少子高齢化、医療従事者の不足、診療報酬の改定。
医療現場を取り巻く環境が変化するなかで、「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」はもはや選択ではなく、生き残りの条件となりつつあります。
しかし、現場ではこうした声が後を絶ちません。
「電子カルテは導入したけど、業務効率化にはつながっていない」
「ITに詳しい職員がいない」
「制度や補助金の情報が複雑で、何から始めればいいかわからない」
つまり、医療DXは進めたいのに進まないのです。その背景には、「制度」「技術」「人材」と3つの壁が存在します。
本記事では、医療機関がDXを導入・定着させるうえで直面するこれらの課題を体系的に整理し、次に取るべき現実的なアプローチを解説します。現場を知る経営層・事務長・医療秘書の方に向けて、単なる理想論ではなく自院で何から始めればいいかを明確にします。
制度面の課題|国の方針と現場の温度差
政府は「医療DXの推進」を国策として掲げ、電子カルテの標準化や医療情報の共有基盤整備を進めています。しかし、現場の医療機関では政策と現実の間に大きな温度差が生じています。
法整備や制度改定が進む一方で、実際の現場では「制度が複雑すぎて理解できない」「要件を満たす準備が追いつかない」といった声が少なくありません。このギャップこそ、DX推進の初期段階で立ちはだかる最初の壁です。
制度の変化と複雑化が現場を混乱させる
医療DXを進める上で最も影響が大きいのは、診療報酬制度や個人情報保護法などの制度的要件です。たとえば、診療報酬改定によってオンライン診療やデータ共有が評価対象となる一方で、現場ではそれに対応するための体制整備が間に合わないケースが目立ちます。
法改正や国の方針を理解していなければ、せっかくのDX施策も採算が取れず、結果的に「やらない方が良かった」と判断されることもあるのです。
主な制度関連の課題は以下のとおりです。
- 診療報酬・助成金の制度が複雑で、適用条件が理解しづらい
- 個人情報保護法・マイナンバー法などへの対応が煩雑
- 政府方針と現場運用ルールが一致していない
- ベンダー任せの導入で、自院の要件整理ができていない
こうした問題は、単なる情報不足ではなく、制度理解を担う人材の不足が原因のひとつです。国が示す「電子カルテ情報共有の義務化」「標準コード対応」などを正しく読み解き、院内に落とし込めるスキルが求められます。
制度理解と現場対応をつなぐ鍵は「人」
医療機関がDXを進めるには、まず制度を理解し、現場に翻訳できる人材が不可欠です。外部のベンダーやコンサルタント任せにすると、制度対応が形骸化し、現場で活かせない仕組みになりがちです。自院の業務と制度要件の両方を理解した担当者が、組織の中核として動ける体制づくりが必要です。
| 制度的要因 | 現場での課題 | 必要な対応 |
| 診療報酬制度の改定 | 新しい評価項目への対応が遅れる | 制度の定期モニタリングと情報共有体制 |
| 法改正・個人情報保護 | 運用ルールの混乱・セキュリティリスク | 専門研修とリスクマネジメントの整備 |
| 国のDX推進指針 | 現場への落とし込みが進まない | 内部リーダーの育成と実行計画の策定 |
こうした背景から、今後の医療DX推進では「制度対応×人材育成」をセットで考えることが必須です。SHIFT AI for BizのDX研修では、制度理解から現場運用までを体系的に学ぶプログラムを提供しており、単なる座学ではなく実務に直結するスキルを身につけることができます。
関連記事:医療DXとは?|導入ステップと成功の鍵をわかりやすく解説
次章では、こうした制度理解を踏まえてもなお立ちはだかる「技術面の課題」について、電子カルテ標準化やシステム連携の実情から整理していきます。
技術面の課題|電子カルテ標準化とシステム連携の壁
医療DXを進める上で、多くの医療機関が直面するのが技術的な分断です。電子カルテや検査システム、会計・予約などの業務システムがそれぞれ独立しており、情報を一元管理できない状態が続いています。
国が推進する「電子カルテ情報共有」や「標準コード対応」は現場負担の軽減を狙ったものですが、導入フェーズでは逆に混乱を招くケースも少なくありません。現場の多くが、「どのベンダーを選ぶべきか」「既存システムとの整合性は取れるのか」という根本的な疑問に直面しています。
電子カルテ標準化の遅れとベンダー分断
日本では電子カルテの普及率が上昇しているものの、ベンダーごとの仕様やデータ形式が統一されていないことが大きな障壁となっています。異なるメーカー間でデータの相互利用が難しく、地域連携や遠隔医療の足かせになっているのが現状です。たとえば患者情報を共有する際、形式の違いから再入力が必要となるなど、現場の業務効率化を妨げています。
