鉄道・不動産・流通・ホテルと多角的に事業を展開するJR九州。生成AIの浸透を後押しする力のひとつが、現場発のボトムアップです。
同社がAI導入において重視したのは、技術のインパクトを肌で感じ、社員自らが活用方法を模索するボトムアップの文化でした。
デジタル変革推進部を中心に始まったこの取り組みは、今や役員から現場の社員までを巻き込み、業務の質を向上させる原動力のひとつとなっています。
今回はデジタル変革推進部の皆様に、同社の生成AIの活用に関する具体的な歩みと組織を動かす取組みについて伺いました。

九州旅客鉄道株式会社
総合企画本部デジタル変革推進部 AI・データ活用 課長代理
2017年JR九州入社。電気部や建設工事部にて、駅の高架化に伴う通信設備の施工業務、予算管理などの企画業務に従事しました。 2021年、データ分析プロジェクトの立ち上げ時にメンバーとして配属。AWSの習得や外部コンサルの支援を受けながら、グループ内の課題解決に向けたデータ分析業務を担当し、事例の積み上げや外部への情報発信を行ってきました。 2024年4月からは、同プロジェクトのリーダーとしてマネジメント兼プレイヤーの業務に携わっています。現在は自身のデータ分析業務を継続しつつ、グループ全体のデータ活用基盤「JQD3」の構築を通じ、社内でデータ活用が進む環境づくりに取り組んでいます。

九州旅客鉄道株式会社
総合企画本部デジタル変革推進部 AI・データ活用プロジェクト 主査
2019年、JR九州入社。博多信号通信区にて鉄道設備の保守業務に従事した後、外部企業への出向を通じてデジタル施策や組織文化を経験しました。帰任後はデータ分析プロジェクトに配属。グループ全体の課題解決に向け、ロジカルな分析と多角的な視点を用いた業務効率化・高度化の検討に携わってきました。 2023年からは生成AI活用におけるガイドライン策定や外部発信にも着手。2024年4月より主査として、現在も引き続き多様な分析課題の解決に向けたデータ活用推進及び生成AI活用に尽力しています。

九州旅客鉄道株式会社
総合企画本部デジタル変革推進部 AI・データ活用プロジェクト 主査
2020年JR九州入社。入社後は、直方車両センターでの車両検修をはじめ、小倉駅での駅業務、博多車掌区での車掌業務、そして在来線輸送指令といった鉄道部門における現場実務を経験しました。 2024年4月からはデジタル変革推進部にて、データ分析プロジェクトや生成AIの活用推進を担当。Python等を用いたデータ解析による業務改善に加え、生成AI活用研修の実施や生成AIプラットフォームの浸透・活用促進にも注力しています。これまでの現場経験を背景に、各事業部門と連携しながら、社内でのデータ・AI活用の推進に尽力しています。
※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。
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AI導入のきっかけは個人の好奇心
JR九州における生成AI活用の歴史は、2023年、世の中でChatGPTをはじめとする技術が急速に普及し始めた際、デジタル変革推進部のメンバーがそのインパクトに着目し、自主的にAIに触れ始めたことがきっかけです。
当初はトップダウンによる指示があったわけではなく、新しい技術が会社にどのような影響を与えるのかを確かめたいという現場の純粋な好奇心が原動力となっていました。

「特定の課題を解決したいというスタートではなく、これを使って何かができないかを模索するところから私たちの活動が始まりました。はじめは生成AIの正体を知るという初歩的なことから着手しましたが、初期の探究心が今の活用の広がりを支えていると感じています」
当初の検証段階を経て、他社からの具体的な提案を受ける機会が増えたことも社内の動きを加速させる要因となりました。
例えば、過去の問い合わせ内容を検索してAIが回答案を作成する仕組み、いわゆるRAGの原型のようなデモを目の当たりにし、実際の業務に適用した際のイメージが具体化したのです。
これを受けて生成AIが今後のビジネスにおいて重要な技術であると捉え、そこからは単なる個人の活動に留めず、全社的な取組みへの移行を試みました。
情シス部門のチームがAI推進の中核を担った理由
JR九州のAI推進を支えているのは、デジタル変革推進部という組織です。この部署は元々情報システム部門から発展した経緯があり、Microsoft 365の管理やPower Platformを用いたアプリ開発の経験も蓄積してきました。

