商社であり、ときにメーカーとして、多角的な事業を展開する三谷産業株式会社は、2023年を「AI元年」と位置づけ、全社規模でのAI活用に踏み出しました。
その起点は、代表取締役社長の三谷忠照氏による年頭メッセージ。自らG検定を取得済みであることを添えたうえで、全社員に学習を呼びかけました。それから約3年。単体でのG検定取得率は86.2%、国内グループ全体でも70.9%に達しています(2026年3月末時点)。
推進の現場を率いるのは、ソリューション企画部 部長の酒井繁高氏。トップの旗振りを受けて、現場ではどのような仕組みでAIを定着させてきたのか。組織設計と具体的な手法を伺います。

三谷産業株式会社
情報システム事業部 ソリューション企画部 部長
酒井繁高 氏
1997年入社。システムエンジニアとして流通・製造業を中心に業務システムの提案・設計・製造を担当。2019年、北陸ソリューション部長としてDX推進ソリューションの整備・提供を担当。2023年より現職。AIを活用した社内外の業務合理化・効率化の推進を担う。技術士(経営工学)、システム監査技術者、ITストラテジスト。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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「非連続的な合理化」を掲げた社長が、自らG検定を取得した
三谷産業がAIに本格的に取り組み始めたのは、2022年末から2023年初頭にかけてのことです。
きっかけは中期経営計画の策定でした。経営陣が打ち出した方針は「営業利益率の重視」。それまで売上高を重視する傾向があった同社において、利益率を上げるには従来の改善の延長では足りない。「非連続的な合理化・効率化」、つまり階段を一段飛ばしで上がるような変革が必要だ──その手段としてAIが位置づけられました。
2023年1月、会社の年始あいさつ。三谷社長は全社員に向けて「2023年はAIを本格的にやっていきましょう」と発信し、G検定の取得を呼びかけました。
酒井氏:「社長は『私はすでに合格しました』と添えたうえで、全員で学びましょうと発信しました。指示・命令ではなく、自分が先頭ランナーとして走る姿勢を見せたことが大きかった」
取得者には月額手当が支給される仕組みも用意されました。ただし、手当だけでここまでの取得率には至りません。酒井氏は、三谷社長自身が取得済みという事実が社員たちの背中を後押ししたと振り返ります。
背景にあるのは、「AIを自分ごととして捉えられない人や、基礎教養としてAIを学んでいない人、AIに興味がない人をマイノリティにしたい」という考え方です。
酒井氏:「新しいことをしようとした時に『そんなことして何の意味がある』『費用対効果は』と芽を潰してしまう人が、どの会社にもいると思います。AIに関してそういう言葉を発する人を少数派にしたい。だからまず全員で学びましょう、と」
「一緒にやってみよう」で動く専門部隊
G検定で知識の土台を作った一方で、「勉強だけで終わらせない」ための仕組みも並行して整えられました。
同社は2023年、事業部・地域を横断する専門組織として、情報システム事業部内にソリューション企画部を新設。AIの知見を集中的に蓄積し、各部門のAI活用を技術面から伴走する役割を担います。
この情報システム事業部はいわゆる社内の情報システム部門ではありません。三谷産業の情報システム事業部は、北陸を中心にお客様向けのIT導入を手がけるSI機能を持つ部門。顧客の課題を捉えてソリューションを提案してきたノウハウが、社内向けのAI推進にもそのまま活きています。
酒井氏:「AIの知見がある人、純粋にAIに興味がある人。そういうメンバーを選定して、各部門と一緒にAIテーマに取り組んでいます」
取り組みの中心にあるのがワークショップです。各部門から「こんなことにAIを使えないか」というテーマを募り、共通性のある課題や成功確度の高いものをソリューション企画部がピックアップ。「プロジェクト」ではなく「ワークショップ」と呼ぶのは、試行錯誤しながら一緒にやってみるというスタンスを重視しているからです。
これまでに取り組んだテーマは多岐にわたります。
社内チャットボット「三谷CBT」
Microsoft Teams上で動くクローズド環境のチャットボットを自社開発。社外秘情報も扱える社内専用AIとして展開
オーダーメイドキッチンのデザイン生成
住宅設備機器部門のグループ会社のショールームで、顧客の要望を入力すると画像を生成。提案初期段階の時間を短縮
Excel KPIサマリの自動生成
中期経営計画の進捗管理に使うExcelデータを読み取り、状況コメントを自動生成。既存ツールにAIを組み込む形で導入
酒井氏:「チャット形式だけがAIではありません。Excelのような既存のシステムにAIを組み込むことで、新しい価値や体験につなげていけると考えています」
こうした取り組みを重ねるなかで、部門間の連携にも変化が生まれています。
酒井氏:「一つのAI活用事例を他部門が知ることで、『こんなことができないか』『応用できないか』というアイデアが活性化しました。検討テーマをヒアリングするなかで相談先としても認知していただき、気軽にお声がけをいただけるようになっています」
「永遠の試作品」で構わない ── 550制度が支えるプロトタイプ文化
これらの取り組みを下支えしているのが、「550制度」と呼ばれる社内制度です。正式名称は「早い者勝ち!みんなで550万円使える探索型プロトタイピング応援制度」。社員が考えたアイデアの仮説検証に対して、550万円を上限に会社が資金を出資し、人事考課の加点も行います。
