医療機器メーカーとして世界を牽引するテルモ株式会社は、伝統ある技術力と品質へのこだわりを大切にしながら、近年では生成AIを核としたDXを加速させています。

同社がAI活用を推進する最大の目的は、日々の業務にAIを当たり前のように組み込み、人間の処理能力や情報収集力を超えた領域で新たな価値を創造すること。その代表的な施策が、全社員に対してMicrosoft Copilotのライセンスを一斉に付与するという土台づくりです。

同社では経営トップから現場の担当者までがAIを共通言語として扱い、自律的に業務を改善していく文化が根付いています。そこには、CFOとCIOの両職を担うする萩本氏の強力なリーダーシップがありました。

今回は同社のAI活用を牽引する萩本氏に、全社展開に向けた戦略や、社員の心理的抵抗を乗り越えた方法について詳しく伺いました。

萩本仁
萩本氏

テルモ株式会社
経営役員
チーフファイナンシャルオフィサー(CFO)
チーフインフォメーションオフィサー(CIO)

1996年にソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に入社。東京本社、米国、欧州を拠点に経営管理、組織変革プログラムの推進、新規事業の立ち上げ、情報システム構築など多岐にわたる要職を歴任。ソニー・インタラクティブエンタテインメントでのゲーム事業CFO兼コーポレートITシステム担当役員や、米国グループ本社での事業横断DX戦略の策定・推進を通じ、ITと財務の両面からグローバルに組織改革を主導した。2022年にテルモ株式会社へ入社し、2025年4月よりCFOおよびCIOとして同社のデジタル変革および財務戦略を牽引している。

※株式会社SHIFT AIでは法人企業様向けに生成AIの利活用を推進する支援事業を行っていますが、本稿で紹介する企業様は弊社の支援先企業様ではなく、「AI経営総合研究所」独自で取材を実施した企業様です。

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競争優位性を確立するために全社員へAIライセンスを付与

テルモがAI活用を本格化させたのは2025年。その背景には「生成AIは次世代の企業競争力を決定づける必要不可欠な技術である」という強い確信がありました。

AI導入当初は、ライセンスを希望する社員が個別に申請を行い、それを情報システム部門が承認して付与するという運用を行っていました。

しかし、経営陣は「全社を挙げて生成AIに取り組むのであれば、一部の社員に限定するのではなく全社員が使える環境を整えることが重要である」と判断し、全社員に対して一斉にMicrosoft Copilotのライセンスを付与しました。

通常、全社員にAIライセンスを付与するとなると、ROIの算出に時間がかかり導入が遅れるケースが少なくありません。

しかし、同社ではこの意思決定が極めてスピーディーに行われました。その大きな要因は、推進の責任者である萩本氏が、IT戦略を統括するCIOとファイナンス戦略を統括するCFOの両方を担っていることにあります。

萩本氏

「WordやExcelがないと仕事が成り立たないのと同様、Copilotも必須のツールだと認識しています。業務に欠かせないツールは会社が責任を持って提供する必要があります」

インフラとしてMicrosoft Copilotを全社員に提供したことは、同社のAI活用における大きなターニングポイントとなりました。

「AIと共に働く」マネジメント層の意識改革に着手

AI活用を進めるうえで技術的な基盤と同様に重要だったのが、社員の心理的なハードルを取り除くことでした。

管理職層の中には「AIを使って仕事をするのは手抜きではないか」という先入観を持つ社員も一部いたと言います。部下が「AIで資料を作りました」と報告した際に上司が否定的な反応をしてしまえば、現場での活用は一向に進みません

そこでテルモは本社の管理職層を集め、経営陣から「今後はAIを積極的に使っていく」というメッセージを直接伝える機会を設けました。

上司がAIにしっかりと向き合わなければ部下も使いづらくなってしまうことを説き、管理職層の役割としてAI活用推進を求めたのです。萩本氏は当時の様子を振り返り、次のように語りました。

萩本氏

「管理職の皆さんがAI活用に後ろ向きな姿勢を示すと、部下の人たちも使いづらい雰囲気になってしまいます。なので、そういうことは絶対にやらないようにと力を込めて伝えました」

上層部の意識改革から始めたことで、現場の社員が安心してAIを試せる環境が整っていきました。

萩本氏_01

啓発・市民開発・外部連携の三段階で行うAI推進

テルモでは、AI推進の取り組みを段階的に行っています。

萩本氏

「第一段階は全社員が日々の業務でAIを使いこなせるようになるための『啓発活動』、第二段階は各部署に一人はAIエージェントを作成できる人財を育てる『市民開発』です」

現在、同社には約40の部署がありますが、各部署にAIのスキルを持った人を配置し、部署特有の課題を解決できる体制を目指しています。

萩本氏

「そして第三段階が、高度なAI開発を外部に依頼するフェーズです。社外の知見を取り入れることで、AI活用がより多岐に渡ると考えています」

多層的なアプローチにより、全社的な底上げと高度な活用を両立させていく方針です。

業務効率化がもたらす「付加価値の高い仕事」へのシフト

実際にAIの活用が始まると、現場からは喜びの声が上がるようになりました。

特に医療機器メーカーならではの「膨大な文献を調べる」「法律の観点から情報を整理する」といった性質の業務において、AIは絶大な効果を発揮します。

これまで何時間もかかっていた作業が大幅に短縮され、社員はより高度な判断や創造的な仕事に時間を割けるようになりました。

萩本氏自身も、ファイナンスの領域でAIを活用しています。

萩本氏

「私はIRの面談をする機会が多いのですが、その際に投資家やアナリストが出す膨大なレポートをAIに読み込ませ、要点をまとめさせたり、投資家の視点から自社の懸念点をシミュレーションさせたりしています」