「デジタル変革推進部は最初は情シス部門でしたが、2021年からはデータ分析チームも発足して活動していました。このチームがあったおかげで、生成AIの波が来た際もユースケースの探索や実装に取り組みやすかったと言えます」
既存のITインフラを管理することに加え、蓄積されたデータをどうビジネス価値に変えるかを考えてきたチームだからこそ、生成AIという新しいツールに対しても適応することができたのです。
安全な活用を前提としたシンプルなルール設計
全社的に生成AIを導入するにあたり、多くの企業が頭を悩ませるのがセキュリティとルールの策定です。
JR九州では、JDLA(日本ディープラーニング協会)が公開していたガイドラインのひな形をベースに、自社向けのドラフトを作成し始めました。
同社はセキュリティ上のリスクを正しく理解した上で活用する道を選びました。
ルール作りにおいて一貫していたのは、社内の重要情報を入力しないことを前提としつつ、生成AIの出力結果の確認や、権利侵害への配慮等を踏まえた活用を基本とし、過度な制限を設けない運用でした。
当時はGoogleやMicrosoftから次々と新しいツールが登場することが予想されていたため、特定のツールに限定することも避けました。
この対応によって、社員は最新の技術が登場するたびに自身の業務に適しているかどうかを検証することが可能になりました。
経営層との合意形成も行い、大きな問題が起きることもありませんでした。リスクを把握した上で適切なガイドラインを提示したことが、トップの安心感に繋がったのです。
Copilot・Gemini・NotebookLMを目的別に使い分ける
JR九州では、全社員が利用できる環境としてMicrosoft 365と連携するCopilotを日常業務の全社基盤に据えつつ、特定の希望者には用途に応じてGeminiやNotebookLMを導入しています。このように複数のツールを併用しているのは、それぞれのAIが持つ独自の強みを最大限に活かすためです。
全社で展開しているCopilotは、Microsoft 365のオフィスツールとシームレスに連携できる強みを活かし、日々の文書作成やデータの整理、会議の要約など、汎用的な業務効率化の要として機能しつつあります。
さらに、Geminiに関しては、2025年の選定時点では業務によっては有効活用できるツールとして位置づけました。
具体的な活用シーンにおいても、ツールの特性に応じた使い分けを行っています。
現時点では、Copilotはオフィスツールと連携して日常業務のシームレス化を目指しています。
Geminiは、機能のひとつである『Canvas』をプレゼンテーション資料の叩き台作成に活用しています。視覚的なイメージをAIと共に構築していくことで、資料作成時間の短縮や内容の質向上を目指しています。
一方でNotebookLMは、情報のインプットと共有に特化して活用しています。
部署やチームで必要な大量の書類を読み込ませ、それを元にAIを相談相手にしたり、内容を要約した解説動画を自動生成させたりする使い方が普及しています。
特に社内ルールの周知や外部のリサーチレポートの理解など、情報を組織内で効率よく消化するためのツールとなっています。

「現在はより多機能なアウトプットを求める社員に対してCopilotに加えて、Geminiを選択肢として提供しています」
非エンジニアがプログラミングやRPA改修に挑戦
JR九州のAI活用において特筆すべき点は、エンジニアではない社員がAIをパートナーとしてプログラミングやシステム改修を行い始めていることです。
同社では2019年頃からRPAツールを導入していましたが、エラー解析やデバッグ作業が大きな負担となっていました。

「RPAのエラーコードをAIに解析させることで、これまで社員が時間を割いていたデバッグの処理速度が向上しました。元々プログラミングができなかった人たちが、AIに聞きながら自分の手でコードを書いて解決策を見つけるという変化が起きています」
専門的な知識がなければ解決が難しいエラーに対しても、AIを活用することで非エンジニアが自律的に対応できる体制を目指しています。
さらに、Pythonなどのプログラミング言語に触れたことがなかった社員が、AIに書き方を教わりながら社内アプリのプロトタイプを作成する事例も出てきています。
「D1グランプリ」で現場の活用事例を発掘・表彰
各部署で生まれたAI活用事例を全社で共有し、さらに広げていくための仕組みづくりも重要です。これまでは事例の吸い上げは行っていたものの、全社への展開が課題となっていました。
そこで新たに全社用のポータルサイトを構築し、ユースケースを可視化して誰でも参考にできる環境を整えつつあります。
さらに、JR九州グループ全体でデジタル系の取り組みを表彰するD1グランプリにおいて、新たに生成AI部門が設立されました。役員の前でプレゼンテーションを行い、優秀な事例を表彰するこの制度は、社員にとってのインセンティブとなっています。