この分断を生む背景には次のような要因があります。
- ベンダー間でデータ仕様が異なり、共有・統合が難しい
- 標準コード(HL7、FHIR等)への対応状況がまちまち
- システム導入後の運用コストが想定以上に高い
- 導入時に業務プロセスの再設計が行われない
電子カルテの標準化は単なるIT整備ではなく、業務設計そのものを見直すプロジェクトです。ここを軽視すると、DXどころか「新しい非効率」を生みかねません。
セキュリティと運用体制が追いつかない現実
もうひとつの課題が、セキュリティと運用体制の遅れです。クラウド化・オンライン化が進む中で、医療情報の保護と運用コストのバランスが取れていないケースが多く見られます。
中小規模の病院ではセキュリティ専門人材が不在であり、パスワード管理やアクセス制限といった基本的なルールが属人的に運用されていることも珍しくありません。結果として「便利さの裏に潜むリスク」が軽視され、導入後の不具合や情報漏えいの懸念が増大しています。
| 技術的課題 | 具体的な現場の悩み | 解決の方向性 |
| 電子カルテの非標準化 | システム間でデータ連携ができない | 標準コード対応ベンダーの選定・業務統合計画の策定 |
| セキュリティリスク | 情報漏えい・アクセス管理不備 | クラウドセキュリティ対策と教育体制の強化 |
| 運用コスト | 維持費・アップデート費が高い | 段階的導入と費用対効果の可視化 |
| ITリテラシー不足 | 職員がシステムを使いこなせない | 実務研修と操作トレーニングの導入 |
こうした課題を解決するには、単に導入するのではなく使いこなす視点が不可欠です。国の方針やベンダー任せにせず、現場主導で技術を理解し、活用できるリーダーを育てることが最も効果的な対策です。
次章では、技術が整ってもDXが進まない根本原因「人材面の課題」について掘り下げます。
人材面の課題|DXを動かす人がいない
どれだけ制度やシステムが整っても、現場を動かすのは人です。医療DXが思うように進まない最大の要因は、人材の不足と育成の遅れにあります。経営層は必要性を理解していても、実際に手を動かす現場には「何をどう変えればいいのか」が伝わっていない。この意識とスキルの断層が、DX推進を止めるボトルネックになっています。
ITリテラシー格差と推進リーダー不在の現実
現場では、医療従事者や事務職員のITスキルにばらつきがあり、新システム導入後の運用が定着しないケースが多く見られます。特定の職員だけが操作に詳しく、その人が休めば業務が止まる。あるいは、導入後すぐにマニュアル化が追いつかず、現場が混乱する。こうした状況を繰り返してきた病院ほど、「DX=負担増」と感じてしまう傾向があります。
特に人材面での課題は以下の3点に集約されます。
- DXの目的や意義を現場が理解していない
- システム運用を担うリーダーが育っていない
- 既存業務が忙しく、教育・研修の時間が確保できない
DXはツール導入ではなく、働き方や文化の変革です。にもかかわらず、多くの医療機関では「誰が旗を振るのか」「どの業務を優先的に変えるのか」が決まっていません。結果として、DXが誰の仕事でもないまま形骸化してしまうのです。
現場を動かす実務型DX人材の育成が鍵
医療機関に求められているのは、最新のIT知識を持つ専門職ではなく、現場を理解しながらDXを実務として回せる人材です。制度・技術・業務をつなぐハブのような存在であり、現場に最も近い立場で変革を支えるリーダーです。こうした人材は、外部採用ではなく院内で育成する方が効果的です。
| 人材課題 | 現場で起きている問題 | 求められる解決策 |
| ITリテラシー不足 | システム操作や設定が属人化 | 定期的な院内研修と操作教育 |
| リーダー不在 | 推進責任者が明確でない | DX推進チームの設置と役割定義 |
| 教育機会の欠如 | 業務が忙しく学ぶ時間がない | eラーニングや短時間研修の導入 |
| 意識の乖離 | 現場がDXを「経営課題」と認識していない | 成果を共有する文化と評価制度の整備 |
現場が動くためには、「理解」と「実践」の両方を兼ね備えた教育が必要です。SHIFT AI for BizのDX研修は、医療現場の課題に即した実務型リーダー育成プログラムを提供し、制度理解から業務改善、チーム運営までを一気通貫で支援します。これにより、外部に頼らず自院でDXを回せる体制を構築できます。