三谷CBTもこの制度から生まれました。ソリューション企画部のメンバーが「これからは社内チャットボットが必要になる」と起案し、プロトタイプとして開発。そのまま全社に展開されています。
AIに限らず、オニテナガエビの陸上養殖プロジェクトなど、分野を問わないテーマが応募されている点も特徴的です。
そしてこの制度の根底にあるのが、酒井氏が語る「永遠の試作品」という考え方です。
酒井氏:「AIツールを今作ったとして、5年、10年使い続けられるとはあまり思っていないんですよ。進化が激しいので。だから完成させることにパワーをかけない。0.5版、0.7版でいい。新しい機能が出たら改善を繰り返していく。永遠の試作品で構わないと思っています」
完成度よりもスピードと柔軟性を優先し、AIの進化をそのまま取り込み続ける。この割り切りが、三谷産業のAI活用を持続可能にしている仕組みの一つです。
【参考】三谷産業 プロトタイピングポートフォリオ(https://www.mitani.co.jp/jyosys/ai-portfolio/)
AI社外取締役「北斗泰山」── プロトタイプ思考を経営の場へ
現場でのプロトタイプ開発にとどまらず、経営の意思決定の場でもAI活用の実験が始まっています。
2025年7月、三谷産業は日本初となる「AI社外取締役」の導入を発表しました。バーチャルヒューマン「北斗泰山」を、2026年6月に新設予定のAI社外取締役候補者として内定。法的な取締役としては扱わず、助言・提言機能に特化した役割と位置づけています。
背景にあるのは、「組織の意思決定にAI活用が進んでいく時代に、いち早く実験的に体験し、次世代の経営の在り方を探索する」という狙いです。

北斗泰山には東洋思想の知見がプリセットされており、『孫子』を起点に諸子百家や古典哲学への拡張も予定されています。数値化しにくい文脈や人間心理を捉えた「裏付けのある直感」を、実ビジネスに応用することを目指しています。
現在、北斗泰山は取締役会の参加者として迎え入れられており、議題に関連した質問や、直近で発信したプレスリリースに関する質問を投げかけ、東洋思想の専門家としての意見を引き出す形で運用されています。
酒井氏:「AIの価値は意思決定そのものより、その前段階の助言やアイデア出しにあります。社外取締役というポジションは、まさにその助言する立場にあたります」
酒井氏はこの取り組みについても「色々やってみながら進めていく、まだまだ途中の段階」と語ります。今後は社内環境を構築し、より機密性の高い情報もインプットできるよう検討が進められています。
【参考】三谷産業プレスリリース「AI社外取締役」(https://www.mitani.co.jp/news/250703)
「わかる」から「使える」へ ── 次の壁を越える鍵
G検定の取得率が8割を超えた今、酒井氏が課題として挙げるのは「わかる」と「使える」の間にある壁です。
酒井氏:「G検定を取得してAIの知識はあるはずなんですが、じゃあ日々使っていますか、役立てていますかというと、まだまだ伸びしろがある。わかるから使えるには、見えない大きな壁があります」
この壁を越えるために同社が目指しているのは、各部門の中にAI活用のキーマンを生み出すことです。
酒井氏:「各部門の中でAIを使いこなしている社員が1人いるだけでも変わってくる。困ったことがあればまずその人に聞ける。難しいことがあれば、そこから私たちにつないでもらう。そういう流れをつくっていきたい」
ソリューション企画部が全社員を直接フォローするには限界がある。だからこそ、各部門に起点となる人間をつくり、そこから周囲に広げていく。Copilotや三谷CBTといった汎用ツールの活用をベースとしつつ、プロトタイプ開発のテーマ出しも継続的に各部門と行い、「使える体験」を増やしていく方針です。
三谷産業から学ぶ3つのポイント
トップが「だれよりもAI利用者・理解者になる」
三谷産業では、社長自らがG検定を取得したうえで、2023年の年頭に全社員へ学習を呼びかけ、取得者への月額手当を制度化しました。指示・命令ではなく、トップ自身が最初の実践者として走ることで「消極派をマイノリティにする」土壌がつくられています。
酒井氏:「経営層、特にトップが『だれよりもAI利用者・理解者になる』ことが全社定着の第一歩だと思います」
「永遠の試作品」と550制度で、完成を待たずに回す
550制度は、社員のアイデアに対して550万円を上限に資金を出資し、人事考課の加点も行う仕組みです。社内チャットボットの三谷CBTもこの制度から生まれました。「0.5版、0.7版でいい。新しい機能が出たら改善を繰り返していく」という姿勢が、AIの進化スピードに組織を追従させています。
各部門に「1人目」をつくり、現場の自走を促す
専門部隊が全社員を直接フォローするには限界があります。各部門にAIを使いこなすキーマンを1人つくり、そこを起点に周囲へ広げていく。「わかる」を「使える」に変えるのは、制度ではなく身近な人の存在です。
三谷産業の事例が示すのは、AI定着は技術導入ではなく組織設計の問題だということです。トップの姿勢、学びの仕組み、試作を許容する文化。この三つが揃ったとき、AIは「一部の人が使うツール」から「全社の共通言語」に変わります。
☆
「AIツールを入れたが、現場で使われない」「知識はあるのに業務に活かせない」──酒井氏が語った「わかるから使えるへの壁」は、多くの企業に共通する課題です。SHIFT AIでは、戦略設計から現場定着まで、組織のフェーズに合わせた伴走型の法人向け支援を行っています。
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