分かるように設計されています。文章を入力する必要はまったくなく、高齢の方でも直感的に使える設計を目指しました。

多くの人の協力に支えられ、現場からの評価も上々

ーーAI搭載サービスの開発、そして異業種である第一三共との協業を進める中で、企画段階や初期フェーズにおいて苦労した点はありましたか?

医療従事者の方々の多くが興味を持ってくれるものの「無いと困る」と思ってもらうまでのサービスへと磨き込むのに苦労しました。「なぜ多忙な病院で栄養指導や食事相談までやる必要があるのか」と考える医療従事者の方には低栄養で治療の継続・完遂が困難となる科学的エビデンスや摂食の悩みを抱える方々からの好響を説明しました。

また、第一三共様との協業においては、両者の役割やビジネスモデル、データの共有方法を決定するまでに想定以上の時間を要しました。

特に部門横断的な議論を通して合意形成しなければならない両社の役割やビジネスモデルの部分は、法対応、知財戦略、品質保証、情報セキュリティ、マーケティング戦略、財務会計・管理会計との整合を取るためにプロセスが厚く重たいものにならざるを得ず、時間を要したのが実情です。

当時、医療現場で食に関する悩みが発生しているものの、弊社には医療機関へのアクセスが弱いという課題がありました。一方、第一三共様は食の悩みに関するソリューションを持ち合わせていない状況でした。 

そこで、弊社がReTabellのような摂食に関するソリューションを開発・提供し、第一三共様は全国の医療機関へのアクセスを持つMR(医療情報担当者)と連携しながら、顧客へのアクセスを支援することで、このサービス価値を届ける役割・ビジネスモデルを決定しました。

なお、データの共有方法については、価値提供とコンプライアンスの両立させるため、お客様の特定に繋がらないよう「平均値」や「統計情報」に加工して共有するなど、細心の注意を払っています。

ーーこのプロジェクトは、味の素様の社内でどのような組織体制、あるいは部署横断の連携によって推進されているのでしょうか?

多くの部門の方々に関わっていただきました。法務・知財、研究所、DX推進、マーケティング、財務、広報、経営企画部門など、専門部門の方々の協力がなければ実現できないプロジェクトだったと思います。

例えば、医師法や薬機法といった法対応は、既存事業にも影響を及ぼすため特に慎重に進める必要がありました。そういった場面においては、法務部など関係各所にご協力いただいたおかげで、なんとか進められました。

ーーReTabellを導入したことにより、連携されている医療関係者などからは、どういった声が上がっていますか?

特に医療従事者の方々からは、良い反応をいただいています。今まで、患者さんから「食欲がないんだけどどうすればいい?」という相談を受けても、「お粥を食べてください」や「タンパク質を多めに」といった返答しかできていないとのことでした。

しかし、ReTabellを使うことで、お粥以外にもご家族と一緒に食べられるレシピの提案レパートリーが増えるなど、より具体的で患者さんに喜ばれるアドバイスができるようになったと伺っています。その結果、「急に食の相談を受けても怖くなくなりました」という声をいただきました。

また、ReTabellは栄養士の業務効率化にも役立っています。栄養指導にて診療報酬を得る際、栄養管理計画書という書類を書く必要があるのですが、これが手間のかかる作業だそうです。ただ、ReTabellで出てくる情報は、計画書作成の参考になるとのことで、その点でも好評をいただいています。

「ReTabell」を、食事の選択肢を増やすツールに

ーー今後、「ReTabell」を通じてどのような展望を描いていますか?

「ReTabell」は当初、献立支援サービスという表現をしていたのですが、現在は「栄養指導、食事相談支援サービス」に刷新しました。この内容をもっと広げていきたいです。

例えば、表示されたレシピを見て「時間がかかる」といった理由で、作ることにためらいを感じる方がいるかもしれません。そういった状況を減らすべく、電子レンジを使うだけのレシピや調理不要な冷凍食品など、すぐに食べられるものも提供していきたいです。

表示されたレシピは必ずしも作ることを前提とせず、外食や惣菜購入時に「食べられそうなもの」を選択するためのカンペとしても、より広く気軽に活用してほしいと考えています。この動きをより展開していきたいと思います。

ーー最後に、AI活用や異業種との連携を通じてDX推進に取り組む方々に向けて、アドバイスやメッセージをお願いいたします。

この手の取り組みはまだ手探りの部分もあり、こうすれば絶対うまくいくという方法はないと考えています。ただ、その中でも大事なことは2つあると思っています。

1つ目は、顧客が抱えている課題は何なのかを徹底的に対話を通じて見極めること。顧客が「このサービスがないと困るから、お金を出してもいい」というものが判明した段階で、必要なAIは何かを選んでいくのが大事かなと思います。そして、AIができる機能のうち、課題との相性が良いものを選ぶことが大切です。

もう1つ大事なのは、AIと人間の協力です。AI単独の機能だけでは、すぐに他社に模倣されたり、参入障壁が崩されたりするリスクがあります。しかし、人のネットワークが介入すると、AIの機能は生活導線の中に組み込まれやすく代替されにくくなります。

AIで解決できる部分は活用しつつ、人が必要な場面では人が動く。DX推進にはAIと人間の協力が必要です。それに加えて「顧客へのアクセスやネットワークを異業種連携で強化」することで、競争優位性を構築しやすいのではと思います。

ーーAI導入事例をご覧いただき、ありがとうございます。

味の素株式会社の「ReTabell」は、社会的なニーズに応えながら最先端のAI技術を実用化する、優れたAI導入事例です。同社の多岐にわたる事業や取り組みについては、味の素株式会社公式サイトをご覧ください。

[味の素株式会社公式サイト:https://www.ajinomoto.co.jp/]

「ReTabell」の詳細や具体的な活用方法については、「ReTabell」公式サイトにてご確認いただけます。

[ReTabell公式サイト:https://retabell.ajinomoto.co.jp/]

また、当社では、年間107万時間の業務時間削減月860人月相当の業務時間創出を実現するなど、具体的な成果で企業のAI導入や活用を強力に支援する法人向けAI活用支援サービス「SHIFT AI for Biz」を展開しております。

AIによる業務改善やDX推進にご関心をお持ちの方、または具体的な活用方法でお悩みの方は、ぜひ一度無料相談をご活用ください。貴社の課題解決と成長を、AIの力でサポートいたします。