次章では、こうした人材を育ててもなお立ちはだかる実務的な壁、すなわちコスト・運用・セキュリティの課題について掘り下げます。
コスト・運用・セキュリティ|現場が止まる実務的ハードル
医療DXの推進を検討する段階で、現場が最も頭を悩ませるのがコストと運用、そしてセキュリティリスクです。制度理解も技術導入も進めたものの、「費用対効果が見えない」「運用が回らない」「情報漏えいが怖い」といった声は依然として根強い。これらは導入段階で軽視されがちですが、実はDXを止める最大のボトルネックです。
予算制約と導入コストの見通し不足
多くの中小規模病院では、IT投資の予算が限られています。システム導入時に補助金を活用できても、維持費や更新費、職員教育コストまで含めたトータルコストを見積もれていないケースが目立ちます。
DX導入を単年度の設備投資と捉えると、更新時に予算が途切れ、システムが陳腐化してしまう。さらに、ベンダーとの契約内容を十分に精査しないまま進めた結果、「想定外の運用費が発生した」という失敗例も後を絶ちません。
医療機関が見落としがちなコスト項目は以下の通りです。
- システム導入費(初期設定・ライセンス)
- 保守・運用費(年次更新・クラウド利用料)
- 職員研修費(操作教育・マニュアル整備)
- データ移行・セキュリティ対策費
- トラブル対応やシステム停止時のバックアップ費用
コストを正確に把握するには、導入して終わりではなく運用して育てる発想が欠かせません。特に研修や教育コストを削ると、最終的にシステムが使われず、投資効果がゼロになるリスクが高まります。
セキュリティリスクと運用負荷のジレンマ
クラウドサービスやリモート診療の普及により、医療データはこれまで以上に外部と接続するようになりました。その一方で、セキュリティ体制が追いついていない医療機関は少なくありません。サイバー攻撃や情報漏えいの被害が増加するなか、「デジタル化=危険」という誤解が現場に広がると、DXそのものが後退してしまいます。
| 実務的課題 | 現場でのリスク | 望ましい対応策 |
| コスト増大 | 運用・教育費が膨らみ赤字化 | 中長期コスト設計と補助金活用の計画化 |
| セキュリティ脆弱性 | 情報漏えい・サイバー攻撃 | 権限管理・多層防御・外部監査の導入 |
| 運用負荷 | 現場担当者に負担集中 | ITリーダーの分担配置と定期教育 |
| 維持困難 | 担当者退職でシステム維持不能 | ドキュメント整備とチーム制運用 |
コストとセキュリティを両立させるには、技術より運用設計を優先する姿勢が重要です。特にセキュリティ教育を仕組みに組み込むことで、人的ミスを減らし、安心してデジタル化を進められる環境が整います。
次章では、これまで整理した制度・技術・人材・コストの課題を踏まえ、医療DXを成功させるための実践ステップを紹介します。
医療DXを成功させるための3つの実践ステップ
ここまで見てきたように、医療DXが進まない理由は「制度・技術・人材・コスト」と多層的です。どれかひとつを解決すればいいという問題ではなく、順序立てて現場で回せる形に落とし込むことが重要です。医療機関が混乱せずにDXを定着させるためには、次の3つのステップで進めるのが現実的です。
ステップ1:現状把握と課題の可視化
まずは、自院の業務プロセスとデジタル化の進捗を整理することから始めます。どの業務が紙ベースで、どの業務がすでに電子化されているか、どこに情報の分断があるのかを明確にすることが第一歩です。
ここで重要なのは、「DXのためのDX」にしないこと。制度改定や報酬評価を見据え、「どの業務をデジタル化すれば職員負担が減るのか」を基準に優先順位を決める必要があります。こうした現状分析をもとに、課題を一覧化し、改善の見通しを共有できるようにしておきましょう。
ステップ2:段階的導入と人材育成
次に行うのは、いきなり大規模なシステムを導入するのではなく、小さく試して育てる段階的DXです。たとえば、電子カルテの一部機能を試験導入し、運用ルールを整えながら徐々に範囲を拡大する。
この過程で最も重要なのが、現場の理解とスキル定着です。DXリーダーや管理職を中心に、制度やシステムの背景を理解させ、スタッフ全体のITリテラシーを底上げする。ここで教育を後回しにすると、定着率が下がり、せっかくの投資が無駄になってしまいます。
SHIFT AI for Bizでは、こうした「段階的導入フェーズ」に合わせて、医療現場向けにカスタマイズされた研修プログラムを提供しています。
ステップ3:継続的な改善と評価