「D1グランプリでの表彰を通じて、私たちも把握していなかったような活用事例がいくつも発掘されるようになりました」
単にツールを配布するだけではなく、優れた成果を賞賛する場を作ることで社員が楽しみながらAI活用を競い合う文化が醸成されています。
「まず触ってみる」を全社の当たり前にするために
JR九州が目指す生成AI活用の最終的なゴールは、全社員が日常的にAIを使いこなす状態です。これはAIを文房具のように当たり前に業務の傍らにある存在にすることで、同社は現在この目標に向かって着実に歩みを進めようとしています。
今後の課題として挙げられているのは、基幹システムとの連携や業務フローへの直接的な組み込みです。
現在はまだ人の手を介してAIを操作する場面が多いですが、今後はAIが自然に業務の一部として機能する仕組みづくりが求められています。
AI活用に関して、江川氏、東村氏、姫野氏は以下のように語ります。

「生成AIを組織で活用していくためには、AIが学習し処理できるデータを日頃から蓄えておくことが何よりの土台となると考えており、当社もそのフェーズを目指しています。その上で、リテラシーをトップダウンで高めていくアプローチを取ることが、スムーズな浸透には不可欠だと考えています」

「誰かに業務として割り当てるのではなく、推進役となるエバンジェリストを立てて、周囲に小さな成功体験を伝播させていくことが鍵となるのではないでしょうか。一回でも“便利だ”という成功体験を経験すれば、自ずと次の活用へのモチベーションに繋がるため、まずはそのきっかけを作ることが大切だと考えています」

「ハルシネーションなどの課題はありますが、リスクを正しく理解したうえで、社員が安心して試行錯誤できる環境を整えていくことが重要だと考えています。まずは難しく考えずに色々試してみて、AIに触れる時間を増やすことから始めてほしいと思っています」
同社の挑戦は、あらゆる伝統的組織がデジタル変革を成し遂げるための貴重な示唆となっています。
JR九州の事例から見えた5つのポイント
JR九州のAI活用は、伝統ある巨大組織がどのようにして最新技術を受容し、文化として定着させるかという問いに対するひとつの回答を示しています。
同社の取り組みの根底にあるのは、技術への信頼と社員を信じる姿勢です。業態や組織文化、統制環境によって取捨選択が必要ではありますが、参考になりそうな5つのポイントを整理しました。
- ボトムアップの好奇心からプロジェクトを始動させる
同社はメンバーの技術への好奇心を起点にしました。初期段階でまずは触ってみるという文化を許容したことが、現場の創造性を引き出し、実用的なユースケースの発見に繋がりました。 - セキュリティを前提としつつ、過度な制限を設けない形で活用を進める
JDLAのガイドラインを参考にしつつ、ツールを固定せず、社員の自律性に任せるという信頼ベースのガバナンスが、スピード感のある検証と全社的な浸透を支える鍵となりました。 - 複数のAIを特性に合わせて使い分ける柔軟性を持つ
全社で利用可能なCopilotに加え、GeminiやNotebookLMといった複数の生成AIを導入し、目的に応じてツールを使い分けることで、資料作成や情報共有等の業務を最適化するよう努めています。 - 非エンジニアが技術に挑戦できる環境を支援する
AIにプログラミングを教わりながらアプリを作る非エンジニアの姿は、AIが個人の能力を拡張するパートナーとなりうることを示しています。現場のアイデアを否定せず、技術的な検証に伴走する姿勢により組織全体のスキル向上を目指しています。 - 成功事例を称賛し、自走する文化を醸成する
社内イベントにおいて優れた事例を表彰する仕組みが社員のモチベーションを維持しています。誰かがAIを使って成果を上げると、その成功が周囲の行動を変えるという学びの連鎖が生まれつつあります。
もちろん、ここで紹介した取り組みは、JR九州がこれまでに培ってきたDXの土壌があってこそ実現できたものでもあります。
重要なのは、仕組みそのものを真似ることではなく、自社の目的や文化に合った形でAIの活用を設計することです。
AIを導入すること自体がゴールではなく、社員一人ひとりが自然に使いこなせる環境を整えることが本当の成果につながります。
JR九州の事例が示すように、AI活用の定着には「ルール設計」「推進体制」「成功体験の共有」の3つが揃う必要があります。
SHIFT AIでは、こうした定着プロセスの設計から現場への浸透まで、企業ごとの状況に合わせた支援を行っています。自社に合ったAI活用の進め方を整理したい方は、以下から詳細をご確認ください。
私たちSHIFT AIは、こうした「導入したが定着しない」「具体的な成果が見えない」という課題解決を得意としています。
貴社の業務内容に合わせたAI活用のロードマップ策定から、現場を巻き込んだ推進体制の構築支援、さらには実務に即したAIスキルの習得まで、定着に必要なプロセスを一気通貫で伴走します。
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