「経営層がトップダウンで導入を決めたが、現場がまったく使わない」
「現場の情シスが熱心にPoCを回しているのに、経営から評価されない」

──そんな“すれ違い”が、生成AI導入の現場で起きていないでしょうか。

生成AIは、一部門だけで完結する単なるITツールとは異なります。社内の業務フロー、組織文化、意思決定プロセスまでをも変える“変革ツール”であるがゆえに、「誰が主導するのか」が、導入の成否を大きく左右します。

しかし現実には、「経営主導」と「現場主導」のあいだで責任の所在が曖昧なまま、プロジェクトが迷走してしまうケースも少なくありません。では、導入がうまくいっている企業にはどのような“主導構造”があるのでしょうか?

この記事では、主導のあり方を誤らないための視点を整理し、成功企業に共通する「共創型の導入体制」とその設計方法を詳しく解説します。

なぜ今、“AI導入の主導権”が問われているのか?

2023年にChatGPTが登場して以来、多くの企業が生成AIの活用に乗り出しました。ところが、その導入プロセスにおいて「誰が主導するのか?」という点が曖昧なままプロジェクトが進み、結果的に定着せずに終わってしまうケースが増えています。

背景には、生成AIが従来のIT導入とは異なる性質を持っている点が挙げられます。たとえば、ERPやSFAのような「業務にシステムを合わせる」従来型ツールと違い、生成AIは業務そのものを再定義する力を持っており、組織の既存構造にフィットさせにくい側面があります。

そのため、現場が先行してPoC(概念実証)を進めても、経営層が戦略として位置づけなければ全社展開につながらず、逆に経営層が方針を打ち出しても、現場が納得しなければ現実には活用されません。

こうしたミスマッチが生まれる背景には、次のような導入失敗パターンが存在します。

  • 導入目的が不明確で、現場の活用意欲が湧かない
  • 経営と現場で生成AIへの理解レベルが乖離している
  • 情報システム部門など一部門だけに導入が押し付けられている

いずれも、「主導権」が不在、あるいはねじれていることで起きる問題です。

経営主導・現場主導のメリット/限界を整理する

生成AI導入の“主導”について考える際、しばしば「経営主導か、現場主導か」という二択で語られがちです。しかし、どちらにもメリットと限界があり、導入のステージや組織の成熟度によって最適なバランスは異なります。ここでは、それぞれの立場で導入を主導した場合の特徴を整理します。

経営主導のメリットと落とし穴

【メリット】

  • スピード感ある意思決定と予算確保:全社戦略として位置づけられるため、導入方針やKPIが明確になりやすく、社内説明や稟議も通りやすい。
  • 横断的な展開がしやすい:複数部門にまたがるような導入にも対応しやすく、統一方針での推進が可能。

【落とし穴】

  • 現場の実態と乖離しがち:ツールありきの導入や、形式的な活用で終わるリスクがある。
  • “やらされ感”が漂うと定着しない:業務に根ざしていないと、現場が使わず形骸化しやすい。

現場主導のメリットと限界

【メリット】

  • 課題ドリブンでのPoC設計が可能:実際に困っている業務に即した改善アイデアとしてAIを取り入れやすい。
  • 仮説検証が柔軟に進む:スモールスタートしやすく、試行錯誤の中で活用パターンを探索できる。

【限界】

  • 全社展開の壁が厚い:部門単位で成果を出しても、経営判断がないとスケールできない。
  • “現場の頑張り”で終わる可能性:情シスや一部有志に負荷が集中し、持続性が低くなる。

Copilotなどのツール活用が進む中で、「現場からのトライアル」は進んでいても、経営の理解や支援が伴っていないという状況が、数多くの企業で見られます。

導入成功の鍵を握るのは、“どちらが主導すべきか”ではなく、両者の強みを活かした「共創型の体制」をどう設計するかにあります。

うまくいっている企業は「共創型の体制」を築いている

生成AIの導入に成功している企業に共通して見られるのは、「現場」と「経営」がどちらか一方に偏ることなく、役割を明確に分担し、連携しながら進める“共創型”の体制です。