同社の幅広い業務において、AIは人間の能力を拡張し、組織全体の付加価値を高めるためのパートナーとして位置づけられています。

萩本氏_02

AIを定着させるために代表自らが活用事例を発信

AIを社内に浸透させるうえで、経営トップの姿勢は大きな影響力を持ちます。テルモでは、CEOである鮫島 光氏自らが毎日AIを使う習慣を取り入れ、その様子を社員に発信しています。

社員と対話する場面では「AIを使っているか」と問いかけ、自らの活用事例を共有しているといいます。

萩本氏

経営トップが楽しみながら積極的にAIを使っている姿を見せることで、社員の間にも “AIを使うのが当たり前”という雰囲気がつくられていきました

また、IT部門が主導するオンラインセミナーには毎回1,000人を超える社員が参加し、活発なノウハウ共有も行われているといいます。

トップの熱意と現場主導の施策が相乗効果をもたらし、同社の全社的なAI活用はさらに勢いを増しています。

重要なのはDXそのものではなく「何を実現したいか」

最後に、これからAI活用やDXを推進しようとしている企業の方々に向けて、萩本氏にアドバイスをいただきました。

萩本氏

「最も大切なのは、DXやAI活用自体を目的とせず「そもそも何を実現したいのか」というゴールを明確にすることです。

その目的が明確であればあるほど、経営層からのサポートが得やすくなり、現場の社員も迷うことなく取り組むことができます。

DX推進の担当者だけでなく組織全体がその目的に納得しているかどうかが、プロジェクトの成否を分ける大きなポイントになります。DXをやれと言われたら二つ返事で『はい』と言う前に、そもそもDXで何をやりたいのかを突き詰めることが大事だと思っています。

目の前の手法に囚われず、本質的な問いに向き合い続ける姿勢が、結果として組織に大きなイノベーションをもたらす原動力になります」

萩本氏_03

テルモから学ぶ5つのポイント

テルモ株式会社のAI活用は全社員をAI時代の主役に据えるという大胆な変革を伴うものです。

同社の取り組みの本質は、AIツールを組織全体に付与して定着させた点にあります。DX推進を担う多くの企業が参考にできる実践的なポイントを、以下の5つにまとめました。

  1. AIは全社員に必要不可欠なインフラだと認識する
    同社は、希望者のみにAIのライセンスを付与するのではなく、全社員に一斉に提供する道を選びました。AIをWordやExcelと同じ必須のツールと位置づけることで、全社的な底上げとスキルの平準化をいち早く実現しています。

  2. CIOとCFOの視点を融合させ、投資と変革を直結させる
    萩本氏がITとファイナンスの両面を統括していたことで、コストの議論に終始することなく将来の競争力を見据えたスピーディーな決断が可能になりました。DX投資を戦略的な資産形成として捉える経営判断のあり方は、多くの組織が学ぶべきポイントです。

  3. 「AIは手抜き」という先入観を払拭する
    現場がAIを使いたくても、上司がその価値を理解していなければ活用は広がりません。同社がまず管理職層の意識改革から着手したように、組織の上層部がAIを価値向上の武器として認識する環境づくりが不可欠です。

  4. トップ自らがAI活用に前向きな姿勢を示す
    CEOが日々の業務でAIを使いこなし、具体例を社員に共有することは、どんな指示命令よりも強力なメッセージとなります。経営トップが率先して新しいテクノロジーを楽しみ、自らの変化を公開することで組織全体にチャレンジ精神が根付きます。

  5. AIの推進は段階的に行う
    個人の業務効率化から部署ごとの市民開発、高度な開発の外部連携と段階を分けることで、社員は自分の習熟度に合わせてAIに関わることができます。

これらの取り組みは特別な技術投資に依存せず、多くの企業でも応用できる実践例です。特に「経営トップによる自発的な発信」や「管理職層への徹底した意識改革」は、すぐに取り入れられるヒントになるでしょう。

テルモの事例は、生成AI定着の鍵は「自社の企業文化に溶け込ませることにある」ということを示しています。

必須ツールとしての位置づけやトップダウンとボトムアップの融合、全社への地道な啓発活動、市民開発による現場の効率化、これらが結びつくことでAIは「試すもの」から「当たり前に使うもの」へと進化します。

しかし、自社でこれを実践しようとすると、

「全社員への導入コストをどう正当化すればいいのか」
「マネジメント層の意識をどう変えればいいのか」
「社内での市民開発体制をどう構築すればいいのか」

といった壁に直面する企業も少なくありません。

私たちSHIFT AIは、こうした「導入したが定着しない」という課題解決を得意としています。

企業の業務特性に合わせたAIツールの選定から、マネジメント層向けの意識改革研修、市民開発を支えるスキル育成まで、AI活用を「文化」にするために必要なプロセスを一気通貫で支援します。

「生成AIを導入したけれど現場で使われていない」「成果をどう評価すればいいかわからない」そんなお悩みをお持ちでしたら、ぜひ一度、私たちの支援内容をご覧ください。

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