DXは導入して終わりではなく、継続的に改善していく運用プロセスです。データの共有体制が整ってきたら、業務効率・残業時間・患者満足度など、数値で成果を可視化し、改善サイクルを回すことが求められます。ここで経営層が指標を示し、改善を評価する仕組みを作ることで、現場のモチベーションが持続します。特に重要なのは、「成功事例を組織で共有する文化」です。これにより、DXが特定部署の活動ではなく、病院全体の成長戦略へと変わっていきます。
この3つのステップを自院に落とし込むことで、医療DXは「できるかどうか」ではなく「どう進めるか」という段階に入ります。SHIFT AI for BizのDX研修は、これらのプロセスを実践的に支援するためのプログラムとして、制度理解・技術スキル・チーム運営のすべてを体系的にカバーしています。
まとめ|人が動くDXが未来を変える
医療DXの推進には制度整備や技術導入といった外的要因が必要不可欠ですが、最終的に変化を実現するのは現場の人の力です。制度が整っても、システムが導入されても、実際にそれを動かすのは職員一人ひとりの理解と行動であり、ここを無視したDXは定着しません。医療現場に求められているのは、ITの知識だけでなく、業務改善をリードできる実務型リーダーです。
医療DXは単なるデジタル化ではなく、医療機関そのものの経営を持続可能にする改革です。電子カルテ標準化やオンライン診療、データ共有基盤などの仕組みは、最終的に「患者への価値」「職員の働きやすさ」「病院経営の安定」へとつながります。その実現には、現場が動ける仕組みを作ること、そして自ら改善を続ける文化を育てることが欠かせません。
SHIFT AI for Bizでは、医療機関の実情に合わせて設計されたDX人材育成プログラムを通じ、制度・技術・人材を一体的に学び、現場に落とし込む力を養います。単なる知識習得にとどまらず、現場で実行できる「行動力と判断力」を育てることで、医療DXの本質的な定着を支援します。
DXの成功とは、ITを導入することではなく、人が動き、現場が変わること。制度や技術という外の要素を活かすためには、まず内なる変革を起こす必要があります。SHIFT AI for Bizは、その一歩を確実に形にするためのパートナーです。
よくある質問(FAQ)|医療DX推進で迷いやすいポイントを整理
医療DXを検討する医療機関から多く寄せられる質問をまとめました。実務レベルでの疑問を解消し、導入・運用をスムーズに進めるための参考にしてください。
- QQ1. 医療DXはどのくらいの費用がかかりますか?
- A
導入コストは施設規模や導入範囲によって大きく異なります。小規模病院やクリニックでは数百万円から始められるケースもありますが、電子カルテ標準化やデータ連携まで含めると数千万円規模になることもあります。重要なのは「初期費用」よりも運用・教育コストを中長期的に設計することです。補助金や診療報酬加算などの支援制度を活用することで、実質負担を軽減できます。
- QQ2. DX推進を担当するリーダーは誰が適任ですか?
- A
もっとも適しているのは、現場の業務フローを理解している管理職層や事務長クラスです。ITスキルよりも、職員の声を拾い、経営判断を現場に落とし込めるコミュニケーション力が求められます。SHIFT AI for Bizの研修では、こうした実務型リーダーを育てることを目的に、制度理解・業務改善・チーム運営の3軸でスキルを強化しています。
- QQ3. 電子カルテの標準化はどのタイミングで始めるべきですか?
- A
国が進める「全国医療情報プラットフォーム構想」により、2026年度以降、電子カルテの標準化対応は避けて通れなくなります。したがって、2025年中には方針策定とベンダー選定を完了させるのが理想です。先延ばしにすると、補助金申請のタイミングを逃す可能性もあります。
- QQ4. 医療DXを外部に任せるのは危険ですか?
- A
完全なアウトソーシングはおすすめできません。DXは単なる技術導入ではなく、業務改善と人の行動変化を伴う組織改革です。外部ベンダーのサポートは有効ですが、最終的な判断と運用は院内のリーダーが担うべきです。そのためにも、内部人材の教育を並行して行うことが成功の鍵となります。
- QQ5. 職員がデジタル化に抵抗を示す場合、どうすればよいですか?
- A
抵抗の多くは理解不足から生じます。現場の意見を否定せず、「なぜDXが必要なのか」ではなく「何が楽になるのか」を伝えることが重要です。SHIFT AI for Bizのプログラムでは、医療現場の心理的ハードルを踏まえた研修設計を行い、自然に変化を受け入れられるよう支援しています。
これらの疑問は多くの医療機関が抱える共通課題です。最初の一歩を迷っている段階こそ、正しい情報と現場理解を持つことが成功への近道になります。