この体制では、以下のような3者の連携がポイントとなります。

① 経営層:方針とKPIを定め、全社方針として位置づける

  • 生成AI導入の目的を「業務改善」「生産性向上」などにとどめず、企業の成長戦略の一部として組み込む
  • 成果指標(KPI)やROIを設計し、組織全体に明確な期待値を示す

② ハブ人材:翻訳・調整・推進を担う“橋渡し役”

  • 各部門の業務を理解しつつ、AIの技術的な可能性や導入の方法論も理解している人材
  • たとえば情報システム部門、経営企画、DX推進室などが担うケースが多い
  • 現場と経営をつなぎ、PoCや検証フェーズの進行・調整・社内説明を担う

③ 現場部門:実務課題を見極め、PoCを進行

  • 実際にAIを活用する現場が主導して、業務改善テーマを設定し、検証を行う
  • 導入後も“使い続けられる”仕組みをつくるために、運用ルールやワークフローを一緒に設計する

この3者がそれぞれの強みを発揮しつつ、目的・役割・手段を共有して進める体制が、「定着するAI導入」の前提となります。

加えて、多くの企業では社内横断の「AI推進委員会」や「導入チーム」を立ち上げ、導入後の展開や評価も見据えた中長期視点の運営体制を構築しています。

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主導権の曖昧さが招く“3つの弊害”とは

生成AI導入において、「誰が何を決めるのか」が不明確なままプロジェクトを進めてしまうと、さまざまな問題が発生します。ここでは、導入現場でよく見られる“主導不在”による3つの弊害を紹介します。

1. 導入目的とKPIが曖昧になり、成果が見えなくなる

主導者がいない、あるいは複数の立場から意見が錯綜している状態では、「何を目的に導入しているのか」が明確になりません。

たとえば、

  • 「とりあえずChatGPTを試してみた」
  • 「PoCをやったが、評価指標が決まっていなかった」
  • 「成果報告の際に、何をもって“成功”とするかが分からなかった」

といった事態が起きがちです。

導入の意図が曖昧だと、プロジェクトの成果も曖昧になり、社内の納得感を得られずに“やって終わり”で終わってしまいます。

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2. 「誰かの仕事」になり、導入が一部門に押し付けられる

主導権が曖昧な場合、AI導入は情報システム部門やDX推進室など、“技術に詳しい一部門”の専任タスクとみなされがちです。

しかし、生成AIは部門横断で業務を変革するツールであり、全社的な巻き込みが必要です。一部門だけに依存すると、以下のような問題が発生します。

  • 実際に活用する部門の現場が関与しておらず、活用されない
  • 全社展開の支援が得られず、PoC止まりで終わる
  • 情シスやDX部門の負担が肥大化し、継続的に回らない

3. 意思決定の所在が不明確で、スピードが失われる

導入途中で方針変更が必要になったとき、「誰が意思決定をするのか」が明確でないと、プロジェクトは簡単に停滞します。

  • 「経営層に聞かないと進められない」
  • 「現場の了承を得られずに止まっている」
  • 「リーダーが明確でないので、優先順位が決まらない」

こうした状況は、スピードが命のAI導入において致命的です。主導の所在を曖昧にしたままでは、変化への対応力が削がれてしまいます。

自社に合った“主導権バランス”をどう見極めるか?

ここまで見てきたように、生成AI導入の主導は「経営 vs 現場」の二項対立で考えるべきではありません。大切なのは、自社の組織構造や現場リテラシー、推進スピードに応じて最適な“主導バランス”を見極めることです。

以下に、自社に合った主導体制を考えるための3つの観点を整理します。

1. 組織の“構造”に合わせて設計する

まず重要なのは、企業の組織構造です。

  • 縦割り型の企業:部門間の連携が難しい場合は、経営主導+推進委員会型で統制を取りつつ、現場ヒアリングで実態を把握するのが有効です。
  • 柔軟な組織文化を持つ企業:現場主導でも動きやすく、PoCでの仮説検証→経営への提案といった流れが機能しやすい傾向があります。

2. 現場のITリテラシーと当事者意識を見極める

現場主導が成立するには、「課題を自分ごととして捉え、改善アイデアを持てる」人材がいるかがカギになります。

  • チーム内に「生成AIを試してみたい」「効率化できそうな業務がある」といった声があるか?
  • リテラシーが低い場合は、“教える”だけでなく、並走するハブ人材の設計が必要になります。

3. 経営層の期待値と理解度を確認する

生成AIは「やれば成果が出る」ものではありません。

だからこそ、経営側が以下のような視点を持っているかが重要です。

  • 「ROIはすぐに出ないかもしれない」という前提で中長期視点での評価設計ができるか?
  • 「導入すれば変わる」ではなく、「組織をどう変えるか」という視座があるか?

もしこの視点が不足している場合は、先にAIリテラシーの土台作りや共通言語化が必要になるかもしれません。

こうした視点を持って、自社にとって最適な“導入の主導構造”を描くことで、形だけの導入ではなく、実装・定着まで見据えた仕組み設計が可能になります。

「導入の成否」は、主導体制の設計で決まる

生成AI導入を“現場で使える形”にするには、まず体制づくりから。

生成AI導入は、「ツールを入れること」では終わりません。

真に現場で使われ、成果につながる形にするには──

“誰が・何を・どのように”主導するかを明確に設計することが不可欠です。

多くの企業がつまずくのは、この「主導構造」が曖昧なまま、PoCを進め、現場の混乱や形骸化を招いてしまうこと。成功企業は例外なく、共創型の推進体制を築いています。

✅ もし、以下のようなお悩みがあれば…

  • 「誰が主導すべきか」で社内の足並みが揃わない
  • 情シスや現場任せで、導入が進まない
  • トップダウンで始めたが、現場が使ってくれない
  • 部門間の連携や評価指標の設計がうまくいかない

まずは「体制設計」から整えることが、成果につながる第一歩です。SHIFT AIでは、生成AIを業務で活用できるようになる法人向け研修プログラムを提供しています。

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FAQ|AI導入における「主導権」に関するよくある質問

Q
AI導入は「経営」と「現場」どちらが主導すべきですか?
A

一方に偏るのではなく、役割分担が明確な「共創型の体制」が理想です。

経営が方針と評価軸を提示し、現場が実装と運用を担うことで、導入と定着の両立が可能になります。

Q
情シスが主導しても、現場が動きません。どうすればいい?
A

情シスやDX推進室が単独で推進すると、“押し付け感”や“他人ごと化”を招きやすいです。現場の課題感を引き出し、改善意欲と結びつけるために、現場ヒアリングや共創設計の体制が必要です。

Q
経営層が非協力的な場合はどうすればよいですか?
A

いきなり全社導入を目指すのではなく、スモールPoCでの成果を経営に見せ、「ビジネスインパクト」を数値で示すことが効果的です。加えて、AIリテラシーや理解の底上げも並行して進める必要があります。

Q
中小企業や小規模組織では、誰が主導を担うべき?
A

現場に近く、かつ経営層とも会話ができる「中間管理職」や「経営企画・事業企画」ポジションが主導役になるケースが多いです。兼任でも構わないので、“ハブ人材”としての立ち回りが期待されます。

Q
推進体制を作る上で、最初に何から始めればよい?
A

まずは「導入目的と期待する成果」を明文化し、関係者間で共通認識を持つことが最初の一歩です。その上で、現場・経営・ハブ人材の役割分担を整理し、小さく始める体制を構築しましょう。